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世にも美しき数学者たちの日常

2019.04.16 公開 ポスト

数学者はストレスのたまらない職業ナンバーワン!?二宮敦人(小説家・ノンフィクション作家)

手の届かない頭脳を持った、美しき天才たちの日常を知りたい――! 

その思いで、小説家・二宮敦人氏が、担当編集者とともに数学者のもとへ訪れ、謎多き彼らのヴェールを一枚ずつ剥がしていくノンフィクション『世にも美しき数学者たちの日常』

そこに登場するのが、面白いことばかり言う数学者・千葉逸人(ちば・はやと)先生。

何の躊躇もなく「幸せです」とおっしゃる美しい瞳の向こうには、何があるのか? 

千葉先生と二宮さんの対談が、本日(4月16日)夜に代官山蔦屋書店で開催。

聞き足りないことを、聞けるチャンス! 

*   *   *

(写真:iStock.com/ra2studio)

パンのいろんな使いみち

「数学の研究というのも、そういう『本当に理解する』ことの積み重ねになるんでしょうか?」

「研究になると新しいものを生み出さなきゃいけないので、勉強とはちょっと違ってきます。過去の研究や昔の人が作った定理を元に、まだ誰も考えていない、新しいことをやろうとするわけです。でも、やろうとすればすぐできるような、単純なものじゃない。というか、すぐにできるんだったら昔の人がすでにやっているわけで。だからただ理解するだけでなく、頭の中で理解したことを自分流に解釈して、自分の見方で捉え直す、再構築するということがないといけない。そこから、他人が思いつかない応用が出てくる」

“再構築”までは先ほどの本を書く作業に似ているが、今度はだいぶレベルが上がった。何しろそこから新しいものを生み出すというのである。

「同じ定理を見たとしても、人によっていろんな物の見方があるので、そこからそれぞれ違う方向に考えを発展させていくわけです」

「そんなにいろいろ、考え方があるものなんですか」

「あります。ある公式を見て、たとえば整数論を研究している人だったら、これは整数の間の関係式だと捉えるかもしれないし、僕だったら微分方程式のこんな問題に使えるんじゃないか、とか。それぞれ自分の得意分野、専門分野があって、やっぱりそっちに話を持っていきたいんですよね」

「じゃあ、同じパンを見ても、料理人だったらレシピに入れようと思うけれど、絵描きだったら消しゴムとして使おう、動物園の職員だったら鳥の餌(えさ)に使おうとか、そんな感じですか。そうしていろいろな視点にさらされる中で新しいパンができて、パンの世界が発展していく」

千葉先生は「だいたいそんな感じ」と頷いてくれた。

「もしかして“いろんな人”や“いろんな自分流”がないと数学は発展していけないんでしょうか」

「そうなんですよ」

千葉先生はあごひげをいじりながら言った。

なるほど。僕は、千葉先生が研究室にビールを箱買いし、ツイッターで時折うんこのことを呟いている理由がわかった気がした。

こういう人も必要なのだ。

型にはまったやり方を押しつけても、数学はやっていけない。自分らしく自由であることを、数学は人類に望んでいるのである。

数学者同士はとっても仲良し! 

「僕、目上の教授とかにも全然タメ語で話すんですよ。よく奥さんに怒られるんですけれど」

実際、千葉先生は僕と話しながら、かなり意識的に敬語を使っているように思えた。今はまだコーヒーだが、酒が入ればすぐにタメ語になりそうだ。

「『あんな失礼な言い方して』とか言われてしまうんですけど。でも相手も数学者だから、似たような一面はあるので、全然平気なんです。大学にもよると思いますけど、僕の周りの数学者は、みんなめっちゃ仲がいい、フレンドリーで」

「それは、どうしてなんですか」

「やっぱり数学者同士、お互いにお互いの数学を尊敬しているからです。年齢、職階に関係なく。『こっちの先生の方が数学上偉い』とかはほぼないし。一人一人違うテーマ、違う問題をやっていて、解釈も違う。もちろん年配の教授の方が過去の蓄積がたくさんあるけど、単発で見れば若いこの先生の仕事がものすげえとか。まあ僕の業績、『蔵本予想』を解いたことなんかもそう。自分で言うのもなんだけど」

「蔵本予想」とは、物理学者の蔵本由紀先生が提唱したもので、三十年以上誰も解けずにいた難問だという。

「ある意味では対等なんですね」

ふと、ファゴット奏者にインタビューした時のことを思い出した。その時も相手は、他のファゴット奏者に嫉妬することはないと言っていた。なぜなら同じファゴットという楽器を使っていても、全然別の音楽をやっているから。自分だけの音楽を持っているから。

「うん。嫉妬とか、ライバル心とか、上下関係とか、そういうの全くないっす。大学院生でも、ドクターくらいなら自分のオリジナルの問題を持っていて。その分野、ピンポイントに関しては、指導教官よりもその学生の方が知っているわけです。それくらいでないと博士号は取れない。だから僕らは、彼らのことを研究者だと見なしているし、そういう付き合いをする」

「すごく特殊な業界じゃないですか?」

「芸術に近いかもしれない。オリジナリティというか、『個性が全て』になっちゃうんですよ。だからあるところから先は教えられなくなる。僕が教えられることを学生がやっても、それは新しい業績にはならないし、新しい研究にはならないから。だから教えられないんです」

己の道を行くしかないというわけだ。

「実験系の学科では多人数で実験をしなくちゃいけないし、教授が研究費を取ってこなきゃいけないとかってことがあるので、どうしてもピラミッド構造になる。ライバルがいるかもしれないし、一番最初に誰が見つけるかの競争になることもある。特許とかお金に関することは、一日でも早い方に持っていかれちゃいますからね」

「どっちが先に見つけたか、どっちが先に発明したかっていうのは、よく議論になってますよね」

「数学は全くそういうことがないんです。たまたまAさんとBさんが同じ定理を同じ時期に見つけても、喧嘩(けんか)にならない。一年くらい時期に差があっても『AさんBさんの定理』のように名前がついたり」

「それはやはり、それぞれの研究者の数学が、それぞれの解釈を持っているからですか」

「そうなんです。その定理にたどり着いたお互いの数学に価値があるんです。山にたとえれば、山頂に到着したという結果は同じでも、登山ルートが全く違う。さらに、ロープを使った人もいればスキーを使った人もいる。そしてどちらの方法も素晴らしいと、お互いに認め合っている」

僕は思った。そんな領域で数学ができたら、いや数学でなくてもいい、何かができたら……。

「千葉先生、すごく幸せじゃないですか?」

「幸せです」

満面の笑みでの即答だった。

「もう、毎日が楽しくて、楽しくて。アメリカのある雑誌のアンケートによると、数学者はストレスのたまらない職業ナンバーワンだそうですよ」

眉間に皺(しわ)を寄せて考え続け、周囲に理解されずに非業(ひごう)の死を迎える。フィクションにはそういう数学者も出てくるが、そんな人ばかりでもないようだ。

(続きは本書で!)

*   *   *


千葉先生と二宮さんの対談の詳細は代官山 T-SITEのお知らせをご覧ください。

関連書籍

二宮敦人『世にも美しき数学者たちの日常』

百年以上解かれていない難問に人生を捧げる。「写経」のかわりに「写数式」。エレガントな解答が好き。――それはあまりに甘美な世界! 類まれなる頭脳を持った“知の探究者”たちは、数学に対して、芸術家のごとく「美」を求め、時に哲学的、時にヘンテコな名言を繰り出す。深遠かつ未知なる領域に踏み入った、知的ロマン溢れるノンフィクション。

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世にも美しき数学者たちの日常

「リーマン予想」「P≠NP予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を”作る”ことに夢中になる人たちがいる。数学者だ。
「紙とペンさえあれば、何時間でも数式を書いて過ごせる」
「楽しみは、“写経”のかわりに『写数式』」
「数学を知ることは人生を知ること」
「数学は芸術に近いかもしれない」
「数学には情緒がある」
など、類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。
黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで。7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界を、愛に溢れた目線で、描き尽くす!

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二宮敦人 小説家・ノンフィクション作家

1985年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。『正三角形は存在しない 霊能数学者・鳴神佐久のノート』『一番線に謎が到着します』(幻冬舎文庫)、『文藝モンスター』(河出文庫)、『裏世界旅行』(小学館)など著書多数。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』ほか「最後の医者」シリーズが大ヒット。初めてのノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』がベストセラーになってから、『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』など、ノンフィクションでも話題作を続出。

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