本を作る―。言葉にしてしまえば実にシンプルだけど、出来上がった本には関わった人間の思考がぎゅっと詰まっている。作品の世界観をどう表現するか。読者が読みやすいデザインとはどういうものか。何を語って、何を語らないべきか。
「小説幻冬」の人気連載「こばなしけんたろう」の書籍化を記念して、書籍デザインを担当した鈴木千佳子さんにお話をうかがった。「初めに抱いた直感に確信を持つために、代案をいくつも考えた」という言葉も出てきたりして、話がすごく面白い。「モノを作るとはどういうことか」という領域にまで踏み込んでいく刺激的なこばなしの、はじまりはじまり。
インタビュー開始早々、
何となく目についたのがA4サイズのこの紙。
この1枚こそ、『こばなしけんたろう』の
書籍デザインのスタート地点だったそうです。
デザインで迷った時に立ち返る
「メモ書き」を作る
―この紙は一体なんですか?
鈴木 自分のためのメモ書きです。編集者にもお見せしないものなのですが、私はデザインを担当する際にこういうメモ書きを用意することが多いんです。最初に描くこともあるし、イメージが固まってきてから描くこともあるんですけど、これがあると「書籍としてのゴールイメージ」を常に意識できると言いますか。デザインの打ち合わせをした際に頭によぎったことをこうやって一枚にまとめておくんです。誰かに見せるものではないので簡単にササッと描くだけですけど、これがあるとデザインで迷子になった時に役立つんです。
―迷子、ですか?
鈴木 一冊のデザインを完成させるまでには、思いつく限りの可能性を試すことにしているんです。『こばなしけんたろう』に関して言うと、最初に直感的に「こういうデザインの方向性かな」って思い描いたイメージがあったんですけど、いきなりその方向に絞って突き進むことはしませんでした。それが本当に正しいかどうかを確認するために、色々なアイデアを試していったんですね。「これは違うな」とか「このアイデアは活かせるな」とか試行錯誤していくんですけど、そういうことをしているうちに「そもそもどういう本にしようと思ってたんだっけ?」ってわからなくなってしまうことがあるんです。そういう時にはこのメモ書きを見て、最初にどういうデザインにしようと思っていたかを確認するようにしていました。
─メモ書きを見てみると、「小林さんの舞台を見ているときのたのしさと同じような延長で読むイメージ」と書いてありますね。
鈴木 このメモ書きは小林さんのコント公演「KAJALLA#3 『働けど働けど』」を観た後に作ったものなんです。小林さんのコント公演は、ひとつひとつがまるで違うお話なのに、全体を貫くテーマみたいなものが明確にあって、すごく面白かったしびっくりしました。それが書籍のデザインコンセプトのヒントにもなったんです。『こばなしけんたろう』ってひとつひとつを独立した物語として楽しむこともできるんですけど、だからと言って全体の印象がバラバラというわけではないんです。むしろ、一つのテーマの中に切り口の異なる色々な物語が詰まっている印象を強く受けたので、それをデザインで表現したいなと思いました。でも、それがすごく難しくて。
─聞くだけでも難易度が高そうですが、そもそもデザインに関してはどんな打ち合わせをしたんですか?
担当編集(以下、編集) まず最初に小林さんと私が打ち合わせをしました。その時に彼が「ジャケ買いした」という本を何冊か持ってきていて、私もその本を見た時にすごく素敵なデザインだなと思って。クレジットを確認したらデザインを担当したのが鈴木さんだったんです。実は以前『ネコの吸い方』という本で鈴木さんにデザインをお願いしたことがあって、すごく素敵な一冊に仕上がった経験があったので「鈴木さんなら絶対大丈夫」と思ってすぐに依頼しました。鈴木さんとの最初の打ち合わせでは「小林賢太郎が文章で何かを表現したらこんなに面白いものができるんだってことを読者にわかってもらいたい」って熱弁を振るった記憶があります。
鈴木 この作品もそうですけど、小林さんが表現する世界観って独特で言葉化しにくい魅力があると思うんです。クスッと笑えて、でもそれだけじゃなくて余韻も残る。『こばなしけんたろう』もそういうことを感じさせる佇まいの一冊にしようということを編集者と共有した後は、比較的自由にやらせてもらいました。
編集 今回、私がやった大きな仕事の一つは「鈴木さんに催促をしない」ということだったかもしれません(笑)。そのために早めにデザインの打ち合わせをして、考えるための時間をなるべく長く確保するようにしたんです。
―「KAJALLA#3 『働けど働けど』」は2018年4月の公演ですもんね。つまり、一年前にはすでに『こばなしけんたろう』のデザインが始動していたってことなんですね。
鈴木 「進捗はどうですか?」って聞かれないのは、すごくありがたかったです。小林さんの舞台を観た後に生まれた自分の直感が正しいという自信は何となくあったんですけど、実際の作業に入ってみると「何をやるべきか、何をやらないべきか」のさじ加減がすごく難しかったので、最終的に「これだ!」というデザインに着地するまでには時間がかかってしまいました。例えば一番最初に考えたカバーラフがこれなんですね。
―思いっきりシンプルなデザインだったんですね。
鈴木 タイトルの「こばなしけんたろう」、著者名の「小林賢太郎」。この二つで全てを語っているし、言葉遊び的なおかしさもあるので、シンプルにそれだけで構成すればいいと思ったんです。今思えば、最終形からそれほど離れたところにいるわけじゃないと思うんですけど、これを作った時に「何か違うな」と感じてしまって。キレイにまとまりすぎていて、『こばなしけんたろう』のおかしみが伝わり切らないなって思ったんです。
―整いすぎている、ということなんでしょうか?
鈴木 そうですね。さっき見てもらったメモ書きにも「『おかしみ』がにじみでたような気分のイメージ」って書いてあるんですけど、このデザインだとその「おかしみ」がにじみ出ていないなって思ったんです。じゃあどうすればいいかということを考えるんですけど、これがやっぱり難しかったですね。以前、『〆切本』という書籍のデザインを担当したことがあったんですけど、その本では本文の中の文章をカバーに入れたんですね。「拝啓 〆切に遅れそうです」とか入れることで、〆切にまつわる話のおもしろさのニュアンスを入れたいと試みたのですが、『こばなしけんたろう』でもこの考え方を応用できるのではと思い作ってみたのが、このあたりですね。
〈中篇〉に続く。
鈴木千佳子
グラフィックデザイナー。1983年生まれ。武蔵野美術大学卒業。2007年より、文平銀座に在籍し、15年よりフリーランス。装丁などデザインの仕事に携わる。装丁を担当した主な書籍は『〆切本』(左右社編集部・編)、『ぼくは本当にいるのさ』(少年アヤ・著)、『駄目な世代』(酒井順子・著)、『ことばの生まれる景色』(辻山良雄・文、nakaban・絵)など。
「小説幻冬」2019年3月号より(撮影・高橋浩 文・編集部)