令和になって間もない、5月7日(火)夜。下北沢にある、ビールが飲める本屋 B&Bにて、『世にも美しき数学者たちの日常』の出版記念イベントが開催されました。
テーマは「あなたの嫌いな数学の、あなたの知らない甘美な世界」。
著者である小説家の二宮敦人(にのみや・あつと)さんと、本書に登場している数学者の加藤文元(かとう・ふみはる)先生をお招きしたトークイベントは、かなり個性的で、他では聞けない内容に!
本に囲まれた空間で、ビールも飲みながら、知的好奇心を刺激される時間。
いったいどんな”甘美な世界”が待っているのか…!?
話は、二宮さんが加藤先生に取材を申し込んだときのことから始まりました。
* * *
二宮さんと加藤先生のはじめての出会い
二宮 数学のことをぜんぜんわかっていない小説家からの取材申し込みって、どんな印象だったのでしょうか?
加藤 私は、結構仕事をぽんぽん引き受けちゃうんですよ。だから、後になってから「引き受けなければよかったな」と思うことも、たまにあります(笑)。でも、この仕事の話をいただいたときは、「早く取材の日が来ないかな」と思ってました。実際、お会いしたら、楽しくやらせてもらったので、受けてよかったです!
二宮 いい反応でよかったです。安心しました!
加藤 取材の時、情け容赦なく、数式も使って話したので、だいぶ頭を混乱させてしまったんじゃないかな?って思ってたんですけど、原稿を拝読したら、うまくまとめてくださってて、かなりわかりやすくなってましたね。
二宮 数学が苦手な読者の方にも、どうすればこの世界の面白さを届けることができるのかを考えて、試行錯誤しました。なので、そう言ってもらえると嬉しいです。
僕らが学校で学んだ数学と加藤先生のやっている数学は、全然違う世界のものだった、ということが、取材を通して最初に感じたことでした。すごく面白い世界が広がっていたので、どうしても伝えたくて。
「勉強しないで!」と言われた学生時代
二宮 加藤先生は、学生時代から数学が好きだったんですか?
加藤 数学が得意だったから、負けない自信はありましたが、特に好きという訳ではなかったです。中学時代は陸上部で、普通の学生でした。高校時代は、半年間だけ弓道部に入ってましたが、自宅からちょっと遠い学校に通っていたので、部活をやっていると帰宅時間が遅くなってしまう。
今でもわからないんですけど、なぜかその時期に勉強に目覚めちゃったんです。夕飯の後に、夜中3時ぐらいまで毎日勉強していたのを覚えています。親に止められちゃって、「頼むから勉強しないで!」って言われるくらい(笑)。
二宮 普通は「勉強しろ!」と言われるのに(笑)。そのときしてたのは、数学ですか?
加藤 それが数学だけじゃないんです。ご期待に添えず、すみません(笑)。二宮さんはどういう学生時代でしたか?
二宮 僕は、中高一貫の学校に入学したんですが、中学受験で燃え尽きて、全く勉強しなくなってしまいました。部活は、美術部に入ってましたね。部員は気のいい友達だけで、体制をなんとか保ってました。最初は、漫画とか描いてましたけど、水彩画が一番面白かったですね。テーマを決めず、妄想しながら好きに描いていました。あとは、絵の具は4色しか使わないという制限を自分で作っていましたね。
加藤 それは、四色問題ですね!
二宮 四色問題は、「四色あれば、どんな地図でも隣り合う国々が違う色になるように塗り分けることができる」と言う定理なんですけど。やっぱり数学の話になっちゃうんですね。
加藤 そこは見逃せないですよね(笑)。
論理的 = 気持ちいい
二宮 ブンゲン先生(加藤文元先生はそう呼ばれています!)は、音楽の道に行こうと考えた時期もあったと伺ったのですが?
加藤 中学の時、ピアノに自信があったんですよ。大学時代は合唱サークルに入っていて、その時に指揮をやるチャンスがあったんですが、それも楽しくて、音大に行こうと考えたこともありました。
といって、数学と音楽に関係性があるのか。というのは、いまだに答えが見つかってないんだけど。
二宮 取材していたら、音楽をやっている数学者の方々が結構いたんですよね。本書でも9章に出てくださった渕野昌さんとか。
加藤 たぶん、両方とも論理的であるということは、ひとつ言えると思います。
そう言うと「音楽は論理的なんですか?」って聞かれるんですけどね。それに対しての、ひとつの答えとして私は、「『論理的』は気持ちいい。」と言います。
例えば、三段論法がありますよね。 「AならばB」と「BならばC」から「AならばC」。これは気持ちいいから、正しい。これが、例えば「AならばB」と「BならばC」
音楽も、このフレーズの後に、このフレーズがあって、あのフレーズがある。つまり、論理的。そういうわけで、「気持ちよさは、論理」と言えるのではないかと思います。そう考えたら、両者は共通しているところがありますよね。
むしろ、論理的じゃないと、気持ちよさを理解することができないんじゃないかなって思うくらいです。
二宮「気持ちいい」といえば、思い出すことがあります。
「小説っていうのは娯楽で、世の中になくてもいいものだ」と思っていた時期があったんですが、そんな時に、ある本と出会ったんです。
その中に、精神疾患の患者さんで、順序立てて考えることができない人が登場します。目玉焼きも作れないし、介護がないと生活できない。でも、その人は物語が好きで、絵本の流れや構成は理解できたんです。それで絵本にハマっていって、なんと最終的に女優になったんです。
台本を理解して、プロとしてお金を稼げるようになった。そのとき「物語って、こうう人のためにもあるんだ」と思ったんですよ。
そこから、「小説は必要なものだ」と思えるようになったんです。
そんなわけで、物語が必要なように、数学も音楽も、“必要なもの”だと思います。
一流の数学者を身近に感じられる喜びと暗黒面
加藤 数学者って世界中の人口の中でいえば、それほど多くない。だから、この仕事をしていると、「世界一」と言われる人たちと、わりとアクセスできるんですよ。手の届かないところにそういうすごい人たちがいるんですが、その違いをまざまざと見せつけられる。そうやって、数学の世界の暗黒面を知ってしまうのです。
僕はオフェル・ガバーというイスラエルの数学者と共同論文を書いたことがあるんですけど、彼は僕の30億倍頭いい。どのくらいすごいかというと、難問「フェルマーの最終定理」を解いたアンドリュー・ワイルズという人が、「あいつのように数学しなくていいんだよ。普通に楽しく数学しよう」って言うくらい!(「小説幻冬」5月号、23ページに、”30億倍”の根拠が書いてあります!)
二宮 そんなすごい人に、「オフェル・ガバーのように数学しなくていい」って言わせる人物なんですね。ガバーがどんな数学をしているのか気になります!
加藤 そういう人の近くにいると、なんというか、そういう暗黒面も見えてきちゃうんです。数学が楽しいだけじゃなくて、厳しさを持ってるってことを嫌というほど感じてしまう。ダースベーダーや冬の日本海に出合ったみたいといえばいいかな。
自分の好きな数学を探す旅へ
加藤 私、この本で、印象に残ったフレーズがあるんです。
「数学がつまらない、嫌いだと思った時、僕は数学の本をぽいと投げ出して他のことを始めてしまっていた。しかし嫌いな数学があるということは、その反対に好きな数学がどこかに合うのかもしれないのだ。
それを探す旅に出てもいい。現代数学の中で他の分野を学ぶのもいいし、古典と向き合ってもいい。世界の違う場所に探しに行ってもいい。あるいは自分で作り上げてもいいのだ。全く新しい、自分が面白いと思う数学を。」
このフレーズがすごい好きなんですよ! もう旅から帰ってきましたか、二宮さん?
二宮 まだその旅に出てもいないんですけど(笑)。
僕は、数学が嫌いだったんですけど、一つだけ好きな単元があって、それが「整数問題」でした。本当に好きな単元で、受験でも、整数問題が必ず出る大学を選びました。
加藤 整数問題が好きだったら、かなりレベル高いと思いますよ。微分積分とかは、とっかかりが掴めるんですけど、整数問題はとっかかりがない。やり方が決まっていないんです。
二宮 ひらめき勝負みたいなの、大好きなんですよ。
加藤 整数問題は、東工大でも出てます。整数問題は、実力を問う試金石なんですよ。今までに出くわしたことがない問題をどう解決していくかを見れるんです。
二宮 僕、数学科行けばよかったんですかね?
加藤 今からでも遅くないんじゃないですか?(笑)
* * *
以上、前半のダイジェストをお送りしました!
後半は質疑応答となり、参加者からは、お二人を困らせる質問も飛び出し、会場は大いに盛り上がり!
こちらの対談については、詳細リポートを、追ってこちらでご紹介いたします。どうぞお楽しみに。
最後にお二人から、こんなメッセージをいただきました。
* *
二宮 ここでは話尽くせなかった数学者たちの魅力を詰め込んだこの本をぜひ読んでみてもらえると嬉しいです。
加藤 数学には「美しい」や「綺麗」などの形容詞がたびたび用いられます。自分にとっての数学がこうだという形容詞を見つけ出していただければと思います。「好きな数学」を探す旅に、ぜひ出ていただきたいですね。
* *
一見、難解なイメージの強い数学者。
数学のことばかり考えていて、閉じている印象を勝手に持っていましたが、どんな質問にも、誠実にきちんと向き合ってくださった加藤先生の姿勢から、数学の先に「人」を見ながら研究されていることが伝わってきました。
数学には、思っていたよりも自分たちの生活へのヒントが隠れているのかもしれません。
そして二宮さんが『世にも美しき数学者たちの日常』でも書かれていますが、数学と文学という、一見すると噛み合わないものが、共鳴するのを感じられるはずです。
そして、その共鳴を感じたとき、えも言われぬ興奮を感じるでしょう!
ぜひ、本書を手に取ってみてください。
あわせて加藤文元先生の新刊『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝』もぜひお楽しみください!
取材・文=Shunsuke Yamamoto
写真=山中裕介
協力=本屋B&B(イベントは終了しています。詳細はこちらでした)
<対談者紹介>
二宮敦人(にのみや・あつと)
1985年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。
2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。『郵便配達人 花木瞳子が顧り見る』(TO文庫)、『占い処・陽仙堂の統計科学』(角川文庫)、『一番線に謎が到着します』(幻冬舎文庫)、『文藝モンスター』(河出文庫)など著書多数。『最後の医者は桜を見上げて君を想う』(TO文庫)ほか大ヒットしている「最後の医者」シリーズなど人気シリーズを数々持つ。エンタテインメント小説を数々執筆する一方で、初めてのノンフィクション『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』もベストセラ―に。このたび、ノンフィクション第二弾『世にも美しき数学者たちの日常』を幻冬舎より上梓。
加藤文元(かとう・ふみはる)
1968年宮城県生まれ。1997年京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻博士後期課程修了。博士(理学)。九州大学大学院数理学研究科助手、京都大学大学院理学研究科准教授、熊本大学大学院自然科学研究科教授、東京工業大学大学院理工学研究科数学専攻教授を経て2016年より東京工業大学理学院数学系教授。専門は代数幾何学、数論幾何学。著書に『ガロア 天才数学者の生涯』『物語 数学の歴史 正しさへの挑戦』『数学する精神 正しさの創造、美しさの発見』『数学の想像力 正しさの深層に何があるのか』など。最新刊は『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝』。
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世にも美しき数学者たちの日常
「リーマン予想」「P≠NP予想」……。前世紀から長年解かれていない問題を解くことに、人生を賭ける人たちがいる。そして、何年も解けない問題を”作る”ことに夢中になる人たちがいる。数学者だ。
「紙とペンさえあれば、何時間でも数式を書いて過ごせる」
「楽しみは、“写経”のかわりに『写数式』」
「数学を知ることは人生を知ること」
「数学は芸術に近いかもしれない」
「数学には情緒がある」
など、類まれなる優秀な頭脳を持ちながら、時にへんてこ、時に哲学的、時に甘美な名言を次々に繰り出す数学の探究者たち――。
黒川信重先生、加藤文元先生、千葉逸人先生、津田一郎先生、渕野昌先生、阿原一志先生、高瀬正仁先生など日本を代表する数学者のほか、数学教室の先生、お笑い芸人、天才中学生まで。7人の数学者と、4人の数学マニアを通して、その未知なる世界を、愛に溢れた目線で、描き尽くす!
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