〈前篇〉より続く。
「立体サンプル」を作って、手で確認しながら全体を微調整していく。
―カバーに文字を入れたバージョンで、レイアウトを色々試しながら正解を探っている感じが伝わってきますね。
鈴木 『こばなしけんたろう』の中に「ぬけぬけと嘘かるた」というお話があるんですけど、冒頭に「すべて嘘です。」っていきなり書いてあるんです。全体を通しで読んでいる時、こういうふうにちょっとした間合いで入ってくる言葉がすごく面白いなっていう感覚があったので、それを読者と共有したいと思いました。でも、やれどもやれども「なんか違うな」という違和感が拭えなくて。「こういう方向性じゃないのかな」って少し煮詰まってしまったんです。なので、本文の立体サンプルを何度も見返しながら、全体のトーンの微調整を繰り返しました。
編集 本文のデザインラフとしてこの立体サンプルが送られてきた時、すごくびっくりしました。「なにこれ、すごい!」って感動しちゃって。
―え? これって、デザインラフなんですか? 印刷所で作ってもらったものかと思ってました……。ラフって、普通はPDFをメールでいただくことが多いですよね?
鈴木 本文をデザインしたら、出力して最初のページから最後までつないでいくんです。本ってやっぱり立体物なので、こうやって手で持ってページをめくってみないと読者と感覚を共有できないと思っていて。『こばなしけんたろう』では、デザインが前面に押し出された見え方にならないよう心掛けたので、それぞれのページを平面で見ていくと物語と物語をつなぐ「間」が伝わりにくいと思ったんですね。そういう「間」って、手で確認しないとわかりにくいものなので。だからこういう立体サンプルを作って担当編集者にお送りしたんです。
―物語と物語をつなぐ「間」をデザインで表現するって難しそう……。
鈴木 小林さんの公演を観た際に、一つのコントから次のコントに移る際の「間」をすごく大事にしてるんだなって思ったんです。うまく言えないんですけど、「Aが終わってBが始まる」のではなく「Aの余韻を残しつつBに移行する」感じと言いますか。『こばなしけんたろう』でもそれを表現したいなと思って。全23篇の短篇集だから、それぞれを全く違うコンセプトでデザインすることもできたとは思うんですけど、それだと一冊を貫く世界観が表現できないと思ったんです。それぞれが独立した物語でありつつ、全体を通して読むと調和のとれた一つの作品ということが伝わるデザインにしたいなってずっと考えていました。なので、各話が独立した短篇集だけど章扉を作らない設計にしたんですね。章扉があるとメリハリはつけられると思うんですけど、逆にそれぞれの物語が単体で完結してしまうので。
―確かに章扉がない。でもそのことによって、各話が地続きになっている感じが強まりますね。
鈴木 どの物語もタイトルが気になる言葉なんです。「僕と僕との往復書簡」とか「思われ入門」とか。なので、そのおかしみがしっかり伝わるようにタイトルは存在感のあるデザインにしました。章扉は作らなかったんですけど、タイトルの書体とデザイン自体には統一感を持たせて、読者がパラパラとページをめくったときに引っかかりを覚えてくれるようにしようと思って。
―ホントだ。タイトルのデザインが統一されてる。地続き感ってそういうことだったんですね。
鈴木 そうですね。各話の「間」に関しては、小林さんの公演からヒントをもらいました。各話ごとにレイアウトが変わったり暗転したりはしているんですけど、全体の世界観は絶対に崩さないように気を配ったつもりです。
―立体サンプルでページをめくっていくと、確かにそれが伝わります。各話ごとにデザインは変わっていくけど、トーンが崩れないから読みやすい。
鈴木 読みやすさはすごく意識しました。本文が読みにくいのは絶対にダメなので、読みやすい書体で。でも、各話のタイトルは引っかかりを覚えてもらいたいから少しニュアンスのある書体で。どの物語も版面(本文が印刷される範囲)は同じにしてるんですけど、そうやって全体を通しての共通のルールはあらかじめ決めておきました。そのほうが見た目に統一感が出ますし、一定の縛りを設けたほうが中身のコンセプトも際立つと思ったので。
―共通のルールを設定した上で各話ごとの味付けをしていくということなんですね?
鈴木 そうですね。でも、「これで変化がつくのかな?」「もうちょっとデザインしたほうがいいかな?」って不安になることもあったんです。『こばなしけんたろう』は物語集なので、基本的に「文字もの」になるんですね。写真が入ったりイラストが入ったりしているわけではない。だから、各話ごとのデザイン上の変化を感じ取ってもらいにくいのかなって何度も思いました。でも、この23篇それぞれに対する小林さんの設計がすごく精密だったので、それを読み解きながらデザインしていったら自然と各話ごとに変化が生じることに気づいたんです。なので、デザインで強く主張しなくていいと自信を持つことができました。
編集 そういえば、鈴木さんは最初の打ち合わせで、「デザインで主張するパターンと、主張しないパターンの2案を作ります」っておっしゃってくれたんでしたね。
鈴木 はい。でも、いざ『こばなしけんたろう』と向き合ってみたら「デザインで主張しなくてもいい」っていう確信が芽生えて。作品に対して素直なデザインをすれば、この作品にとって必要な「地続きの変化」が自然と現れてくるはずって思えたんです。
〈後篇〉に続く。
鈴木千佳子
グラフィックデザイナー。1983年生まれ。武蔵野美術大学卒業。2007年より、文平銀座に在籍し、15年よりフリーランス。装丁などデザインの仕事に携わる。装丁を担当した主な書籍は『〆切本』(左右社編集部・編)、『ぼくは本当にいるのさ』(少年アヤ・著)、『駄目な世代』(酒井順子・著)、『ことばの生まれる景色』(辻山良雄・文、nakaban・絵)など。
「小説幻冬」2019年3月号より(撮影・高橋浩 文・編集部)