2大ベストセラー、『怖い絵』中野京子氏と、『へんないきもの』早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれた『怖いへんないきものの絵』。
早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的!
さて、『赤ずきんちゃん』の絵は、「エロス」が描かれているらしいんです。
でも、オオカミって、そんなに悪い生き物ではないらしいですよ。
浮気もしない、誠実なハートを持った動物のようです…。
* * *
オオカミは女をたぶらかす、悪い男だという。
では実際のオオカミが性的に奔放なのかというと、むしろ逆である。繁殖できるのは群れの中のリーダー格のオスとメスだけ、しかもその絆(きずな)は固く、文字通り死が二人を分かつまで、生涯を添い遂げる。もちろん離婚などしない。
では、いつから、オオカミはこんなにも憎まれる存在となったのだろうか。
オオカミが敵視されるようになったのは、どうやら人間が家畜を飼い始めてからのことらしい。一万年前から数千年前のことだ。
オオカミの狩りは、長距離を早足で移動するハードなものだ。狩りやすい家畜のヤギやヒツジがいれば、当然、標的になる。
だが、人間からしてみれば「盗人(ぬすっと)集団」だ。オオカミ憎しの感情が高まると、やがて、ヨーロッパ各地でオオカミ狩りが行われるようになり、国をあげての駆除も実施されるようになった。
「残虐」「邪悪」「卑劣」といったオオカミのマイナスイメージはとめどもなく肥大化していった。
フランスでは、処女を失うことを「オオカミに会った」といったそうだ。オオカミにはやがて、実物とはかけ離れた「女をだます悪い男」のイメージが定着していく。
一方、このイメージは、人間の創造性を刺激してやまなかった。
人間は、実物とかけ離れたオオカミ像を、憎み、恐怖し、興奮し、楽しみ、さまざまな作品に使い倒してきた。
「『ジェボーダンの怪物事件』もありましたね。ルイ14世の次のルイ15世時代です。謎の動物が18世紀フランスのジェボーダン地方に現れ、多くの人間を殺しました。いちおう捕獲されて一件落着になりましたが、実際はその後も人が死んでいます。この怪物のイメージもオオカミに近いです」
なるほど、オオカミ自身のイメージも、民話の進化と同じく、さまざまに変化、拡散していったようだ。ドレは巧みに、こうしたオオカミの「キャラクター属性」を引き出し、絵画に定着させたのだろう。ダンテやミルトンの挿絵も手がけた画家である。当時はさぞ、巨匠としてもてはやされたのではなかろうか。
「ドレはヨーロッパ中で人気を博しましたね。ただし一般の美術史には名前が出てこないことが多いです。イラストレーター扱いなのね。独学で大成した人で、アカデミー側からは無視されたのかもしれない。ヒエラルキーでいうと、油彩タブロー(壁画ではなく、作品として独立したキャンバス画などのこと)に比べて、挿絵は添え物扱いで、重きを置かれないようです。それは現代まで続いています」
――ドレの作品は、緻密で、壮大で、私にはただひたすら偉大な画家に思えます。しかし、ドレの作品は銅版画が多いですよね。ドレはどうしてわざわざ油絵を、しかも赤ずきんちゃんのこんな場面を描いたんでしょうね?
「それはわかりません。絵画の来歴というのは、意外にわからないものなんです。でも、それを求めた注文主がいた、ということなんでしょう。
わざわざこのシーンを描いてほしいって言ったわけで、なかなか変な人だったかもしれませんね……」
この絵の注文主は、どんな人物だったのだろうか。
想像してみよう。
絵を発注するぐらいだから、裕福だっただろう。
立派な身なりをし、口ひげをはやした紳士。彼がヨーロッパでも名高い、一流の画家に注文したのは、おびえる少女とベッドを共にしている、オオカミの絵だ。
仄暗(ほのぐら)いランプの灯りの下、グラスを片手に、壁にかかった油絵を凝視する紳士。火影(ほかげ)の中、紳士の双眸(そうぼう)にたたえられているのは、暗い欲望の光ではなかったろうか……。
(次回は、『カニに指を挟まれる少年』です)
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怖いへんないきものの絵
2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
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