本格ミステリ作家・倉知淳さんが本格的に“ふざけた”(!?)最新刊『作家の人たち』への、書評をお届けします。
文壇という言葉は死語になりつつあるが、早い話が文学界のことである。いつ出来た言葉か浅学にして知らぬが、文明開化後の明治期なのだろう。当然ながら、文壇を扱った小説作品も散見されるようになるが、長らくマイナーな存在が続いた。文壇小説が一躍世を賑わせたのは、何といっても筒井康隆『大いなる助走』(一九七九年刊)ではあるまいか。
主人公は地方の同人誌に書いた処女作が話題になり、それがもとで会社をクビに。幸い、直木賞ならぬ直廾賞の候補となり、選考委員たちへの根回しに奔走するものの、あえなく落選。彼は自分を裏切った選考委員たちを殺して回ろうとする……。出版社も、選考委員も、モデルがはっきりとわかる書きかたなうえ、直木賞を主催する出版社の文芸誌に連載するなど発表時から話題騒然となった。だが著者がそれで制裁を受けるなんてこともなく、以後、ブラックな文壇風刺小説の道が切り開かれたのはめでたいことだ。
本書もまた『大いなる助走』の後継たる文壇風刺小説七篇から成る連作集である。
頭の「押し売り作家」は売れない中年ミステリー作家・倉ナントカ氏が大手出版社に押しかけ、泣き落としで刊行を迫る。売れっ子作家の推薦があるため、編集者たちはいちがいには断れず辟易するという、業界関係者は身につまされる話だ。ポイントは倉ナントカ氏が著者本人がモデルらしいこと。何とも自虐的だが、続く「夢の印税生活」がまた重い。主人公は苦節一〇年、念願の小説新人賞を受賞して作家デビューを果たす。受賞後の執筆も順調で、彼は編集者の忠告を無視して勤めていた会社を辞めてしまうのだが……。
三篇目からは業界人たちの裏話が続く。まず「持ち込み歓迎」は編集者の苦労話。中堅どころの地球出版は一般からの持ち込み原稿を直接面談方式で募集することになり、一〇年選手の主人公が担当になるのだが、現れた人々は誰も原稿を書いていなかった……。「悪魔のささやき」は連作内連作で、翌日に迫った〆切を延ばしてほしいというベテラン作家や書評家に誉められたいという中堅エンタメ作家、超売れっ子作家の原稿がほしいという小説誌編集者の前に“本の悪魔”が現れ、願いを聞き入れてくれる。ライトノベル界でヒットを連発している編集者の仕事ぶりを描いた続く「らのべっ!」、直木賞ならぬ植木賞の選考会の楽屋裏を赤裸々に描いた「文学賞選考会」と黒い笑いに満ちた作品が続く。
最後の「遺作」には再び売れないあの作家が登場、人生に絶望してビルの屋上から飛び降りるが、体が地面に着く寸前、何故か時間が止まり、彼の追憶と内省が始まる。「押し売り作家」や「夢の印税生活」のちょっと自虐的な作風が今度はファンタジー調で活写されるが、そこで吐露される本格ミステリー愛が何とも切ない。
著者はこれまで作中の倉ナントカ氏と同様、ばりばりの本格ミステリー作品だけでなく、軽いタッチの作品も書いてきているが、さらにお茶目だったり黒かったりする一面があった。本書はそんな知られざる著者の別の顔をかいま見せてくれる貴重な一冊なのである。
香山二三郎(かやま ふみろう) 栃木県生まれ。コラムニスト。早稲田大学法学部卒業。在学中は「ワセダミステリクラブ」に参加。『このミステリーがすごい!』大賞選考委員を務めている。
「小説幻冬」2019年4月号より