本格ミステリ作家・倉知淳さんが本格的に“ふざけた”(!?)最新刊『作家の人たち』から「持ち込み歓迎」の試し読みです。
大々的に持ち込み原稿募集のキャンペーンを張った地球出版。直接面談方式をとったのだが、24歳のフリーターから70過ぎの老人まで、誰も原稿を持たず、頭の中の“物語”を語り始め……。
* * *
「一般からの持ち込み原稿を大々的に募集しようと思う。持ち込み歓迎だ」
編集長が唐突に云い出した時、浜田山次郎はありゃまた始まったと思った。編集長の気まぐれはいつものことである。
浜田山の勤める地球出版は中堅どころの出版社。浜田山はそこで書籍編集の仕事に携わっている。そして今は編集部員総出で会議のまっ最中だ。本日の議題は“いかにして売れる本を作るか”である。もっとも今日だけではなく、編集部の会議は毎度毎度、大概この問題について話し合っているのであるが。
昨今の出版不況は、地球出版のような中規模出版社にとって会社存続に関わる大きな苦難である。どうにかして会社にたんまり利益をもたらす本を出したい。かといって、そうほいほいと売れる本が作れるのならば苦労はしない。そんな難問の前に、十数人の編集部所属の社員が雁首揃えてうなだれる中、編集長の件の発言である。
「フレッシュな新人を求めよう。若い力は活力になる。それで売れる本を作るんだ」
「お言葉ですが、そのために新人賞があるのでは?」
同僚の一人が、おずおずと云った。すると編集長は大きくうなずき、
「それも大切だ。新人賞はフレッシュな才能を発掘するのに大いに有効だろう。だがな、そうした既成の枠に囚われない破天荒な新人にもデビューのチャンスがあってもいいとは思わんか。新人賞という既定路線に収まりきれない大型新人はまだまだ世に埋もれているかもしれんじゃないか。そういう人を拾い上げるんだ。ひょっとしたら大化けして爆売れしてくれるかもしれんぞ。かの結局尚彦先生が謹談社ノベルスでデビューした際のエピソードは皆も知っているだろう。当時新人賞に投稿したことすらないまったくのアマチュアだった結局尚彦先生は、謹談社ノベルスの奥付を見て編集部に持ち込みをかけたんだ。そして即、デビューが決定。それが大ヒットして大いに話題になって、コキュートス賞の創設にも繋がった」
編集長は興奮気味に語る。確かにそれは業界では有名な話だ。浜田山も無論、知っている。結局尚彦はノベルス製本の限界に挑んだ弁当箱とも称される厚い本を次々と上梓し、たちまち売れっ子作家にのし上がった。結局堂シリーズと読者達に呼ばれる人気作だ。大手の謹談社はその機を逃さず、コキュートス賞を作った。型に囚われない新人を募る大胆な賞で、応募作はすべて編集者が読み込み、受賞作も編集者達の独断で決定する。ほぼ持ち込みシステムといっても構わないユニークな賞である。
「うちも謹談社さんにあやかって持ち込みを推奨しようと思う。第二の結局尚彦を我が社から誕生させる。ドル箱を自前で作るんだ。その担当を、浜田山、きみがやってくれ」
「え、私がですか」
突然の指名に浜田山は面喰らった。
「きみも編集者としてもう十年もキャリアを積んでるんだろう、いつまでも若手じゃないんだからな、新人作家の手綱くらい捌けなくてどうする。型破りな新人をうまく育ててみせてくれ。首尾よくいって、結局尚彦クラスの大物が現れたら大手柄だ。社長賞も出る。ボーナスだって大幅アップ間違いなしだぞ」
編集長の押しの強い言葉に、浜田山は、なるほど手柄はいいなあ、と思った。結局尚彦クラスは大げさにしても、新しく人気作家を育成するのはやり甲斐がありそうだ。興味深い仕事だろうし、意義もある。
よし、やってみようか。
浜田山はその気になった。
そして早速、準備に取りかかる。
文芸雑誌『月刊地球小説』を中心に、大々的に原稿募集のキャンペーンを張った。
やり方は、直接面談方式を採ることにする。作家志望者と会ってみて、その上で原稿を読む。作品が判り、人となりも理解できる。有望かどうか、両面から判断するのだ。
この方式を大きく打ち出して宣伝した。編集者に直接原稿を読んでもらうチャンスだ、と力を入れて煽った。
web上でも呼びかけた。
“持ち込み原稿大歓迎! 型に囚われない新人作家を大募集!”
地球出版のサイトのトップに、そんな文字が躍った。もちろんその他のネット媒体も大いに活用する。
通常業務の合間にこうした準備をするのは忙しかったが、楽しくもあった。どんな人が来てどんな原稿を読ませてくれるのか、期待が高まる。
かくして三ヶ月後。
面談当日がやってきた。
社の応接室を急拵えで面接会場にした。
集まった応募者はまとめて大会議室に待機してもらう。さすがに浜田山だけでは手が回らないので、会議室の方は後輩に手伝ってもらうことにした。浜田山自身は、応接室で応募者一人一人と会うのだ。
こうして一人ずつ面接する段取りが整った。
「それじゃ、最初の人を通してくれ」
浜田山は内線電話で、会議室に待機する後輩編集者に伝えた。
そして、ドアを開けて入ってきたのは若い男だった。
口元に薄ら笑いを浮かべて、軽薄そうな印象である。お堅い文学青年タイプではなさそうだな。浜田山はそう感じた。しかし、先入観で見るのはやめておこう、とも思う。作家には様々なタイプがいるものだ。いかにも作家志望者でございますというふうな青瓢箪よりいいのかもしれない。何しろ今回は型に囚われないフレッシュな才能を求めているのだ。そう気を取り直して、浜田山は面接に挑んだ。
まず、氏名と年齢、職業を尋ねる。
二十四歳のフリーター、だと若い男は答えた。
なるほど、正式に勤めないで執筆時間を確保しているわけか、と浜田山は解釈した。
「では、早速お原稿を拝見します」
と、浜田山は云う。
「え、ないっすけど」
若い男は答える。
「いや、今日は原稿の持ち込みをしてもらう日なんで、ないというのは困るんですが。あの、ひょっとして、書いてないんですか」
「イヤだなあ、俺が手ぶらで来るわけないじゃないっすか。ちゃんとありますって、ここに」
と、若い男はにやにやすると、自分のこめかみを指先でとんとんと叩いてみせた。
「構想は全部、組み立ててますんで心配しないでください」
(続きは単行本で)