2大ベストセラー、『怖い絵』シリーズの著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。恐怖と爆笑の人気者がコラボして生まれたのが、『怖いへんないきものの絵』です。
早川氏が、“へんないきもの”が描かれた西洋絵画を見つけてきては、中野先生にその真意を尋ねに行くのですが、それに対して、中野先生の回答は、意外かつ刺激的! そんなお二人の「制作後記」、今回は「怖いいきもの」についてのこぼれ話をお届けしていますが、ついに最終回となりました!(聞き手・構成/編集部)
* * *
二人がもっとも「怖い!」と思った絵
――本書の中で、中野先生がいちばん「怖い!」と思う絵はどれですか?
中野:メーリアンの『コショウソウとピパ』でしょうか。怖いというか、気持ち悪い。でもそう言いながら、ちょっと実物を見てみたい気もします。
早川さんは、親ガエルの背中から子ガエルが生まれる瞬間の映像をご覧になりましたか?
早川:何度も見ました。でも中野先生がご覧になったらどうでしょうね……。
親ガエルの背中に穴がいっぱいあいてて、そこから子ガエルの手が出てきたかと思うと、びくびくっと震えながら飛び出してきて……。
中野:まるでエイリアン! その部分は早送りすることにします。
ところで、早川さんにとっては、怖いとか気持ち悪かったという絵はどれですか?
早川:マックスの『美術鑑定家としての猿たち』のサルですかね。
中野:サル、怖いんですか?
早川:どいつもこいつも人相が悪くて、こんなのに路地裏でからまれたらどうしようかと。
普通、動物が擬人化されたらかわいくなるのに、腹に一物も二物もありそうです。『怖い絵』の表紙のイカサマ女に通じるものがあります。
うまい絵だから胸を打つわけではない
中野:この本の出版後、私のブログに「これまで早川さんの本を読んだことがなかったけれど、面白そうなので読んでみます」とコメントをくれた人がいて、嬉しくなりました。
早川:それはありがとうございます。『ベツレヘムの嬰児(えいじ)虐殺』から「アニマル忍者武芸帳」の落差にずっこけなければいいのですが。
――読者の方からの声で「早川さんの文章によって、中野先生のチャーミングさが、より伝わって。こんなにかわいらしい方だったのねと思いました」というのもありました。
とくにお茶目なのは、エイのところですよね(編集部注:中野先生は小さい頃、エイに食べられそうになったことがある。詳しくは本書p81~)。
早川:「もえ~」となってる読者の姿が私には見えます。見える……見える……。
――中野先生の観点は、本当にいつも楽しくて、たとえば「この絵は下手ですね」みたいなこともはっきりおっしゃいます。
中野:本当はあまり言っちゃいけないんですけどね(笑)。
でも下手だからこそ個性と迫力が出る場合もあるので、技術の巧拙と芸術の評価の関係はむずかしいです。
早川:本書でとりあげたグースの『人間の堕落』も、ぼくは何かノドにつっかえたような違和感をおぼえたのですが、「洗練されていない表現にも美がある」という中野先生の説明を聞いて、ひざを打ちました。
中野:古い絵は、遠近法が中途半端だったりすることがあります。そこに古拙の美があったり。うまいからといって胸を打つとも限りませんしね。
早川:それは現代のイラストレーションなんかにもいえそうです。ただうまいばかりでまるで類型的だったりとか、ありますからね。
中野:技術に長けていればいいというものではないですよね。オペラ歌手でも、自分の美声に酔って上滑りしていると、心に響いてこないこともありますし。
早川:われわれ素人にしてみると、名画を「下手だ」なんて言ったら軽蔑されるんじゃないか、という心理的な抵抗があって言えないんです。
でも中野先生がズバッと「これは下手です」と言ってくださると、「オレもオレも!」と後に続けるんです。
自分では先陣切って言えない。芸術については我々は常に小市民です。
実は魚って相当気持ち悪い
――「へんないきもの」つながり、ということではありませんが、大きなお魚の料理が出てきました!
中野:私、ちょっと、お頭つきは苦手なので、出てきたら必ず大葉で頭の部分を隠すということをしています。そういう女性、けっこういますよね。
早川:よく考えたら、魚ほど気持ち悪い生き物はないと思うんです。要するに頭が泳いでいるようなものじゃないですか。手も足も何もなくて、頭だけ。
中野:頭が泳いでいる! その表現はぴったりすぎて、さらに怖いです。
早川:宇宙人が地球に来て魚を見たら、すぐ光線撃ちますよ。
スナイデルスの『魚市場』を観ると、我々はこんな気持ち悪いものを、しかも殺して食べているんだという異様な事実を再認識させられます。食べながら言ってますが。
中野:水の生きものはヌメッとしてますが、あの絵を観るとその感触が感じられますね。
早川:スナイデルスは、魚介類の、生き物としての気色悪さを絶対に意識して描いてる気がしました。そういう描写に淫したというか、一種の変態的な興味を覚えたんじゃないかと。中野先生のエイ嫌いとは逆に。
中野:子どものときって体が小さいから、エイをものすごく大きく感じたんですね。
実際はたいして大きなエイじゃなかったのかもしれないけれど、こちらは背も低いし顔も小さいわけでしょう? そこへ、ワーッとエイが顔を出したんですから。
早川:「エイがジョーズみたいに大きかった」っておっしゃってましたが、ジョーズの設定は体長8メートルです。8メートルのエイがいたら怪獣です。本書では少しくどくなるのでカットしましたが、ここで言わせていただきます。
中野:私の記憶の中ではそういう感じだったんです!
――動物の話で盛り上がり、脱線しては、名画の話、歴史の話……。この本の魅力をあらためて感じた、おふたりの対談でした。
お二人の組み合わせは、とっても意外性がありますが、実は、お互いがお互いの著書のファンだった、という奇跡があって、この本が生まれました。
早川:中野先生はこの本を『へんないきもの』の続編ととらえていて、私は『怖い絵』の続編ととらえているんです。何て素敵な関係でしょう!
そういうことをいつ編集さんが言ってくれるかと思っていましたが、全然言ってくれないんで自分で言いました。
――あ、あの、へんで、怖くて、様々な知識満載で、すごく面白いこの本! まだお読みでない方、ぜひ手に取ってください!
すでにお読みの方、周りの人におススメしてください!
怖いへんないきものの絵
2大ベストセラー、『怖い絵』の著者・中野京子氏と、『へんないきもの』の著者・早川いくを氏。
恐怖と爆笑の人気者がコラボして、爆笑必至なのに、教養も深まる、最高におもしろい一冊『怖いへんないきものの絵』を、たくさん楽しんでいただくためのコーナーです。
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