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怖いへんないきものの絵

2019.02.28 公開 ポスト

スーラの描いたあの名画は、まさかの「不倫の絵」だった! ~マックス『美術鑑定家としての猿たち』(2/3)中野京子/早川いくを

2大ベストセラー、『怖い絵』中野京子氏と、『へんないきもの』早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれた『怖いへんないきものの絵』
早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的!

今回のお題は「サル」。
ヨーロッパでは、猿のイメージがなかなか悪い。罪や悪徳の象徴だった⁉

*   *   *

「それだけではありません。サルはヨーロッパでは長いこと、罪、悪徳の象徴でもあったのです」

 

――罪? 悪徳? そこまで言いますか。そりゃいくら何でも濡れ衣ってやつではないですか。冤罪(えんざい)ならぬ猿罪では⁉

 

「サルが罪の象徴であることは、絵画からも見てとれます。この作品をご覧ください。フランスのジョルジュ・スーラの大作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』です」

 

――あの先生、今わたし、うまいこと言ったんですが。つまり、?罪と猿をひっかけてですね。

 

「画面の右手に日傘をさしている女性がいるでしょう。この人は愛人ではないかといわれています。なぜならサルを連れているからです」

 

――は、はあ。え?

『グランド・ジャット島の日曜日の午後』スーラ
1884~1886年 シカゴ美術館蔵

サルを連れてると愛人なんですか?

 

「この二人連れは夫婦じゃない、愛人なんだということを示すために、わざわざ罪の象徴であるサルを描いたのだといわれてます」

 

――たしかに、イヌでよさそうなところを、わざわざサルを描いています。明るくて穏やかな情景ですが、不倫の絵というわけですね、これは。

 

「当時はそれが普通にあることでしたから、普通にそう描いたのでしょう。ナポレオン三世の旗ふりで、パリがどんどん発展していった時代、下層階級の人もそれなりの余裕ができて、遊べるようになってきました。
女性もお化粧をして、着飾って出歩けるようになる。そんな中で、金持ちの愛人になる女性もたくさん出てきたんです」

 

なるほど、美しくなれば、裕福な紳士に囲われたいと思う女性が出てきても、不思議はない。余裕のある生活ができる。余裕があるからペットも飼いたくなる。だからサルを飼う。

しかしイヌでもネコでもなく、なぜサルなのか。しかもそのサルは、ペットでありながら、罪やら悪徳やらの象徴だという。一体どういうことだろう。

サルは、ヨーロッパでは、不道徳で、愚かで、卑しくて、汚らわしい動物だとされてきたという。さらには好色な動物とも考えられてきたそうだ。

好色の方は、わからないでもない。サルを人間の似姿として捉えた場合、そのイメージは強烈だ。すっぱだかで、秘部もまるだし、毛むくじゃらで力強く、行動は本能のまま、欲望のまま。「野蛮人」「好色漢」のイメージがほどなくサルについただろうことは、想像に難くない。

そのイメージはヨーロッパ中に広まり、サルは精力絶倫であるとか、人間の女を追いかけたとか、サルと情痴(じょうち)に溺れた女の話などがまことしやかに語られるようになる。11世紀のイタリアでは、サルに妻を寝取られ、あげくに殺されてしまった伯爵の話などが伝えられている。

古代ギリシャでは、サルは劣等動物と考えられていたという。

 

「健全な肉体に健全な精神が宿る」という体育会的ギリシャ思考でいくと、醜(みにく)いサルには醜い精神が宿っていることになる。

日本人にはよく理解できない感覚だ。昔のヨーロッパ人が、日本の温泉ザルを見たらどう思うのだろう。罪と悪徳と汚れが湯につかっていると感じるのだろうか。

 

しかし、その一方でオマキザルやリスザルのかわいらしさは、人々を虜(とりこ)にしてしまう。当時、サルの入手は大変難しく、サルを飼うことは一種のステータスでもあったという。

ペットとしてのサルの歴史は、意外に長い。

古くは古代エジプトで、ヒヒが聖なる獣として珍ちん重ちょうされ、裕福な家で飼われていたという。

ヨーロッパでは中世から、宮廷、商人、聖職者などがサルを飼っていた。イスラム商人が地中海貿易を通じて、アフリカから北ヨーロッパにもち込んだらしい。サバンナモンキーや、オマキザルなど、小型のものが多かったようだ。

珍しく、美しく、仕草のかわいらしいサルたちは、貴族や大商人の目を細めさせたにちがいない。服を着せたサルをお客に見せびらかす姿が、目に浮かぶようだ。

 

「そう、上流階級の人が飼っていたんです。だからサルが描かれた絵も、けっこうありますね」

なるほど、肖像画などには、首輪をつけられ、鎖につながれたサルがちょこんと座っているようなものが少なくない。

サルが人まねをしている絵も多く残されている。サルが音楽を奏でていたり、酒を飲んだり、ギャンブルをやっていたり、散髪をしていたり、絵筆を握っていたりと、実にさまざまだ。見ていてほほえましい。

しかし『美術鑑定家としての猿たち』のサルには、そんなほほえましさは微塵もない。シリアスで、静謐(せいひつ)で、ユーモアはあれど冷ややかであり、さらには何やらおごそかで、宗教的雰囲気すら漂っていそうだ。

(つづく)

 

 

関連書籍

中野京子/早川いくを『怖いへんないきものの絵』

2大ベストセラー 『怖い絵』と『へんないきもの』が、まさかの合体。 アルチンボルドの魚、ルーベンスのオオカミ、クラナッハのミツバチ、ペルッツィのカニ……不気味で可笑しい名画の謎に迫る!

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怖いへんないきものの絵

2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして、爆笑必至なのに、教養も深まる、最高におもしろい一冊『怖いへんないきものの絵』を、たくさん楽しんでいただくためのコーナーです。

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中野京子

作家、ドイツ文学者。北海道生まれ。西洋の歴史や芸術に関する広範な知識をもとに、絵画エッセイや歴史解説書を多数発表。新聞や雑誌に連載を持つほか、テレビの美術番組に出演するなど幅広く活躍。特別監修を務めた2017年開催「怖い絵」展は入場者数が68万人を突破した。『怖いへんないきものの絵』、「怖い絵」シリーズ 、「名画の謎」シリーズ、「名画で読み解く 12の物語」シリーズ、『美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔』など著書多数。

早川いくを

著作家。1965年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。広告制作会社、出版社勤務を経て独立、文筆とデザインを手がけるようになる。近年は水族館の企画展示などにも参画。最新刊『怖いへんないきものの絵』のほか、『へんないきもの』、『またまたへんないきもの』、『カッコいいほとけ』、『うんこがへんないきもの』、『へんな生きもの へんな生きざま』、『へんないきものもよう』、訳書『進化くん』(飛鳥新社)など著書多数。

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