2大ベストセラー、『怖い絵』中野京子氏と、『へんないきもの』早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれた『怖いへんないきものの絵』!
早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的!
今回のお題『美術鑑定家としての猿たち』という絵を知れば知るほど、西欧と日本の文化の違いを感じます。
ヨーロッパでの「サル」と、日本人のイメージする「おさるさん」はあまりにも違うのです。
* * *
「実はガブリエル・フォン・マックスは進化論や人類学を研究していただけではありません。かの有名な『神智学協会』の会員でもあったんです」
――オカルトっぽい本を読むと、よく目にする団体名ですね。
神智学協会は、19世紀にアメリカで創設された神秘思想団体で、オカルト思想を世に広めたことで知られている。
幻視や瞑想(めいそう)を通じて宇宙の叡智(えいち) に近づくことを目指していたという。今よく使われる「オーラ」とか「スピリチュアル」などという言葉も、この元祖オカルト思想の原液が一〇〇倍に稀釈(きしゃく)され、大衆化したものといえよう。
マックスは、この団体の会員だったのだ。自然科学を研究しつつ、オカルト思想にも傾倒する、貴族の位をもつ一流画家。何だか設定盛りすぎの映画の主人公みたいである。
マックスは、サルが好きでたくさん飼っていたという。たしかに彼の作品は、サルを描いたものがとても多い。サル画家といってもいいぐらいだ。
しかしガブリエル・フォン・マックスが描くサルには、他の無邪気な人まねサルの絵とは一線を画す、透徹(とうてつ)した思想性が感じられる。画家の目、研究者の目、神秘主義者の目。その全部をもっていたからこそ、この独特の表現は生まれてきたのだろう。
『美術鑑定家としての猿たち』も、単にサルの人まねを皮肉に描いた作品ではない。
はじめは「サルが美術批評とはね」などと苦笑まじりだが、じっと見ていると、サルに「人物の内面が描けていない」などと、核心を衝つくようなひとことを言われてしまうのではないかといった不安感が生じてくるのだ。
サルの人まねは、時として本物になる。
「画家」として有名だったチンパンジーの「コンゴ」は、大胆な筆づかいと色彩感覚が特徴で、「サル界のセザンヌ」として知られていた。ピカソはコンゴの作品を「抽象表現主義派」と見なしていたという。コンゴのテンペラ画は、死後にロンドンのボナムスで競売にかけられ、約二九〇万円で落札された。
これは「人間はやがてサルに追い抜かれるのではないか」といった潜在的な不安を生じさせるようなエピソードかもしれない。
ガブリエル・フォン・マックスの描くサルには、そんな不安感を生じさせるリアリティが感じられる。振り向けばサルが、すぐ背後に迫っているかのような怖さを覚えるのだ。
ところで、これほどまでにガブリエル・フォン・マックスの関心を惹き、ヨーロッパを揺るがしたダーウィンの進化論は、日本ではどう受け取られたのだろう?
「日本では、あっさりと受け入れられました。明治時代、西洋の学者が『ヒトの祖先はサルだ』と教えても、日本人がちっとも驚かないので、逆に驚いたらしいんです。日本人はこの話を理解できていない、とも思ったらしいんですね。
サルはヨーロッパ人には忌避感が強い動物だったんですけど、日本ではそんなことはありませんから」
――我々が「サル」と聞いて真っ先に連想するのは、ニホンザルですからね。どうしたって親しみを覚えてしまいますよ。
「先進国でサルが身近にいて、民話にも登場する国というのは、日本だけではないでしょうか」
もし、進化論を最初に発表したのが、日本人の学者だったらどうなっただろう?
「人間の先祖はサルだった」と聞いても、世はすべてこともなし。縁側で茶を飲みながら「はあ~、そりゃ吾作どんの顔見たらわかりますわな。ははは」というだけで終わったかもしれない。我々にとってサルは「暗黒大陸にいる得体の知れない動物」などではなくて「おサルさん」なのだ。
もし北斎や歌麿が『美術鑑定家としての猿たち』を描いたら、どんな絵になっただろう?
想像力を振り絞って考えてみる。だが、いくら頭をひねっても、「さても面白い絵じゃこりゃ~」などと言いながら浮かれて踊っている、にぎやかなサルたちの絵しか浮かんでこないのだ。
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怖いへんないきものの絵
2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
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