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せつない京都

2019.04.10 公開 ポスト

平清盛に心変わりされた祇王が受けた、あまりに悲しい仕打ち柏井壽

センチメンタルな春は、いつも以上に京都は魅力的な顔を見せます。
嵯峨野に、悲恋の寺があります。
数々の京都エッセイを書かれている柏井壽さんの新刊『せつない京都』より、本文を紹介します。
今回紹介するのは「祇王寺」。なぜここが「祇王寺」と呼ばれるようになったのでしょうか――?

祇王寺(写真:iStock.com/yoko_ken_chan)

平清盛に心変わりされた祇王の悲しみ

〈祇王〉とは、『平家物語』に登場する女性の名で、白拍子(しらびょうし)の舞を得意としていたことで知られています。白拍子というのは、平安時代の末ごろから鎌倉時代にかけて流行した歌舞の一種です。たいていは、男性に扮した子どもや遊女が歌って踊るものだそうで、宝塚歌劇の元祖のようなものかもしれませんね。白拍子といえば、よく知られているのは 源義経(みなもとのよしつね)です。静御前(しずかごぜん)が法成橋(ほうじょうばし)で白拍子を舞うのを見てひとめ惚れしたというのは有名な話ですね。

そしてこの寺の名前にもなっている、祇王にひとめ惚れしたのは、平清盛(たいらのきよもり)です。

近江生まれの祇王は、母と妹を伴って京都へと出てきて、妹とふたりで白拍子になり、清盛の寵愛(ちょうあい)を受けることになります。

蜜月はしばらく続き、清盛は祇王の願いはなんでも叶えてしまうという溺愛ぶりだったようです。

少し余談になりますが、あるとき祇王が生まれ故郷の地の干害を嘆いたところ、それを聞いた清盛が、すぐさま水路を改善したとか。

野洲川(やすがわ)から祇王の故郷の村に引かれた水路は、祇王井(ぎおうい)と呼ばれるようになり、今もそれは祇王井川という名で残っています。

素敵な話ですね。ふつうだとこういうときに、高価な装飾品などを所望するのでしょうが、故郷のためになるものをリクエストした。それだけで祇王の人柄がしのばれます。

さてしかし、ときの権力者というものはすぐに心変わりするのが常です。清盛も例にたがわず、新たに出現した仏御前(ほとけごぜん)に心を移してしまいます。

そうなると祇王が目障(めざわ)りになってしまうんですね。ひどい話です。ついには母、妹と一緒に屋敷を追い出してしまいました。

と、ここで話が終わらないのが悲恋の奥深さです。

屋敷を出た祇王に、清盛から連絡が入ります。それはなんと、元気がない仏御前の前で白拍子を舞ってくれという、なんとも身勝手な願いごとでした。自分から追い出しておいて、その原因となった女性のために舞えという、理不尽な話に憤慨するものの、心根のやさしい祇王は、清盛の願いを聞き入れ、仏御前の前で舞ったのです。

情けなくみっともない自分の姿に、祇王は後悔のあまり自害をも決意しますが、母親に説得され出家することにしました。

それが当時の〈往生院(おうじょういん)〉という名前のお寺で、やがて「祇王寺」となるのですが、明治のはじめごろに廃寺となってしまいます。

祇王の運命さながらに紆余曲折(うよきょくせつ)を経たこのお寺は、当時の京都府知事や大覚寺(だいがくじ)門跡の僧の尽力もあって、明治の半ばに再建されて今に至っています。

竹林におおわれた参道、一面に苔(こけ)むす境内。鮮やかな緑の多い寺は、悲恋の舞台とは思えないほど美しい佇まいです。

(続く)

柏井壽『せつない京都』

雅で煌びやかな反面、寂しさや侘しさを内包している京都――。平清盛に心変わりされた祇王が出家した「祇王寺」、愛する男と生きるためすべてを捨てた遊女の眠る「常照寺」ほか、千二百年の歴史を持つ都には、悲話の残る小さな寺社が多い。また、朝陽に照らされた東寺五重塔、大覚寺大沢池の水面に映る景色、野宮神社の“黒い"鳥居など、街中で、ふと足を止めて見入ってしまう物悲しい光景にもたびたび出会う。綺麗、楽しい、美味しいだけじゃない、センチメンタルな古都を味わう、上級者のための京都たそがれ案内。

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せつない京都

このたび、京都にまつわるベストセラーを続々出されている柏井壽さんの新刊が、幻冬舎新書より発売になりました!
タイトルは『せつない京都』。
京都といえば、雅で煌びやかなイメージが強いかもしれません。
しかしその反面、寂しさや侘しさを内包しているのが、京都という街です。
千二百年の歴史を持つ都には、悲話の残る小さな寺社が多いですし、街中で、ふと足を止めて見入ってしまう物悲しい光景にもたびたび出会います。
綺麗、楽しい、美味しいだけじゃない!
センチメンタルな古都を味わう、上級者のための京都たそがれ案内である『せつない京都』より、一部公開いたします。

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柏井壽

一九五二年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都の魅力を伝えるエッセイや、日本各地の旅行記などを執筆。『おひとり京都の愉しみ』『極みの京都』『日本百名宿』(以上、光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『日本ゴラク湯八十八宿』(だいわ文庫)、『おひとり京都の春めぐり』(光文社知恵の森文庫)、『泣ける日本の絶景』(エイ出版社)ほか多数。
自分の足で稼ぐ取材力と、確かな目と舌に定評があり、「Discover Japan」「ノジュール」「dancyu」「歴史街道」など、雑誌からも引っ張りだこ。京都や旅をテーマにしたテレビ番組の監修も多数行う。
柏木圭一郎名義で、京都を舞台にしたミステリー小説も多数執筆する一方、柏井壽本名で執筆した小説『鴨川食堂』(小学館文庫)が好評で、テレビドラマ化も。
二〇一三年「日本 味の宿」プロジェクトを立ち上げ、発起人として話題を集める。
二〇一五年、京都をテーマに発足したガイドブックシリーズ「京都しあわせ倶楽部」の編集主幹としても。
プロフィール写真撮影:宮地工

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