本格ミステリ作家・倉知淳さんの新刊『作家の人たち』は、業界の内幕を暴露した(!?)問題作。なぜ、これを書くに至ったか、どこまでが真実なのか、話し合うべく座談会が開かれたが……。
――早速ですが、本日は倉知淳さんの新刊『作家の人たち』について、皆さんに忌憚のない感想を言っていただければと思います。最初にお断りなんですが、肝心の倉知さんが体調不良で欠席とのことで、急遽、本書にも登場する、作家の……えーっと……。
倉痴 「倉痴」です。倉知さんの「倉」に、『痴人の愛』の「痴」です。倉知さんとは長い付き合いなので、代わりにお答えしますよ。
――そうでした。倉痴さん、です。それから二人の現役編集者にも来ていただいています。まずは倉知さんと長いお付き合いで、ミステリーの担当書も多いMさん。
編集M 編集者歴はだいたい20年です。
――もう一人、なにかと話題の本を出す出版社にお勤めのAさん。
編集A 私は編集者歴25年で、ジャンルはこだわらずに、いろいろな本を編集してきました。
――『作家の人たち』にはタイトルどおり、作家の現状をめぐる7つの作品が収録されています。昨今の厳しい出版事情を反映しながら、作品ごとに違う趣向が凝らしてあります。Aさんはどんな感想を持ちましたか?
編集A 冒頭の「押し売り作家」を読んで、倉知さんはどうしてこんなに編集者の気持ちがわかるんだろう! と驚きました。何作も出している中堅作家の方が、長篇原稿を持っていろんな出版社の編集者を訪ねて、なんとか出版してほしい、と頼む。でもその人の人気はいま一つで、正直売れない。という訳で、「当社では出せません」というお断りを言うわけですが、その編集者たちの「お断り」のパターンがリアルにいろいろと描かれている。いかにもこんなこと言いそうだな、という感じで。もちろん倉知さんご自身は、出版社に企画を持ち込んで断られた経験はないと思うので、どうやって編集者の心理を書いたのかな、と。作家の想像力なんでしょうか。
倉痴 それは、そうでしょう。編集者の立場になったことはないわけですから。
――取材でもなく?
倉痴 倉知さんて人は取材をしないんですよね。前に自慢していましたが、デビュー作を書くときに目黒の寄生虫館に取材に行って以来、取材というものを1回もしたことがない、って。まあ、自慢になるかって話ですけどね。
編集A 取材なしで、あれだけリアルに書けるなんて、凄い。こんなふうに小説家の方は編集者の心理を読んでいるんだ――と、私は肝が冷えましたね。
倉痴 本人はそこまで深くは考えていないと思いますよ。
編集M あえて取材はしていなくても、実際に見たり聞いたりしたことが、今回の作品集のベースになっているんでしょうね。
編集A 実際に、作家仲間でいわば「愚痴り合い」があったわけでもなくて。
倉痴 いや、僕――じゃなくて、倉知さん自身が愚痴を言うことは全然ないですね。一応、彼はずっと、オファーをいただいてから書くというやりかたで、企画の押し売りに行ったことはないし、他の作家の話も聞いたことはないと思いますよ。
編集M 自分は持ち込みを受けた経験はあまりないんです。たまにプロの方から打診があったときには、どうにもならない場合はお断りしますけれど、設定やネタをうかがった上で「検討させていただきます」と言ってお預かりすることもなくはないです。ミステリーなら、年間ランキングにランクインするなどして脚光を浴びる可能性もあるので、出来が良ければ刊行を前向きに検討できます。でも、直す必要があって、大変そうなときは、それを理由にお断りすることになりますね。
編集A お断りすることに、ご理解いただけているんですね。
編集M 作中にも書かれているように、「いくらでも直す」と、おっしゃる方もいます。でも、修正が不可能だろうと判断する場合も割とあるので、内容的に難しいときはそうお伝えします。
編集A ミステリーに特化すると、物語の構造や様式、謎をめぐる部分こそが重要ですからね。
倉痴 小説のトリックが完全に使い物にならないとか、そういう問題ですか。
編集M そうですね。メインアイデアや、それに近いところに重大な瑕疵がある場合。あとは前例の問題で、新しいアイデアが盛り込まれていなかった、とか。割合ご納得いただけます。
――でも普通の小説の場合は、返事が難しいでしょうね。
編集A そうなんですよ。作品のどこが良くないのかを言っても、編集者の好みの問題と取られる部分もありますし。本当に編集者によって好き嫌いや良いと思うポイントも違うと思うので、「この作品、私にはちょっと難しいですが、ただこれをすごく理解する編集者もいるはずですので……」みたいな言い方をするかな。
編集M 「押し売り作家」では、最後のパーティーの場面が最高にリアルだと思いました。
倉痴 ありそうですよね。
編集A モデルになっている作家さんが、本当に良い方なんですよね。さわやかで背が高くて一切悪気なく――というところが、またリアルでした。
倉痴 ところどころに、「これは業界の人だけ笑ってくれればいい」という、ギャグを入れていますね。
舞台役者から作家へ
編集A 「押し売り作家」では、本格ミステリー小説界の構造が物語の中でわかりやすく説明されていて、そこも面白かったです。どこまで倉知さんが意図したんでしょうか。
倉痴 倉知淳さんがミステリー作家なので、そのせいでしょうね。ミステリー以外のものは書いたことがなくて、今回、初めてミステリーではない小説に挑戦したわけです。
編集M そういえば「文学賞選考会」に出てくる、作家たちの名前はどうやって決めたんでしょうね、倉知さんは。
倉痴 適当だと思いますよ。多分、具体的な誰かを想像しないように、気を遣って、珍名を並べたんでしょう。
編集A モデルの実在を想像させないパターンと、“結局尚彦”のように、「この人は、実在の作家を想像して欲しい」というキャラクターがいて、そのへんのバランスが倉知さんは上手ですね。
編集M ここで触れていいのか迷いますが、「文学賞選考会」ではものすごい珍名の選考委員ばかりが並んでいて、候補者もすべて珍名なんですが、選考の終盤で候補が2人に絞られたとき、「ああ、ここにもネタがあったんだ」と気づきます。珍名の群れのなかに、ひそかな遊びが隠されている。その固有名詞の書き分け、パロディぶりが見事だと思いました。
倉痴 倉知さん、芸が細かいですね。でも実はあまり考えていないのかもしれない。
編集M 本の前半には「本当にリアルだな」と思わせる作品が並び、後半に入ると、どんどんファンタスティックになっていく。でも締めの「遺作」で、リアルな思いの丈を詰め込んで終わるという構成ですね。前半で自分がいちばん笑えなかったのは、デビューして会社を辞めてしまった作家が主人公の「夢の印税生活」です。一般読者とは違う視点だと思うんですが、『作家の人たち』を読んで、半年くらい経ってから思い返したとき、真っ先に頭に浮かぶのは「夢の印税生活」だろうな、と感じました。ひたすら痛ましい。
倉痴 私も、本当に笑えなかったです。
編集A 倉知淳さん自身は、デビューのときから専業作家だったんでしょうか。
倉痴 いやいや、あの人はバイト生活をしていました。大学を出てから、1回もちゃんと就職したことがなくて、「職歴がない」って自慢してました。
編集A 取材はしない、職歴はない。
倉痴 ろくなもんじゃないですね。
編集A 作家を目指して、バイトをしているけれど、いつか俺は印税で食っていくぜ――みたいな?
倉痴 いや、彼はそういう人じゃないですよ。ずっとバイトして、デビューするまで小説なんて書いたことがなかった。聞くところによると、倉知さんて、実は売れない舞台役者だったみたいですよ。帝国劇場とか東京宝塚劇場とか、けっこう大きな舞台に出ていたんだって。
編集A ……! Mさん、それはご存じでしたか。
編集M 実は、先日、初めて知りまして。ちょっとのけぞりました。
倉痴 自分からはまず言わないんですけどね。だからいちばん最初に本を出すときに打ち合わせをしたのも、有楽町の芸術座という劇場に出ているときで。東京創元社さんの担当の方と初めてお目にかかって、そのまま楽屋入りした――というエピソードがあるんです。
編集A 舞台役者は食べていけるんですか。
倉痴 いや食べてはいけないです。もちろん、中には成り立っている人もいますけれど、若手は難しいみたい。生活のためにバイト漬けになってしまって。
編集A それで舞台役者をやめて、作家に。
倉痴 そうですね。デビュー後は作家の収入一本で。当時、僕もデビューしていましたが、出版業界も今ほど冷え込んでいなかった。25年くらい前ですが、書き下ろし小説を1冊出すと1年は食べていけたんですよ。
編集M とはいえ、けっこう節約生活をしたうえで、でしょうけど。
倉痴 もともと舞台役者をやっていたくらいだから、貧乏には慣れていたんでしょう。
編集A 当時は単行本で出た本が文庫化されるようになると、食べていけるという話がありました。
倉痴 そうそう。倉知さんも、最初の文庫が出たあたりでバイトをすっぱり辞めたんじゃないかな。
――「夢の印税生活」で、編集者はデビューが決まった作家に、会社は辞めないように忠告しますね。
編集A 私も作品に出てくる編集者ほどダイレクトではないですが、「仕事は続けたほうがいいと思いますよ」と言いますね。Mさんはどうですか?
編集M 真っ先に言います。だって、本当に不幸になって欲しくないという気持ちがありますから。
編集A もちろんデビューしたら「作家に専念したい」と思うのは当然です。一方で、有栖川有栖さんがずいぶん長いこと、ベストセラー作家になってからも書店員をやめずに続けていらして。それは素敵だなって思っていました。
倉痴 堅実ですね。
編集M 「夢の印税生活」は10年前だったら、まだ業界も笑って読めたような気がします。それが今となっては、かなりリアルになってしまった。
倉痴 洒落にならないですね。
原稿を読むのも楽ではない
編集A 「持ち込み歓迎」には、京極夏彦さんを思わせる新人が持ち込みからデビューし、ヒット作を連発したことで、作家志望者の面接をやることにした出版社が出てきます。Mさんの会社はわかりませんが、私の会社では「随時、原稿を受け付けていたら、京極夏彦さんみたいな人が来るかもしれない」と、何年かに一度、浅はかにもそんな話で盛り上がるんですが――。
倉痴 第二の京極夏彦を出そうよと。
編集A 京極さんが原稿を送ってデビューしたから、メフィスト賞も続いているわけであって、他の出版社が募集だけしても、同じようにはいかないですよね。
編集M メフィスト賞は凄い賞だと思います。あそこから辻村深月さんや古処誠二さんみたいな方を輩出しているわけですから。でも編集者は大変でしょうが。たぶんつねに原稿が送られてくる状態でしょう? おまけに京極さんが最初だと、「長いものを書かないといけないんだ」と考えた人たちもいたでしょうし。その傾向はさすがにもう収まっていると思うんですけど、大長篇がたくさん来ていた時期もあっただろうなあ、と。長大な受賞作、けっこうありましたもんね。
――物理的にも原稿があふれて大変だったでしょうね。
倉痴 原稿は場所を取りますから。
編集A そういう意味では、「持ち込み歓迎」の設定は、原稿の応募ではなく面接方式なので、むしろ、楽かもしれないですね。
編集M 読むのも案外大変なんですよね。書くのはもっと大変だとわかっていますが、「読むなんて遊んでるようなもの、というわけじゃないんだよ」とも思う。
――編集者はいろいろな可能性を探りながら読むわけですし。
編集A 倉知淳さんは、受賞なさってデビューしたんですよね。
倉痴 たまたま「五十円玉二十枚の謎」という公募企画があって。
編集M その応募作が、倉知さんの初めて書いた小説だったそうです。
編集A 舞台役者が初めて書いた小説で、デビュー!
倉痴 でも応募総数が36点くらいで、受賞が6人くらいいましたから。
編集M 受賞後に、当時の東京創元社の編集長から「本を出しませんか」という話をされたんですよね。書いてみたら、そのまま本が出たという、世にも幸運な人で。
倉痴 よくまあ没になんなかったもんですね。まったくの素人が。
編集A 今でも作家として書き続けてらっしゃるんだから、それは実力ですよ。
倉痴 でもほんと綱渡りですもんね。僕や倉知さんみたいな下っ端のほうは。
編集M いえいえ何をおっしゃいますか。……とにかく『作家の人たち』に書かれていることは、とくに前半はリアルなんですけれど、それでも倉知さんの想像の所産ではあるだろうな、と思います。実際の倉知さんは持ち込みをしたことがないでしょうし、それ以上に、自分のリアルな経験だったら、ここまで面白おかしく書けないだろうなと思うので。
編集A 辛すぎますよね。
編集M 執筆中、痛む歯をずっと舌や指でつつき回しているようなものじゃないですか。『作家の人たち』は、そういう辛さが滲み出たものではないですね。だから笑って読める。
編集A 「悪魔のささやき」も趣向が凝らされていて面白かった。「とにかく書評に取り上げられたい」という話を、リアルに作家さんから聞いたことがあるんですよ。
編集M 私もあります。
倉痴 そうでしょうね。そういう作家はいるでしょう。
編集A 直接的に「ほめられたい」という言い方ではないんですよ。ただ、いつも確実に面白い作品を書く方で、中堅になって賞の候補にも何度かなったりすると、「書評家が興味を持ってくれない」と。注目されるのは新人か大御所になるという話は聞いたことがあります。
倉痴そういう状況なんだ。出した本の反応は、倉知さんがすごく気にしてることなんですよ。ミステリーを書いているけれど、どちらかというとユーモアっぽい作品が多くて、「お笑いはなめられる」というのが、彼の持論で。書評映えしないし、賞の対象にならない。お笑い系は賞の候補にもしてもらえないって、とても気にしてますね。
編集M そうか、リアルなネタだったんですね。
――海外と違って、日本はなぜかユーモアへの評価が低いですから。
編集M 「らのべっ!」や「文学賞選考会」は、「ある1つのアイデアを基軸にしてちょっとひねる」ところからファンタスティックな話を作り上げていますね。ミステリー的な仕掛けだったり、皮肉だったり。
倉痴 そうですね。
編集M ライトノベル業界のことは恐縮ながらよく知らないのですが、「らのべっ!」は読み進めていくと、「なるほど、今回のポイントはここに用意されていたのか」と気づく構成になっています。ミステリー的な手法の短篇ですね。「文学賞選考会」のほうは違う手法を採っていて、ミステリー的ではないですが、後半で「今回の皮肉はここか」とやはりポイントが明らかになる瞬間がある。
編集A 私は「らのべっ!」に出てくるような編集者を、ジャンルは違うんですが知っていて。いつも「俺は仕事ができる! 仕事が楽しい!」って感じでキラキラしていて、実際にヒット作を連発しているんですけど……。「文学賞選考会」は、発想を飛ばして書いているグルーヴ感があって、近未来的な印象でした。待ち会の話じゃないのも意外で。
倉痴 倉知さんが待ち会をやったことがないから、客観的に見られるんでしょう。待ち会の経験があれば、作家の立場から書くんじゃないですか。きっと。
世の中からずれている感じ
――そして最後に置かれた「遺作」は、それまで笑って読んできた作品を、あらためて読み直したくなる、本全体の見方が変わるような作品です。
編集M 最後に思いの丈を詰め込んだという感じですね。それがきっぱりわかります(笑)。……と、それはさておき、主人公の売れない作家は、自分について「今の読者と感覚がずれているのではないか」と何度も疑っています。倉知さんはそうではないですが、ずれている方もたまにいらっしゃいますよね。
編集A ある程度、作品を発表してきた人で?
編集M そうですね。感覚がずれていることが致命的になるケースは、そこまでたくさんはないと思いますし、逆にそれが面白いというふうに転化することもありますが、程度問題になってしまうこともあります。中堅になる手前くらいのキャリアで、売れ行き的にも期待値的にもそろそろまずいんじゃないかという方には、ここらで一念発起してもらいたいと思うんですが……。
倉痴 痛いよ、痛いよ。
――「世の中からずれている感じ」とは、ストーリーの展開ですか。それとも言葉遣いとか?
編集M 読者のニーズが完全に変わってしまっていたりとか、あまりに狭いところを狙い過ぎているとか……。ケースバイケースです。あくまで「売れる」という観点から考えれば、ということではありますけど。
編集A 倉知さんとしては、この最後のお話は身につまされているのかな。
倉痴これはもう、いっそ思いの丈を綴ったんじゃないでしょうか。いまいちこのパッとしない現状を。
編集A でも、倉知淳さんはリアルにこうではないから、物語に落とし込めるわけですもんね。
倉痴 いやかなり、卑屈ですからねあの人。
編集M 私は倉知さんの担当をして長いんですけれど、「倉知さんはきちんと売れていて、恵まれているし、人気もあるから大丈夫ですよ」と、何度も申し上げるんですけれど、ご本人はあんまりぴんときていないようなんですよ。
倉痴 恵まれていて、運がいいという自覚はあるんでしょうけど、売れているとは思っていないでしょう、彼は。
編集M 単純な質問ですが、この連作を書いている間、「遺作」だけは最後に持ってこようって決めていたんですか。
倉痴 それはもちろん。これは最後に喉も枯れよとばかりの絶唱ですよ。
――面白い座談会をありがとうございました。倉痴さん、倉知さんによろしくお伝えください!
(構成・矢内裕子)
「小説幻冬」2019年4月号より