「数学? 無理~!」
「それを専門にしている数学者? 理解できない!」
という人は結構多いのではないでしょうか。
確かに、彼らの頭脳は、凡人には計り知れません。
でも、だからこそ、憧れがありませんか?
小説家・二宮敦人氏が、編集者とともに、数学者のもとへ訪れ“知の迷宮”を巡るノンフィクション『世にも美しき数学者たちの日常』より、プロローグを公開いたします!
プロローグ
「私、数学科出身の方とお見合いしたことあるんですよ」
始まりは飲み会の席でぽろりと出た一言だった。
「どうだったんですか?」
僕は担当編集者の袖山さんに聞く。
「いやー……良い方、はい、良い方には間違いないんですが、話が……なんというか……盛り上がらなかったんです」
ベテラン編集者の彼女をもってしても盛り上がらないとは。
「どんな話題を振っても、話が止まっちゃうんですよ。途中からは、『そう』とか『ふうん』くらいのやり取りしか記憶に残ってなくて……盛り上がるポイントが最後まで掴めませんでしたね」
たはあ、と袖山さんは額(ひたい)に手を当てて溜息をついた。
さぞかし気まずかったことだろう。おそらくは、お互いに。それにしても相手の頭の中には、どんなものが詰まっていたのだろうか。
数学者って、どんな人たちだろう。学者と言っても、昆虫学者や民俗学者とはまた違う。彼らが探検しているのは、数字だけの世界。僕にとってはイメージすることすら難しい、抽象的な世界だ。
「数学って、美しいですよね」
月刊『小説幻冬』編集長の有馬さんは、焼酎を舐めながらふと、夢見るような瞳で言う。
「でも、どんな風に美しいのか、詳しいところがよくわからないんですよね。数式だけ見ても、ちんぷんかんぷんだし」
僕も頷く。
「数学者だけに見えている世界があるんじゃないでしょうか。ひょっとしたら、お見合いでもそれを聞き出せたら、楽しかったのかも」
僕は頭の中で数学者を思い描いてみた。最低限の家具だけが置かれた真っ白な部屋。安楽椅子を揺らしながら一人静かに思索にふける神経質そうな男。集中している。雑音は彼の耳には入らない。ふと何か空中に指で図形を描いたかと思うと、「わかった!」と叫んで立ち上がる。そして猛然と数式を紙に書きつけていく。そこには普通の人には理解さえできない、精緻で崇高ななにがしかの概念が完成している……。
もちろん勝手な想像に過ぎないわけだが、なんか、いいなあ。
今さら数学者になることはできない。だけど少しだけでいい、そのロマンに僕も触れることはできないだろうか。
そんな時袖山さんが言った。
「ちょっと、会いに行ってみましょうか」
かくして数学者のことを知る旅、袖山さんにとってはお見合いリベンジかもしれないが、そういったものが幕を開けたのである。
(本編へ続く)
* * *
16万部のベストセラー『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』の著者が、次に注目した“天才”は、「数学者」。
数学は、他の学問では得られないような、はてしなく美しい世界を見せてくれるようです。私たちが「難しい!」「苦手!」と毛嫌いしていた数学は、実は、本当の数学ではなかったのです!
”本当の数学”を追求している先生方が話す言葉は、私たちの知っていた「数学の言葉」とはまったく違うものでした。
何より、数学者の皆さんは、とてもロマンチックな言葉で学問を語ります。
今まで苦手意識で足を踏み入れなかった恍惚の世界を、覗いてみませんか?
“知の迷宮”を巡るノンフィクション『世にも美しき数学者たちの日常』は、4月11日発売です!
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世にも美しき数学者たちの日常
「リーマン予想」「P≠NP予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を”作る”ことに夢中になる人たちがいる。数学者だ。
「紙とペンさえあれば、何時間でも数式を書いて過ごせる」
「楽しみは、“写経”のかわりに『写数式』」
「数学を知ることは人生を知ること」
「数学は芸術に近いかもしれない」
「数学には情緒がある」
など、類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。
黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで。7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界を、愛に溢れた目線で、描き尽くす!
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