宇宙の質量の27%を占めている「暗黒物質」(ダークマター)。この空気中にも大量に存在しているが、一切の光、電波を発しないため、見ることすらできない。だが、暗黒物質がなければ、地球も人類も生まれることはなかった。まさに暗黒物質こそが、宇宙創生のカギを握る……。そんな謎の物質に迫った一冊が、『暗黒物質とは何か』だ。研究の最前線に立つ著者の、最新の知見が盛りだくさんの本書から、一部を抜粋してお届けします。
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「ゆらぎ」がすべてを創造した
COBEの観測結果を、さらに高い精度で裏付けたのが、WMAP、そしてプランクの観測でした。では、この宇宙背景輻射のゆらぎは、暗黒物質と何の関係があるのでしょうか。
ビッグバンに由来するマイクロ波のゆらぎは、宇宙全体の構造と深く関わっていると考えられています。というのも、マイクロ波のゆらぎは宇宙開闢38万年後の光のゆらぎであり、そのゆらぎを生んだのは物質の「濃淡」にほかなりません。
もしビッグバンの時点でその濃淡がなく、物質が均等に分布していたら、宇宙には現在のような構造──星や銀河や銀河団──は生まれなかったでしょう。
星は、質量を持つ物質が一定の領域に集まらなければできあがりません。ビッグバンの時点で物質の分布に濃淡があったからこそ、その濃い部分に星ができたのです。
そうでなければ、宇宙は現在にいたるまで構造を持たず、まんべんなく原子がちらばっているだけの空間になっていたはずです。もちろん生命体など生まれるはずもなく、私たち人類も存在していません。その意味で、宇宙開闢38万年後に生じた物質のゆらぎは、私たち自身の根源に関わる重大事です。
しかし、そこには1つ大きな問題がありました。宇宙背景輻射のゆらぎは10万分の1ですが、現在の宇宙の構造を形成するには、この程度のゆらぎでは足りないのです。
「宇宙の晴れ上がり」のときの物質分布にもっと大きな濃淡の差がなければ、銀河は形成されません。最低でも、1000分の1程度のゆらぎが必要なのです。観測されたゆらぎは、その100分の1にすぎません。
しかし現実におびただしい数の銀河が生まれている以上、ビッグバンの38万年後には、観測値の100倍に相当する物質の濃淡があったはずです。それが宇宙背景輻射に反映されていないのは、その「物質」が通常の物質と違う性質を持っており、光を素通しするからと考えられます。
光には1000分の1ものゆらぎは生じませんでしたが、その物質には質量があるので、その濃度が高い領域には、その後多くの原子が引き寄せられ、星や銀河が形成されたのです。
一体、どんな物質が通常の物質の100倍ものゆらぎをつくり、星や銀河を生み出す役割を担ったのか。もう、言うまでもありません。それこそが、暗黒物質だと考えられているのです。
「状況証拠」はそろったが……
ここまで、暗黒物質の存在を示す「状況証拠」を紹介してきました。まずツビッキーやルービンらの観測によって、銀河や銀河団の領域に大量の「見えない重力源」があることがわかりました。さらにCOBEやWMAPの観測によって、それが宇宙の大規模構造と深く関わっていることがわかったのです。
もはや暗黒物質は、「謎の重力源」として単に銀河の運動を速めるだけの存在ではありません。暗黒物質がなければ銀河は生まれず、私たち生命体も存在しませんでした。
私は以前、「暗黒物質がないと宇宙がバラバラになるのですか?」という質問を受けたことがありますが、これは考え方の順序が逆です。暗黒物質がなければ、宇宙にある物質は最初から最後まで「バラバラ」の状態でした。そこにまとまりのある構造を与えた暗黒物質は、私たちの母のような存在なのです。
ところが、それほど重要な意味を持つ物質であるにもかかわらず、それが何なのかがわからない。もちろん、見つかっているのは状況証拠だけで、まだ物的証拠が発見されていないので、暗黒物質の存在自体に懐疑的な意見もないわけではありません。
たとえば、ニュートンの重力理論を、重力が弱いところでは成り立っていないと修正することによって、暗黒物質の存在を仮定しなくても、ルービンの観測結果を説明できるのではないかと考える研究者もいます。それはそれで1つの可能性として、議論が続けられて然るべきでしょう。
しかし、ニュートンの重力理論はさまざまな検証を経て確立した現代物理学の土台です。それを前提とするかぎり、やはり暗黒物質は存在するとしか考えられません。「動かぬ証拠」を見つけてさまざまな議論に決着をつけるためにも、暗黒物質の正体を明らかにする必要があります。