通勤電車でお腹が痛くなる、逆流性食道炎がなかなか治らない、若い頃より便秘がちになってきた……。口から肛門まで、体を貫く消化管トラブルに悩む人への最新バイブル『胃腸を最速で強くする 体内の管から考える日本人の健康』(奥田昌子氏著・幻冬舎新書)が発売2週間で3刷となる大反響です。
今回は本書の内容から「過敏性腸症候群」についてご紹介します。毎朝の電車で腹痛と下痢におそわれて、途中で電車を降りなければならないほどなのに、眠っているあいだは症状が起こらない。日本人の10人に1人、あるいはそれ以上の割合の人が悩んでいる病気だといいます。
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電車の中で腹痛に苦しむ人は少なくない
過敏性腸症候群は、英語の病名の頭文字を取ってIBSと呼ばれることもあります。名前が示すように腸が敏感になり、腹痛と、便秘、下痢、便が細くなるなどのお通じの異常が続く病気です。
お通じの症状をもとに、便秘型、下痢型、そして下痢と便秘を繰り返す交互型の三つのタイプに分類され、下痢のときは便がかなり水っぽくなり、逆に便秘のときはコロコロになります。同じ病気とは思えないほど極端ですね。
それとともに腸の粘膜が敏感になって、わずかな刺激でも腹痛があらわれます。大腸に風船を入れてふくらませ、腸の壁を刺激する実験を行ったところ、健康な人は何も感じないくらい弱い刺激でも、過敏性腸症候群の人には腹痛が起きたそうです。
毎朝、電車に乗るたびに腹痛と下痢におそわれて、途中で電車を降りなければならなくなる人もいますが、トイレに行けば腹痛はおさまりますし、血便が出るようなことはなく、検査しても異常は見つかりません。
日本人の約10人に1人が過敏性腸症候群といわれていて、これは機能性ディスペプシアとおなじくらいの割合です。ただし、どちらも、実際に悩んでいる人はもっと多いのではないかと推測されています。
過敏性腸症候群は男女の比率が1対1.6で、やや女性に多く、男性は下痢型、女性は便秘型が目立ちます。
電車や地下鉄の車内に、「突然の下痢に効く!」などと書かれた広告が出ていることがありますね。あれは、下痢型の過敏性腸症候群に苦しむサラリーマン男性を対象にしているのです。さすがは製薬会社、ピンポイントで攻めてきます。
過敏性腸症候群は消化管に発生する心身症の横綱で、先ほどの「ストレスに気づくのが苦手だったり、気づいていても口に出せなかったりする人」に多いことが知られています。
朝起きて、日中ずっと心が働いているあいだは症状があらわれますが、夜になって眠りにつくと症状が消えるのも特徴です。
発症には自律神経のバランスの乱れがかかわっているため、同じく自律神経の乱れを原因とする頭痛やめまい、汗をたくさんかく、眠れない、などの症状が一緒にあらわれることも少なくありません。
腸が活発に動くことで便秘になる!?
ストレスにみまわれたときに、脳の指令を受けて副腎で作られるコルチゾールは、胃では蠕動(ぜんどう)運動をおさえて、腸では蠕動を活発にします。過敏性腸症候群でも腸の蠕動運動が高まって、内容物がどんどん出口に向かいます。
だから下痢になるのですが、もしそうなら、便秘型の過敏性腸症候群をどう考えたらよいのでしょうか。しかも便がコロコロになるなんて、ありえないような気がします。
便秘と聞くと、蠕動が弱くて便を押し出せないからと思いがちですが、じつは蠕動は強ければよいわけではないのです。
チューブ入りのワサビで考えてみましょう。チューブを端から出口に向かって真っすぐ押すとワサビが出てきます。このとき、手に力が入り過ぎると、お皿から飛び出すくらい勢いよく出てしまって、家族に笑われます。
では、同じように強く力を入れて、チューブのあちこちをでたらめに押してみてください。ワサビは少しずつ、思い出したようにしか出てきません。
大腸も同じです。ストレスによって蠕動が強くなるだけなら下痢になり、蠕動運動が乱れて、大腸がけいれんするような動きをすると便秘になります。健康なお通じのためには、蠕動運動の強さもさることながら、正しい順序で蠕動運動が起きる必要があるわけです。
蠕動運動を正しい順序で起こすのは副交感神経の働きです。そのため、ストレスにより交感神経ばかりが強くなると、便秘型が発生しやすくなります。
便秘薬のタイプを正しく選ぶ
過敏性腸症候群で女性が便秘型を発症しやすいのは、女性がもともと下痢より便秘になりがちだからといわれています。
この原因ははっきりわかっていませんが、一つには、女性の骨盤が出産に備えて男性よりもともと広いことがあります。そのため骨盤の中に大腸がすっぽりはまり込んで曲がりくねり、内容物がすんなり移動しにくいとされています。
もう一つが、生理の前に分泌される女性ホルモンが大腸での水分の吸収を促すために、便が固くなりがちなことです。また、女性は男性とくらべると腹筋と肛門の筋肉の力が弱く、便をしっかり押し出せないのも原因の一つと考えられます。
口を含む消化管のトラブルに悩む人の割合を男性と女性でくらべてみましょう。図は厚生労働省から2017年に発表された「平成28年 国民生活基礎調査の概況」の一部です。
なんといっても差が大きいのが便秘ですね。男性が人口1000人あたり24・5人なのに対して、女性は45・7人と2倍近い差があります。下痢に悩む人は男性のほうが多いとはいえ、たいした違いではありません。腹痛、胃痛、そして胃のもたれと胸やけも女性のほうが目立ちます。
かつては、ストレスというと働く男性が苦しむイメージがありました。しかし、女性も職場と家庭の両方でストレスを抱えるようになり、また、妊娠、出産、閉経など、一生を通じてホルモンの分泌量が大きく変動することも自律神経のバランスを乱します。
そのため、近年では、心身症になる人の割合は女性のほうが男性より1・2~2・9倍高いと報告されています。
ひとくくりに便秘といっても、蠕動が弱くて便を押し出せない便秘と、ストレスによる便秘は成り立ちが違うため、下剤を使う場合は注意が必要です。
過敏性腸症候群の便秘型では蠕動は十分強いので、大腸の粘膜に働きかけて蠕動運動を強めるタイプの下剤は効果がないだけでなく、激しい腹痛を招くおそれがあります。使うなら、便をやわらかくするタイプのものにしてください。
ただし、市販の便秘薬に手を出す前に、病院で腸の状態を調べてもらうことをおすすめします。
胃腸を最速で強くする
奥田昌子氏著『胃腸を最速で強くする 体内の管から考える日本人の健康』の最新情報をお知らせします。
『胃腸を最速で強くする 体内の管から考える日本人の健康』とは……
口、喉、食道、胃、小腸、大腸、肛門。私たちの体は巨大な一本の管=消化管でできている。食べたものを運び、消化し、吸収する消化管は生命活動に欠かせない高度な機能を担うが、繊細で不調をきたすことも多く、消化管の病気を抱える日本人は1010万人にのぼる。最も多いがんも消化管のがんだ。ところが軽い胃もたれや下痢は「そのうちよくなるだろう」と見過ごされ、その陰でがんをはじめ重大な病気が進行する。最新の研究をもとに、強い消化管をつくるために欠かせない食事や生活習慣、ストレス対処法を解説。「管」のすべてが腑に落ちる。