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私がオバさんになったよ

2021.08.16 公開 ポスト

お金や安定のために生きてるわけじゃない。面白いことのために生きてる【文庫化再掲】ジェーン・スー

どうやら、人生は折り返してからの方が楽しいらしい。ジェーン・スーと、わが道を歩く8人が語り尽くした本『私がオバさんになったよ』が文庫になりました。あらためて、その一部を公開します。今回は、中野信子さんとのお話。

人間は役に立つことのために生きてるわけじゃない

中 野  考えるのが好きな人には、これからの時代は向いてると思う。価値がどんどん変わるので。相対化することに慣れていて、そこをうまく使えると楽しめると思う。

ジェーン その能力を身につけて磨かないと難しいのかもね。後天的に養えるものなのかな。今までより速いペースで変化するであろう価値観への対応って、かなりの負荷だし柔軟性が必要だよ。と同時に、中野さんの本に書いてありましたけど、生存率を左右するものとしては順位が低いであろうアートに価値を見出すような人間ならではの能力をどう生かすかが次の時代を生きる鍵になる。

中 野  科学をなんのためにやるのかというのは、科学者が必ずぶち当たる壁なんですよ。院生だった時に私もそういうことを先生と議論した覚えがあります。例えば医学研究や工学部の研究はほぼほぼプロダクツとか創薬とか、わかりやすく人の役に立つことだから、比較的承認欲求を満たすのが楽なんです。では素粒子物理や宇宙の果てはどうなってるのみたいな研究はどうかというと、なんの役にも立たないかもしれない。だけど研究そのものは面白いでしょう。

2015年にノーベル物理学賞を取った梶田隆章先生の師匠、戸塚洋二先生がご存命の時、今のスーパーカミオカンデの研究発表の席で、「その研究はなんの役に立つんですか」って質問を受けたことがあったそうでね。その質問に対して戸塚先生は、スライドに「愚問」とだけ書いた。

ジェーン 役に立つか立たないかで判断しない、と。

中 野  人間は役に立つことのために生きてるわけではない。

ジェーン そういうことだね。人間だけに許されたって言ったら僭越だけど、人間が持つ人生のフリンジみたいなところ、想像力とか。

中 野  面白いことのために私たちは生きているんだ、それが存在理由だ、と先生との議論では結論したんです。

ジェーン 「楽しみたい」が根源的にあるからさ。

中 野  ドーパミンによって「面白い」という感覚をヒトに与えてくれたものに感謝したいと思うよ。お金や安定は大事だけどそのために生きるのは本末転倒だよね。

ジェーン 「おもしろ」が世界通貨として通用する時代がついに来ました! 昔ね、友達と言ってたの。女の「おもしろ」は両替しづらい通貨、まるでペソみたいだって。「かわいいはユーロ、おもしろはペソ」です。強いんだよ「かわいい」は。どこでも両替できる。ところがその「かわいいはユーロ」のたとえになってたユーロが、今微妙な通貨になっちゃった。考えたこともなかったよ、こんな未来。

中 野  ジンバブエ・ドルみたい。

ジェーン こんな(五センチくらいの札束)ないとパン買えないみたいな。

中 野  「美人なんとか」もそう。もうなんの価値もない。

ジェーン 溢れすぎ。美人のデフレは確実にありますな。

逸脱者がデッドエンドを延ばして発展

中 野  汎用AI(人工知能)が作られれば「おもしろ」の価値がもっと上がるよ。なぜなら「役に立つ」は全部AIが担うから。

ジェーン そのことも話したかったのよ。AIにとって替わられない仕事を考えると、朝会社に来てAIのスイッチを入れる管理人(笑)、もしくは不規則性が高すぎて役に立たないもの。

中 野  面白くて、かつ役に立たないことを見出さないと、人間は生計を立てられなくなってしまうね。人の役に立つことのほとんどは機械ができる世界を誰かが必ず実現してしまうし、機械ができるタスクなら、人間は絶対に勝てない。

ジェーン その話で暗闇の天井に穴が空いた気がする。最初に戻るけど、疎外されてきた人たちにも、有利とまでは言わないけど、チャンスが回ってくるってことでしょう。

中 野  最後に結論にしようと思ってこっそり言わないでおいたのに(笑)。

ジェーン え??

中 野  あのね。ここで初めて明らかにしますけど、疎外されてるということは、実は一番有利な位置にいるんですよ。はみ出し者、と自虐的に言っているけど、実はひそかに、逸脱者こそ最後に生き残り、繁栄を享受するタイプだと考えているの。人類の進化の歴史を追ってみましょう。まずアフリカです。

ジェーン すごいところから始めたな。

中 野  私たちの昔々の祖先は森のなかにいたわけです。でも「木の実飽きるじゃん」と、わざわざ木を降り、森を出て、危険な生物がいるサバンナへ狩りに行く逸脱者がいた。豊かで肥沃なアフリカにいればいいのに、今度はわざわざ獣を殺して毛皮にして着ないといけないような寒いヨーロッパに移住した。そこで終わると思いきや、海を渡って、あるいは砂漠を越え高い山を越え遠くへ遠くへ行こうとした。配偶者を得られなかった、あるいは集団に馴染めなかった奴ら。要するに人類の歴史は逸脱者の歴史だった……とも言える。

ジェーン 逸脱者がデッドエンドをどんどん延ばしてくれたから発展したと。そこに人身御供は必ずいるけどね。

中 野  人柱は必ずいるね。でも人は必ずいつか死ぬ。たまたま海を渡り大陸を見つけて生き延びられた人が子孫を残したけれど、その人柱だって次世代への貢献をなんらかの形でしたんじゃないかな? そうじゃなきゃ、今私たちがこんな姿でここにいるわけない。そんな歴史の末裔なので、安住する人はもちろんそれでもいいんだけど、そうじゃないところにも活路がある。

ジェーン なるほど。

中 野  マイノリティの重要性というのがすごくよくわかる。こんなに私たちが多様でなければならなかった事情がある。また科学っぽい話をしちゃうんだけど、結婚とか少子化の問題を社会学の人などが色々言うのだけど、生物としての生殖を考えた方がいいと思うんだよね。

そもそも、有性生殖しなきゃいけない理由がふるってる。単為生殖の方がコストが安い。自分の体が分裂すればいいので。

ジェーン アメーバみたいに。

中 野  そうそう。配偶者を見つける手間もないし、そもそも配偶子を交換することもなしに楽に次世代が作れる。新陳代謝の延長として次世代を産むことができる。効率的で、短期的には繁栄するすごくいい方法だと思うよね。だけど、この方法で繁殖すると、ちょっとしたことで急速に滅びちゃうの。なぜなら多様性に乏しいから。外的な環境の変化にやられちゃうからです。バナナがいい例。今のバナナって、種で増えるんじゃなくて、クローンなのね。一種類の病原菌で群全体があっさり滅んでしまう。ヒト全体から多様性が失われつつあるということは、人間もバナナになりつつあるのではないかという(笑)。

ジェーン 一人風邪引くと全員死んでおしまいというね。そういう意味で多様性が絶対に必要だと頭で理解はできるけど、問題はその多様性にどう接するかだよね。

中 野  まずは自分が同調圧力に屈しないことでしょうね。

ジェーン それちょっと面白いから聞かせてほしいじゃないですか。

中 野  自分が多様であることをみんなあんまり許せてない。

ジェーン 自分自身が多様的であることに?

中 野  うん。自分はマジョリティの方にいたいから、マイノリティを上から目線で「多様性」って言うじゃない。

ジェーン たしかに「あなたを受け容れてあげるわよ」という視点に立ちがちだね。

中 野  なんならこっち来いよって、マイノリティ側にいたら思うんじゃないかな。

ジェーン どんな人でも、実は多様性の一端を担っている可能性があると。

中 野  そのことにもっと自覚的でいいと思う。

関連書籍

ジェーン・スー『私がオバさんになったよ』

「40代女の生き方のバリエーションが増えている」「女の敵は女じゃない」「人間は役に立つことのために生きているわけじゃない」……。もう一度会いたかった8人と語り合い見えてきた生きる姿勢は、考えることをやめない、変わることをおそれない、間違えたときにふてくされない。オバさんも悪くないね。このあとの人生が楽しみになる対談集。

ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』

「女子会には二種類あってだな」「ていねいな暮らしオブセッション」「私はオバさんになったが森高はどうだ」……誰もが見て見ぬふりをしてきた女にまつわる諸問題(女子問題、カワイイ問題、ブスとババア問題……etc.)から、恋愛、結婚、家族、老後まで――話題の著者が笑いと毒で切り込む。“未婚のプロ”の真骨頂。講談社エッセイ賞受賞作。

ジェーン・スー/野宮真貴『人生もお洒落も自分の舵を手放さない。』

野宮真貴/ジェーン・スー『美人になることに照れてはいけない。 口紅美人と甲冑女が、「モテ」「加齢」「友情」を語る』

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私がオバさんになったよ

私がオバさんになったよ』刊行記念。ジェーン・スー×光浦靖子 山内マリコ 田中俊之 中野信子 海野つなみ 宇多丸 酒井順子 能町みね子……ジェーン・スーとわが道を歩く8人が語り尽くす「いま」。

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ジェーン・スー

1973年、東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家/ラジオパーソナリティー/コラムニスト。音楽クリエイター集団agehaspringsでの作詞家としての活動に加え、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」をはじめとするラジオ番組でパーソナリティーとして活躍中。

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