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私がオバさんになったよ

2021.08.20 公開 ポスト

女性の呪いは男性の呪いと「いっせの、せ」で解かないと【文庫化再掲】ジェーン・スー

どうやら、人生は折り返してからの方が楽しいらしい。ジェーン・スーと、わが道を歩く8人が語り尽くした本『私がオバさんになったよ』が文庫になりました。今回は漫画家・海野つなみさんとのお話。海野さんの『逃げるは恥だが役に立つ』は大旋風を巻き起こしました。あらためて、その一部を公開します。

ジェーン 私は先ほどからちょいちょい話してるように、普通の人が普通にできることができなかった人生が金になってるにもかかわらず、なぜできなかったのかという自責が小骨のように刺さって残ってるんですよ。なぜ大多数の人が呑み込めるものを私は呑み込めないのか。それがコンプレックスになってる。海野さんからは、そういうコンプレックスだったり、小骨みたいなものを、こうやってお話ししてても全然感じないんですよね。

海 野  結婚という意味でいうと、私も小学生くらいからいつか結婚して子供ができると思ってましたよ。歳を重ねても、そのうちすると思ってて、気づいたら年齢的に子供は無理じゃないって。あれ? あれ? みたいな。

ジェーン 私もそう。気持ちはある。

海 野  おかしいな、どこで道を間違えたんだろう、みたいなの、あります。

ジェーン でもあんまりなさそう。あるけど、あんまりなさそうです。

海 野  この先に誰かと出会うかもしれないとは思ってるかな。その人に子供がいたら、突然20代の子供の親デビューみたいなことになるかもしれないし。

ジェーン 柔軟性があるんですね。

海 野  ですかね。

ジェーン 中年女性のしなやかさみたいなエッセンスが海野さんにはかなり詰まってると思います。なんか化粧品のコピーみたいな言い方ですが。

海 野  風に揺られて生きてる方が楽チンだから、みんなそれを体得するのかな、みたいな気がしますけどね。

ジェーン 自己顕示欲ってどこに出ますか?

海 野  『逃げ恥』で昇華された部分が大きいような。それまでは同じ雑誌で描いてるのに友達はがーんと売れて自分は全然とかでずっともやもやがありましたけど、『逃げ恥』が想像を超えるヒットになったらすごい達成感で。親に対する「結婚しなくてごめんね」「孫の顔を見せられなくてごめんね」みたいな気持ちも、講談社漫画賞をとった途端、「お母さんこれが私の結婚式やでー」なんて言っちゃって。作品が子供のようなものなんです。もちろんここまでのヒットじゃなければ、くすぶってたかもしれないですけど。

ジェーン 「この先、なにかあるかもしれない」と信じることができるようになった作品ってすごいですね。この先誰かと出会って結婚するかもしれないって、まさかがあると以前より信じられるってことですものね。そういう出来事があったって素晴らしいと思う。

海 野  『逃げ恥』の百合ちゃんも最初はそうでしたね。完全に諦めているし、読者も絶対に風見さんとくっつくとは思ってない。

ジェーン 百合ちゃんが毎回毎回「これは長く続かないだろうけど」って言うところ、すげーわかるって思った。こんなうまい話があるわけないと思いながら進める感じ。

海 野  終わりを見据えながらの。大人の処世術、みたいな。

ジェーン 言い聞かせて、たぶんあれは自分にですね。

海 野  そう、自分に言ってます。そこが泣ける、みたいな。

ジェーン その痛み、わかります。

少子化の責を背負わされていないか

ジェーン 本当は、「どうして結婚しなかったんですか?」とか、そこに触れないで未婚女二人が仕事やプライベートの話をできる世になればいいと思うんです。だけど実際ちょっとそこにはまだ距離があると思って。日本ではやっぱり結婚してるしてない、子供産んだ産んでないが大きくある。

海 野  少子化の責を背負わされているところは感じますよね。でも考えたらもっとたくさん子供を産めたり育てられたりする世の中だったら、社会として子供の数は増えるはずです。一人は必ず産むみたいな考え方があるから、お前は義務を果たさなかったみたいになりますけど。子供を産まない人がいても、子供をたくさん産む人がいればいいわけで。うちは従姉妹が子だくさんだから私の分は従姉妹たちが産んでくれたかなって思ってます。

ジェーン 二人目三人目が欲しいけど、経済事情で産めないって人が躊躇なく産める方がいいですよね。

海 野  それは政府や社会の問題で、独身女性に背負わせる問題ではないと思います。

ジェーン 今のところ太字でいきましょう。

私たちができることは、これでいいかわからないけど、こういう人もいるよというのを見せていくのが大事だと思ってて。

海 野  いろんなモデルがあれば、この人のこの部分とこの人のこの部分を組み合わせたら自分オリジナルのカスタムモデルができたりしますしね。

ジェーン 多様性という言葉は普及したけど、それが実際になにを意味するのか、とか、具体的にどうしたらいいのかは誰も教えてくれないじゃないですか。

海 野  多様性がいいと言いながら、自分が間違っていると思うものはすごく糾弾するし。多様性というのは、間違っていると思うものも、まあそういう話もあるよねみたいな感じで受け止めることだと思うんですよね。

ジェーン 他人に対する干渉を減らすことが多様性の第一歩。あと、多様な生き方とか、こういう人もいるというのを見せていくことも、私たちが関わっている仕事の役割のひとつかなと思って。

海 野  知るって大事なことですよね。

ジェーン そういう意味でも『逃げ恥』は相当世間に伝わりました。

海 野  ただ、女の人の呪いについて描いたけど、男の人の呪いについて描いてなかったなとは思ってて。続きを描くことがあるなら、そのあたりを描こうと思ってます(その後「Kiss」にて連載再開)。

ジェーン 女性の呪いは女性だけで解けることはない。男性の呪いと「いっせの、せ」で一緒に解かないと、と私も常々思っています。

男の人の呪いとは

ジェーン さっきおっしゃったように四男五男が結婚できなかった世の中があったってことは、つまり長男一人勝ち、一部の男の人が得する社会でしかなくて、そのわりを女とそれ以外の男が食った時に、わりを食った男のストレスのはけ口が女、子供、小動物に向くのが問題です。だから女が強くなることとは別に、男の人にかけられた呪いを一緒に考えないと解決しないと思う。

海野さんの考える現代社会の男の人の呪いってなんだと思います?

海 野  やっぱり自殺者とかも男の人の方が多いし、男の人は仕事をしないといけないし、結婚したら養わないといけない。女性は家にいても「花嫁修業」というのがありましたけど、男性にはそんな言葉もないし、せいぜい高等遊民。

ジェーン 稼ぎ手ってことですからね。

海 野  女の人より、そこが大きいですよね。だから辞めたくても辞められないということが起きてしまって、最終的に死を選ぶとか。

ジェーン 働くか死かって衝撃的。

海 野  実際には働いてない人もいっぱいいますけどね。それなりに違う方法で暮らしていくのは、やろうと思えばできる。でも周りから色々言われたりはしますよね。

ジェーン 女の人はヒモとは言われないですよね。男の人だけ、人の食い扶持を当てにすると、ヒモと言われる。男性には「稼がないと人にあらず」の呪いありますね。ただその先がわからないんです。自分が女だから女性の呪いは派生商品含めてわかるけど、男の呪いの全貌がよくわからない。男性にとって加齢の恐怖はどんなだろうとか。

海 野  ホモソーシャルな感じとかね。

ジェーン わからないですよね。そのあたりのことをもっと話していかないといけないのに、話してくれる人があんまりいないんだよな。

海 野  「男同士」みたいな感じもあるし、そこに女性は入れないっていうのもある。

ジェーン 衝撃だったのが、男同士でなにを話してるかと聞いたら野球や映画の話で。なぜそうなるかといえば、自分の話をしなくて済むからって。今自分がこういう問題を抱えているとか、そういうことを一切言わなくて済むからって。自分のことをわかってほしいとは思ってない。自分自身が自分のことわからないし、直視したら立ってられないかもしれないって言われて、いやいや、こっち(女性)はわかってよって気持ちでどれだけ辛酸をなめてきたか、そして自分自身を突き詰めるために前世まで見る人までいるのに!

海 野  女同士はぺらぺら喋るけど。

ジェーン 自分のことを話す男は面倒と思われるという話も聞いたことがあります。自分のことを知りたくないってすごいなと思って。いかに自分の取説を作っていくか、自分自身の体調とか働き方の取説を作っていくかが、生きる上でのテーマなのに、そこに興味がないって。

海 野  自分のことを知りたくないのは自己評価が低いんでしょうかね。

ジェーン 豆腐メンタルだから無理っす、という声も聞きました。理想とする自分と現実の乖離に耐えられないって。

海 野  男社会の方が女社会より成功例がすごいし、それを日々突きつけられているからとか?

ジェーン あと男性という性にとっては人から頼りにされることに大きな意味があるようですね。異性愛の場合ですが、例えば恋愛が苦手な男の子がいるとするじゃないですか。恋愛が得意な女の子と付き合ったら下駄を履けるからいいじゃんって思ったんですけど、どうやらそうではないようです。自分の知らないことを全部知ってる人の方が楽という発想はなくて、そんな自分でも頼りになるってことの方が彼を幸せにするらしいと、知人の恋愛事情から知りました。そういうことが最終的に処女信仰につながってるんだと思います。何色にも染まっていない人を「俺色」に染めることを好む。なんて不遜な考え方だと思ってましたが、自分の方が優れていなければならないという強迫観念がそこまで強いなら、すごくツラいだろうなと思った。AIがどんどん君たちの仕事を奪っていくよ、大丈夫かってね。

海 野  刑務所でも子犬を育てると更生するっていいますね。小さきものから必要とされることが大事、みたいなことでしょうか。

ジェーン 居場所があるということとは違うと思うんですよね。誰かに必要とされたいと思うことともちょっと違って、松明を持って人を導くということに対する義務を果たさないといけないという、思い込みなんですかね。あれはキツいと思う。

海 野  その考えを変えるためにはどうしたらいいんでしょうね。正解がわからない。そうじゃないんだよって言ったところで、本当はこうなんだよっていうところの本当がわからない。

ジェーン 多様性じゃないですけど、サポートに回るだけが幸せじゃないってところに、女性はようやくたどり着いたわけですよね。女の人もサポーターを得て自分を輝かせる、それを女の人がやっても不遜じゃない、いいんだよっていうところ。

関連書籍

ジェーン・スー『私がオバさんになったよ』

「40代女の生き方のバリエーションが増えている」「女の敵は女じゃない」「人間は役に立つことのために生きているわけじゃない」……。もう一度会いたかった8人と語り合い見えてきた生きる姿勢は、考えることをやめない、変わることをおそれない、間違えたときにふてくされない。オバさんも悪くないね。このあとの人生が楽しみになる対談集。

ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』

「女子会には二種類あってだな」「ていねいな暮らしオブセッション」「私はオバさんになったが森高はどうだ」……誰もが見て見ぬふりをしてきた女にまつわる諸問題(女子問題、カワイイ問題、ブスとババア問題……etc.)から、恋愛、結婚、家族、老後まで――話題の著者が笑いと毒で切り込む。“未婚のプロ”の真骨頂。講談社エッセイ賞受賞作。

ジェーン・スー/野宮真貴『人生もお洒落も自分の舵を手放さない。』

野宮真貴/ジェーン・スー『美人になることに照れてはいけない。 口紅美人と甲冑女が、「モテ」「加齢」「友情」を語る』

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私がオバさんになったよ

私がオバさんになったよ』刊行記念。ジェーン・スー×光浦靖子 山内マリコ 田中俊之 中野信子 海野つなみ 宇多丸 酒井順子 能町みね子……ジェーン・スーとわが道を歩く8人が語り尽くす「いま」。

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ジェーン・スー

1973年、東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家/ラジオパーソナリティー/コラムニスト。音楽クリエイター集団agehaspringsでの作詞家としての活動に加え、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」をはじめとするラジオ番組でパーソナリティーとして活躍中。

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