辛いことや苦しいことがあっても私たちは生き続ける。人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。20年の時を経て名著『人生の目的』が新書版に再編集され復刊。いまの時代に再び響く予言的メッセージ。
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どこまでも人間でいたいから金を浪費する心理
私が授業料滞納のために大学を抹籍(まっせき)されたのは、一九五〇年代の終わりのころである。職業を転々としたあげくに、ようやく落ち着いたのが、いわゆる業界誌の編集部だった。編集主任とは名ばかりの肩書きだったが、とりあえず月給は出る。しかし、月末になると社長からひとりひとりの社員に、月給袋を手わたされるのが、私はいやだった。
なにかひと言、感想や注意を述べながら、さも大切そうに薄っぺらな袋を渡す。ありがとうございました、と、頭をさげると、社長は眼鏡(めがね)を光らせて、うむ、と重々しくうなずく。月給はありがたいが、毎月のその儀式(ぎしき)が、私には耐えがたく不愉快でならなかった。
新宿二丁目にあったその編集室の階段をおりると、人通りのないのをたしかめて、月給袋を舗道に投げ、靴で踏みつけたりする。
「この野郎、この野郎!」
と、けとばして、あわてて拾いに走ったこともあった。なんでこれっぽっちの紙きれのために、あれほど頭をさげたり、社長の車の水洗いまでしなければならないのか。仕事だから、と言ってしまえばそれまでだが、やはり金に対する怒りもまたふつふつと体の奥にたぎるのを感ずる。
そういうときに、私はいつも馬鹿(ばか)な金の使いかたをした。有効に使うのは絶対にいやだったのである。
「おまえなんか、この程度のものなんだよ。こっちがその気になりさえすれば、破って捨てることだってできるんだぞ。ひょっとしておまえさん、人間より偉いなんて思ってるんじゃあるまいな。ご主人づらはしゃらくせぇ。こっちがおまえを使うんだ。そっちに使われてるんじゃない。思い知ったか、このはした金め!」
と、声に出しては言わずとも、そんな気持ちを抑(おさ)えることができなかったのだ。したがって、金は絶対に無駄づかいでなくてはならなかった。浪費であればあるほど、自分が人間であると実感できるのだから。
たぶんホストクラブで何十万円もひと晩に使う娘たちの心の底には、当時の私の心境とあい通じるものがありそうな気がする。苦労して稼いだ金であればあるほど、パッと無茶(むちゃ)に使い散さんじてこそ心の憂(う)さが晴れるのだ。
そのことを私は笑う気がしない。どこまでも人間でいたい、という切ない祈りが底にあるように感じられるからである。こういう言いかたは、たぶん、ひどく滑稽(こっけい)な意見に思われるかもしれないが。
人生の目的
人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。
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