〈中篇〉より続く。
―さっき書体の話が出たので伺いたいのですが、目次(写真で使ってるこの書体って何ですか? ちょっと変わっていますよね? 思わずまじまじと見てしまいました。
鈴木 これはMacに入ってる書体で「宋体」っていうんです。中国の書体なんですよ。日本語用の書体ではないので絶妙に文字の大きさや形がいびつで組みもベースラインが揃っておらず、がたついてくれるんです。漢字は作り自体が間違えているので使えないんですけど、ひらがなとカタカナはこの宋体を使ってあえてガタつきが出るようにしました。
編集 私もこの書体のことを知らなかったんですけど、10年前の宋体はもっとガタついてて面白かったっておっしゃっていましたよね?
鈴木 そうなんです。今の宋体は昔よりキレイになっちゃって、それが少し残念なんです。昔の宋体のアンバランスさが好きなので、以前使っていたパソコンから引っ張り出してきて使っています。
編集 その話を小林さんにしたらすごく面白がってくれて。
鈴木 この目次も含めて本文のデザインを少しずつ仕上げていきながら、何度も立体サンプルを作り直したんです。その立体サンプルを見ながら、カバーも微調整していって……。担当編集者に送る前にはこういうカバーラフも作っていたんです。でもこれだと「デザインしました」っていう感じが出過ぎだなと思って。
―これも素敵に見えますけど……。
鈴木 言葉を入れることを面白がってるのが先行しちゃってると思うんですよね。デザインで主張しすぎると、『こばなしけんたろう』のおかしみが正しく表現できないと感じたのでこのアイデアはボツにしました。結局、担当編集者に送る前の晩までやり直しをずっと続けていて、ついに「あ、これだ!」って確信を持てる形にたどり着いたんです。
編集 去年の10月でしたね。「ついにカバーラフが来た!」と思ってメールを開いたら、この写真が添付されていたんです。デザインデータをPDFで送ってくれるだけじゃなくて、出力して本に巻いた状態のものを写真に撮って送ってくれたんですよね。
鈴木 PDFだと平面になってしまうじゃないですか。その状態で見てもらってもわかりにくいかもって思ったんです。最初の印象ってどうしても強いので、仮に平面で見てもらって「違うな」って思われたらそれを覆すのは難しいなと思って。作っている私としては「これで間違いない」って確信があったんですけど、それはやっぱり立体で確認してるからなんですね。なので、手に持って写真を撮って……。
編集 私、これ見た時に「すごい素敵!」って興奮したんです。だから、小林さんにもすぐに送りました。そうしたらやっぱり小林さんも喜んでくれて。「鈴木さんにデザインをお願いしてよかった!」って思いました。
鈴木 写真のメールを送った時、「ところどころに入っている文章は、この文章にしたいということではなく、仮にいれているものになります。」と添えたんです。ここには小林さんに書いてもらった文章を入れるのがいいかなと思ったんですが、小林さんが「シンプルに事実が書かれているほうがいい」とおっしゃってくださって、「なるほど!」と思って。
編集 だから全23篇のタイトルを全部入れたんです。そういうやり取りを経て完成したのがこのカバーです。
鈴木 普段、私はあまり著者と会わないんです。かたくなに「会わない」って決めているわけではないんですけど、会ってお話をすると著者の願いを全部叶えてあげなきゃと気を張りすぎてしまうんです。なので、原稿を拝読して自分なりに感じたことを咀嚼して、デザイナーとしてのベストを尽くすというやり方が多かったんですね。でも今回は公演にも行かせてもらって、小林さんとも打ち合わせをして、「小林賢太郎ワールド」を体験した上で自由にやらせてもらったので、本当に楽しかったです。是非とも書店で手に取っていただいて、『こばなしけんたろう』の世界を楽しんでもらえたら嬉しいなと思います。
以上、『こばなしけんたろう』ができあがるまでのこばなし、おしまい。
鈴木千佳子
グラフィックデザイナー。1983年生まれ。武蔵野美術大学卒業。2007年より、文平銀座に在籍し、15年よりフリーランス。装丁などデザインの仕事に携わる。装丁を担当した主な書籍は『〆切本』(左右社編集部・編)、『ぼくは本当にいるのさ』(少年アヤ・著)、『駄目な世代』(酒井順子・著)、『ことばの生まれる景色』(辻山良雄・文、nakaban・絵)など。
「小説幻冬」2019年3月号より (撮影・高橋浩 文・編集部)