「数学と文学は似ている」二宮敦人さんはそう言った。
では、小説家と数学者が語り合うとどんな共通項が見えてくるのか。
『世にも美しき数学者たちの日常』を執筆するために二宮さんが取材した二人の数学者――黒川信重先生と、加藤文元先生――を改めて訪ねた。
知的好奇心と数学者への愛が、もう止まらない!!
* * *
『世にも美しき数学者たちの日常』刊行記念鼎談(後半)
現代の天才数学者たち
黒川『世にも美しき数学者たちの日常』の続篇は考えてないんですか。
二宮 サハロン・シェラハ先生に話を聞いてみたいですね。可能なら、ですけど。
黒川 イスラエルの数学者ですね。分類理論の。巨大基数の問題とかで有名ですね。
二宮 取材させていただいた渕野昌先生が、今生きている人類の中で一番頭がいい人とおっしゃっていて興味を持ったんです。
加藤 頭がいいといえば、オフェル・ガバーもいますよ。この人もイスラエルの数学者ですけど。
黒川 そういう人にインタビューできたらきっと面白いですよ。
加藤 本当に頭がいいですから。
黒川 地球外から来た人じゃないかと思わせるんですよね。一応、地球の言葉を話すけど。
二宮 どういうところがすごいんですか。同じ数学者から見て。
加藤 いや、もう本当にすごいんですよ。僕、実はガバーと共著の論文があるんです。名古屋大学の藤原一宏先生と三人で書かせてもらったんだけど、議論していて、彼が何を言っているのかわからなくなるときがあるので録音してました。あとから「あのときガバーは何を言ってたのかな」と確認できるように。そうしないと議論の展開が速くてついていけなかったですね。
二宮 そんなことがあるんですね。
黒川 聖書と同じですよね。「ガバー先生はこう言った」。
二宮 言葉を読み解いていく感じですね。
加藤 そうそう。読み込まないとわからない。
黒川 数学が言語だとすると、数学のネイティブという感じですね。
二宮 自由自在に数学を操れる。
加藤 ガバーとの三人共著のもう一人、藤原先生もすごく頭のいい人なんですよ。僕の一億倍頭がいいって僕は勝手に定量化していて──頭がいいって、あそこまでいくと定量化できると僕は思ってるんです──ところがガバーに会ったら、ガバーは僕の三十億倍頭がよかった(笑)。
二宮 すごい(笑)。
加藤 そうしたら、藤原先生があるときふっと、「ガバーは私の三十倍頭いい」っておっしゃった。計算が合ってる(笑)。
二宮 見積もり通り。面白いですね。
黒川 僕は頭のよさを定量的に測るのは難しいと思うんだけど、計算の速さは定量化できると思いますね。ドイツの数学者でドン・ザギエっていう人がいるんですが、普通の人の一〇〇倍は計算が速いんですよ。ところが、ザギエのところで学位を取った天才で、ロシアのマキシム・コンツェビッチっていう数学者がいて、ザギエの一〇〇倍ぐらい速いんです。コンツェビッチは計算しないんですよ。数字を見ただけですぐに結果が出るんです。AIみたいなもので、本人にどうやって答えを出しているのかを聞いてもわからない。
加藤 とにかくすごい人はいますよ、本当に。
二宮 そういう人たちは取材を申し込んだら受けてくれるものなんですか。
黒川 数学者より作家からの依頼のほうが興味を持つでしょうね。「私は文元の友達だ」と言ってもらえば話が通りやすいでしょうし。
加藤「黒川先生の友達だ」って言ったほうがいいと思うんですけど。
二宮 そのときは「黒川先生と文元先生の友達だ」にします(笑)。
数学者と作家の共通点
―二宮さんが数学者のみなさんに取材して、数学と小説は似ていると感じたそうなんです。対話されてみて、数学者と作家に共通点を感じられましたか。
黒川 似ていると思いますよ。数学者って基本的には、つねにいろんな問題を考えてるんですよね。「考えてる」というよりも、「抱えてる」のほうが近いかな。僕なんかだと、数学の問題も抱えてるし、家庭的な問題も抱えてる。二宮さんには『世にも美しき数学者たちの日常』でうちの奥さんと娘にも取材してもらったからおわかりだと思うけど。
二宮 問題ありましたっけ、とても仲よさそうでしたよ。
黒川 つねに問題はありますよ。だから、そういう困難に立ち向かっているという点では数学者も小説家も同じだと思うんですよ。つまりこういうテーマで物語をつくりたいと思っても、実際にはハードルが高いことが多いわけでしょう。思い描いた通りにはなかなかならない。それは数学者と似ていますね。しかもほかの人にわからない困難がある。「孤独」です。数学は研究を進めていくと、専門が近くてもわかってもらえない領域に入ってしまう場合が多いんですよね。やっている人がほかにいない。人と苦労を分かち合うということがなかなかできない。
二宮 たしかに作家も孤独ですね。編集者と打ち合わせをしたり、取材をしたりもしますけど、執筆作業となると誰にも頼れないですから。
黒川 そうでしょうね。だからそこは共感できるというか、似ているとこがあるんじゃないですか。
加藤 私の場合、個人的な感じ方かもしれませんが、二宮先生と話をしてると共感ポイントがすごく似ているんですよ。たとえば、きれいなものを見たときに「きれいだけど実は裏にこういうことがあるかも」みたいな、裏を見たり、ひねって考えたりして、ニヤリとする。そういう感性に共通するものを感じます。知り合いに小説を書いてる方がいるんですが、その方からもやはり似たようなことを感じるんですよね。数学の問題に取り組むことと、小説を書くことには、思考の動きとして似ている部分があるような気がします。
二宮 そうなんですよね。僕も取材してみて、思っていた以上に作家と数学者は似ていると思ったんです。
加藤 ただ、それを言葉で表現するのが難しい。両者の共通点をパッと言語化できるとカッコいいんでしょうけど。でも、言語化できないからこそ面白いのかもしれませんけどね。
二宮 たとえば、文章にも緩急があるように、数式も無機質なものに思えて、実は緩急を操って生み出されてるのかなと取材の中で感じました。それってたぶん、起きて寝るみたいな人間的なリズムがベースになっていると思うんです。人間は生きてるから、数学の問題に取り組んだり、物語をつくったりする。どちらも生きることと深く結びついているような気がします。
構成 タカザワケンジ/撮影 高橋浩
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世にも美しき数学者たちの日常
「リーマン予想」「P≠NP予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を”作る”ことに夢中になる人たちがいる。数学者だ。
「紙とペンさえあれば、何時間でも数式を書いて過ごせる」
「楽しみは、“写経”のかわりに『写数式』」
「数学を知ることは人生を知ること」
「数学は芸術に近いかもしれない」
「数学には情緒がある」
など、類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。
黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで。7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界を、愛に溢れた目線で、描き尽くす!
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