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怖いへんないきものの絵

2019.03.18 公開 ポスト

ヒトラーの愛した画家ベックリンと「ちゅど~ん!」の奇妙な一致中野京子/早川いくを

2大ベストセラー、『怖い絵』シリーズの著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれたのが、『怖いへんないきものの絵』です。

早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的! そんなお二人の「制作後記」、今回は本に登場したクラナッハとベックリンについてのこぼれ話をお届けします。(聞き手・構成/編集部)

*   *   *

ルーカス・クラナッハ
『ヴィーナスとクピド』
1530年頃 ナショナル・ギャラリー蔵

クラナッハが多用した「こりゃまいった」のポーズ

――中野先生による「怖いへんないきものの絵」にまつわる解説を聞いて、早川さんが一番意外に思った絵はなんですか?

早川:クラナッハの『ヴィーナスとクピド』でしょうか。
ヴィーナスの絵だというのは見ればわかるんですが、その横で子供がハチにたかられてるんですよ。一体、何でそういうことになっているのかと
まずこの子供はヴィーナスの息子、クピド(キューピッド)なんですね。クピドがハチに刺されて泣いていると、母のヴィーナスが
「おまえがやたらと愛の矢を放つせいで、人間界はいつも修羅場。おまえが人間たちに与えた傷はもっと痛いのですよ」
と諭している絵なんだと教えていただきまして、はじめて疑問が氷解しました

――なるほど、たしかに一見しただけでは、わからないですね。

早川:そもそもクラナッハの絵自体が謎だったんです。美の女神ヴィーナスなのに、この平板なプロポーションはどういうことなのか。お腹もなんだかぷっくりで、低周波でへこませたくなります。

中野:当時クラナッハのヌード作品はすごく人気があったんですよ。ドイツ人は体の大きな人が多いから、こういうなよなよした体に憧れるのかもしれませんね。

早川:クピドの「こりゃまいった」のポーズも林家三平みたいです。「どぉーもすいません」っていう、昭和を代表するギャグですが。クラナッハの絵には、このポーズがちょくちょく登場するそうですね。

中野:アダムにこのポーズをさせている絵もあります。失敗したときのお決まりのポーズです。

早川:三平師匠のポーズが、古今東西を通じて共通という事実に、感じ入るところがあります。

早川さんが見つけた、ベックリン流「うる星やつら」

早川:本に載せた『魚に説教する聖アントニウス』のベックリンも、時折ちょっと漫画チックな絵を描きますね。写実的でなまなましい表現を持ち味としている画家なのに、意外な感じがします。

アルノルト・ベックリン
『魚に説教する聖アントニウス』
1892年 チューリヒ美術館蔵

早川:ベックリン作品の中に『狂えるオルランド』という絵があるんですが、これまたとても変なんです。

中野:オルランド青年がお姫さまに恋して世界中を旅して、最後は失恋して発狂してしまうという、イタリアの叙事詩をもとにした絵ですね。いろいろな画家がこの話を描いていますが、ベックリンも描いているのですね。知らなかったです。

早川:オルランド青年の発狂シーンの描写が何だか異様なんです。
ほかの画家がその場面を描くと、「オルランドが剣を振り回して泣き叫んでる」といった、しごくわかりやすい絵になるのですが、ベックリンが描いた絵では、オルランド青年が100万年ぐらい退化してしまって、原始人みたいになってるんです。毛むくじゃらで猛り狂って、あたりかまわず大暴れ。

――(画像を検索して)これですね?

アルノルト・ベックリン『狂えるオルランド』

早川:周りの人間もぶっ飛ばされて宙高く飛んでいる。高橋留美子先生の作品によくこういう場面がでてきますね。「ちゅど~ん!」って人間が吹っ飛ぶ描写が、まったく同じ。「完全に一致」ってやつです。

中野:面白い(笑)!

早川:ここでベックリンの作品と「うる星やつら」の「ちゅど~ん!」のコマを対比させて皆様にお見せしたいんですが、……おや、できないんですか? どうしてですか。何でできないんですか。

――大人の事情です。

中野先生が教える、ケンタウロスの意外な秘密

中野:ベックリンで思い出した絵があります。
半身半馬のケンタウロスが、足の蹄鉄(ていてつ)を鍛冶屋さんに「直してください」と頼みにゆく。蹄鉄屋さんは「どれどれ」と蹄鉄を調べ、そのまわりに見物人がいる――という絵です。これも紹介すればよかったかしら。

アルノルト・ベックリン『鍛冶屋のケンタウロス』1888年

早川:こんな絵があったとは! ケンタウロス、やっぱり蹄鉄つけてるんですね。鍛冶屋のおやじに「ケンさん、あんた飛ばし過ぎだよ」なんて言われてるんだ。発想は冗談なのに、表現はいたってシリアスなところが何ともまた。

中野:掲載画の『ペルセウスとアンドロメダ』(メングス)の隣に、ペガサスつながりで載せたらよかったですね!

早川:ああ、いつも本ができた後にそういうことに気づくんですよね……。

ヒトラーの愛した画家

早川:自画像を見ると、ベックリンは学者か聖職者かっていうような厳格な顔つきなんですが、こういった面白い作品とのギャップが不思議です。

アルノルト・ベックリン
『ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像』
1872年 ベルリン美術館蔵

中野:彼はずっと売れず、50歳をすぎて描いた『死の島』でようやくブレイクしました。
『戯れる人魚たち』も、面白くてエロチックな絵です。ドイツでは第1次世界大戦前には、今でいうエログロ系のバーみたいなものがベルリンにたくさんできたんですが、そういうケバケバしさに通じるものがあります。
色使いも、それをほうふつとさせますし。

アルノルト・ベックリン『戯れる人魚たち』
1886年 バーゼル市立美術館蔵

中野:ヒトラーはベックリン・ファンで、総統美術館を建ててそこに彼の作品をたくさん飾ろうとしたくらいです。ベックリンの他に好きなのはフェルメールというのはどんな趣味かなあ、と……。

早川:「総統美術館」っていう名前が臆面もないですね。きっとゲルマン民族あっぱれみたいな作品がずらりと並んだことでしょう。ヒトラー本人も、元画家だったと聞きましたが。

中野:美大を2回受けたものの落ち、貧窮して絵はがきを描いて売っていた時期があります。
絵はセミプロ並みで、全然下手ではありません。ですが人の胸を打つかと言えば、絵はがきを見た限りではそうはゆかないかなあ。本人は建築家になりたかったので、仕方がないかもしれません。
そういえば、先日、ヒトラーの絵がオークションで高値で売れたという記事を読みました。

早川:こんな形で売れるとは本人も思ってなかったでしょうね。歴史にイフはないと言いますが、ヒトラーがそのまま画家になってくれてたら……と思わざるをえません。日本の運命も大きく変わったことでしょう……。

中野:はたして、どうなってたでしょうね。
この4月に『ヒトラーVSピカソ』という映画が来るので私が監修したのですが、すごく面白かったです。ナチスはナポレオン同様、名画をいっぱい盗んできましたが、その巧妙なやり口や、元の持ち主たちの人生についてのドキュメンタリーです。最後のピカソの言葉が凄い。お勧め。

――絵を通して、歴史のことが見えてくるというのも、面白いですね。ぜひその映画もチェックしてみます!(つづく)

*   *   *

次回は3月22日(金)公開予定です。

 

 

関連書籍

中野京子/早川いくを『怖いへんないきものの絵』

2大ベストセラー 『怖い絵』と『へんないきもの』が、まさかの合体。 アルチンボルドの魚、ルーベンスのオオカミ、クラナッハのミツバチ、ペルッツィのカニ……不気味で可笑しい名画の謎に迫る!

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怖いへんないきものの絵

2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして、爆笑必至なのに、教養も深まる、最高におもしろい一冊『怖いへんないきものの絵』を、たくさん楽しんでいただくためのコーナーです。

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中野京子

作家、ドイツ文学者。北海道生まれ。西洋の歴史や芸術に関する広範な知識をもとに、絵画エッセイや歴史解説書を多数発表。新聞や雑誌に連載を持つほか、テレビの美術番組に出演するなど幅広く活躍。特別監修を務めた2017年開催「怖い絵」展は入場者数が68万人を突破した。『怖いへんないきものの絵』、「怖い絵」シリーズ 、「名画の謎」シリーズ、「名画で読み解く 12の物語」シリーズ、『美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔』など著書多数。

早川いくを

著作家。1965年東京都生まれ。多摩美術大学卒業。広告制作会社、出版社勤務を経て独立、文筆とデザインを手がけるようになる。近年は水族館の企画展示などにも参画。最新刊『怖いへんないきものの絵』のほか、『へんないきもの』、『またまたへんないきもの』、『カッコいいほとけ』、『うんこがへんないきもの』、『へんな生きもの へんな生きざま』、『へんないきものもよう』、訳書『進化くん』(飛鳥新社)など著書多数。

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