辛いことや苦しいことがあっても私たちは生き続ける。人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。20年の時を経て名著『人生の目的』が新書版に再編集され復刊。いまの時代に再び響く予言的メッセージ。
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あたりが暗くなってきたという感覚
こういう時代をなんといえばいいか。宗教家からはよく「末法(まっぽう)の世」などという言葉をきくが、末法どころか「無法の時代」とでもいえそうである。
仏教の考え方のひとつに、世の中や時代はどんどん悪くなってゆく、という見かたがある。「正法(しょうぼう)の時代」から「像法(ぞうほう)の時代」へ。そこから「末法(まっぽう)の時代」へとうつり、最後は「法滅(ほうめつ)の世」となる。ブッダのともした偉大な教えの灯火(ともしび)が、しだいに油が切れて、小さく、かすかになっていくイメージだ。
「末法(まっぽう)の時代」は一万年つづくとされているから、現在はまだ「末法の世」ということになるだろう。しかし、時の車輪は加速度的に急速に回転してゆく。最近の科学や技術の変化の激(はげ)しさは、むかしの百年がいまの十年だ。時代はすでに「無法の時代」に突入してしまったとしか思えない。仏教ではこれを「法滅(ほうめつ)の世」というらしい。
現在を「末法(まっぽう)の時代」と考えるか、「法滅期(ほうめつき)」ととるか、言葉の論議はそれほど大事なことではない。重要なのは、あたりが暗くなってきた、と感じるか感じないかだ。闇(やみ)を照らしていた灯火(ともしび)が小さくなり、光が揺れ、いまにも消えそうにまたたいている。その心細さをひしひしと皮膚(ひふ)で感じるか、感じないかということである。
しかし立場をかえれば、部屋の外は明るいぞ、という見かたもあるだろう。東の空はすでに白(しら)みかけている、夜明けはちかいのだ、暗い室内で油の切れかかった灯火の心配などやめて、窓の外に目を向けたまえ、と励ます声もあちこちからきこえてくる。
しかし、私の感じかたはちがう。夜はようやくはじまったばかりだ。これからさらに夜はふけてゆく。どこまでつづくかわからない深く暗い夜だ。そういうときに、部屋の闇を照らす灯火が、しだいにほそく、小さくなってゆく。ガラス戸のすきまから吹きこんでくる風に、灯火はいまにも消えそうに揺れている。
思うことはいろいろある。トルコ、ギリシャ、台湾、メキシコと、たてつづけに大きな地震がおそった。現代の科学の水準では、地震の予知はできないという。しかし、台湾で起こった地殻(ちかく)の変動が、決してこの列島では起きないと考えるのは自然でない。それこそ非科学的な態度というものだ。また、このところ核利用施設の事故があいついで発生した。今後、いつか、どこかで、もっとひどい大災害がひきおこされるかもしれない。そう考えるほうが、むしろ現実的なものの見かたというものだろう。
そんなことを心配するのを「杞憂(きゆう)」というんだよ、と笑われそうだ。キユウとは、むかし中国の杞(き)の国の人が、天が崩れ落ちるのを心配したという話から出た言葉である。取り越し苦労とか、無用の心配とかいった意味で使われることが多い。
天が崩れ落ちることなんか心配するより、道で転んでケガをしないようにしろよ、とは、よく言われる言葉だ。たしかにそのとおりではある。しかし、やがてくる地震のことを考えるのは「杞き憂ゆう」ではない。核施設の大事故を心配するのも、決して「杞憂(きゆう)」ではない。
人生の目的
人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。
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