春は、センチメンタルな季節。
そんな季節に、京都に残る“悲恋の寺”を、辿ってみませんか?
数々の京都エッセイを書かれている柏井壽さんの新刊のタイトルは『せつない京都』。
京都といえば、雅で煌びやかなイメージが強いかもしれませんが、その反面、寂しさや侘しさを内包しているのが、京都という街です。
千二百年の歴史を持つ都には、悲話の残る小さな寺社が多いですし、街中で、ふと足を止めて見入ってしまう物悲しい光景にもたびたび出会います。
“京都上級者”も満足する『せつない京都』より、本文を一部公開です。
悲恋の「祇王寺」「滝口寺」――嵯峨野に伝わるせつない物語
「伏見稲荷大社」と並んで、外国人観光客に人気のスポットといえば、嵯峨野(さがの)の名前があがります。世界文化遺産に登録された「天龍寺(てんりゅうじ)」をはじめとして、嵯峨野嵐山界隈にはたくさんの古刹(こさつ)名刹(めいさつ)が点在しています。
多くの観光客のお目当てはそれらのお寺なのかと思えば、どうもそうではなくて、両側を竹林に囲まれた細道を歩くのが目的なのだそうです。つまりはフォトジェニック、今ふうの言葉で言えばインスタ映えする景色に人気が集まるようです。そういえば、観光スポットとして外国人の人気ナンバーワンの「伏見稲荷大社」も、ご利益がどうとか、由緒があるからとかではなく、延々と“朱”が続く、あの千本鳥居をお目当てにしての参拝人気らしいです。
嵯峨野の竹林の緑、お稲荷さんの朱。たしかに色目がいいですね。くすんだ色を好む傾向の強い日本人と違って、外国人にとっては、鮮やかな色が強く印象に残るのでしょう。
“インスタに載せる写真”の特徴としては、自撮りというのでしょうか、自分がそのなかに写り込むようにして撮るのがお決まりになっていますね。その際、ほかの人が写り込まないようにするため、順番に場所を譲っていくことになります。歩きながらも渋滞が起こるのも当然のことですね。
嵯峨野を歩く
嵐山の駅から近い「野宮神社(ののみやじんじゃ)」辺りの竹林は、多くの通行人が行き来し、写真を撮ったりしていますので、どうしてもざわついた空気になりますが、少し嵯峨野の奥に行きますと、落ち着いた雰囲気が漂ってきます。
竹林の小径(こみち)から嵯峨野線の線路を渡って、小倉池(おぐらいけ)辺りまで来ると、少しばかり人が減ってきます。
左に「常寂光寺(じょうじゃっこうじ)」、右に「落柿舎(らくししゃ)」、少し歩いて左に「二尊院(にそんいん)」。名所が続きますが、この辺りまで来て戻ってゆく、というコースをたどる人が多いように見受けられます。
「二尊院」の山門を左に見て、真っすぐ北に歩くと、突き当たりになります。右に進めば「清凉寺(せいりょうじ)」へと行くことができます。そちらの門前には「森嘉(もりか) 」というお豆腐屋さんがあり、京豆腐の原型とも言われる〈嵯峨豆腐〉の名店として知られています。観光客はもちろんですが、京都の人たちからも人気があり、買い出しに来た人が行列を作っているのも見慣れた光景です。
それはあとに回すとして、突き当たりを左に進んでみましょう。
すぐにゆるやかな右カーブの道になり、大きなお屋敷が建ち並んでいるのが目に入ります。
この道は京都府道五十号線と呼ばれているのだそうですが、住宅街のなかにあって、殺風景と言われれば否定はできません。見どころがあるわけでもなく、情緒ある街並みでもないので、少し退屈かもしれません。
ところどころに土産物屋さんや茶店があったりして、観光地の片りんを窺(うかが)わせますが、特に立ち寄ることをすすめたりはしません。ひたすら道なりに進みましょう。
また左に大きくカーブします。直進する細道もありますが、道路舗装の色が同じ道を歩きます。
やがて、今度は大きく右にカーブする府道ですが、目的地に行くには直進です。府道より細い道には、中央に石畳が敷かれ、その曲がり角には何本もの石柱が建っていて、道路標識には「祇王寺(ぎおうじ) 」と白く書かれた木の表示板が付けられています。
この先にあるのは「祇王寺」と「滝口寺」。どちらも古刹というようなお寺ではありませんが、『平家物語』ゆかりの悲恋の舞台として知られています。
もしも時間がなくて、どちらかひとつのお寺だけしか拝観できない、そんな場合は、迷うことなく「滝口寺」をおすすめします。でも、時間がたっぷりあるなら、まずは手前にある「祇王寺」から拝観しましょう。
(続く)
せつない京都
このたび、京都にまつわるベストセラーを続々出されている柏井壽さんの新刊が、幻冬舎新書より発売になりました!
タイトルは『せつない京都』。
京都といえば、雅で煌びやかなイメージが強いかもしれません。
しかしその反面、寂しさや侘しさを内包しているのが、京都という街です。
千二百年の歴史を持つ都には、悲話の残る小さな寺社が多いですし、街中で、ふと足を止めて見入ってしまう物悲しい光景にもたびたび出会います。
綺麗、楽しい、美味しいだけじゃない!
センチメンタルな古都を味わう、上級者のための京都たそがれ案内である『せつない京都』より、一部公開いたします。