■今回取り上げる古典:「読書について」(ショウペンハウエル)
一朝一夕では追いつけない詩と絵画と音楽の審美眼
数年前、人間関係があまりに上手くいかなくて逃げ出したくなっていたころ、たまたまヨーロッパに出張する機会があった。日本を離れ、傷心の旅。私としては、すこしの気休めになるはずだった。実際に、日本から離れ、些末なことを忘れようとしていた。
ドイツで仕事の用事が終わってから、なかば観光で立ち寄ったスイスで衝撃を受けた。ルター派が宗教改革の舞台にしたという教会。そこでは、楽器のささやかな音があちこちで圧倒的な重なりで響鳴していた。この驚きを文字にするのは難しい。日本で聴けばおそらく、単なるバイオリンの音であったものが、あまりに圧倒的で重圧的な振動として私に迫ってきた。
次に複数のバイオリンの音は、重なり合い、そして、抵抗できない迫力をもって私に語りかけてきた。そこで私が逆説的に、はじめて「和音」の意味がわかった気がした。日本は田畑で雅楽を興ずる。私たちはそのDNAが刷り込まれている。音楽は単音であり、ただただ野原に流れていく。しかし、スイスの教会で訊いた音楽は、その瞬間に音と音が重なりあうだけではなく、少し前に弾かれた音の残響も相手にしながら、全体のなかで共存していた。
日本で重厚なハーモニーを実感することは難しい。しかし、ヨーロッパのように教会が身近であれば、勝手に音の重なり合いの意味を知る。そこに私は絶望的な乖離を覚えた。ヨーロッパの、そして、上流が身につけている基礎教養。それは詩と絵画と音楽の審美眼だ。言葉は悪いが、アジアの成金が一朝一夕に身につけられるものではない。
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