辛いことや苦しいことがあっても私たちは生き続ける。人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。20年の時を経て名著『人生の目的』が新書版に再編集され復刊。いまの時代に再び響く予言的メッセージ。
* * *
金の世の中を馬鹿にしてはいけない
ともあれ、人間にとって、金銭とは人生の目標ではあっても、目的ではない。しかし、手段としてあっさり割り切ってしまったところで、それを軽く見るわけにもいかない。いまもむかしも、金銭に関する人びとの思いは、そう変わってはいないようだ。
『徒然草(つれづれぐさ)』のなかに、ちょっと耳の痛い話が出ている。第二百十七段の《或(ある)大福長者の云(い)は(わ)く》というくだりだ。
〈貧しくては、生きるかひ(い)なし。富めるのみを人とす〉
などと、ずいぶんひどいことを言う男である。当時の大金持ちの言(げん)として紹介されている話だが、一面、妙にリアリティーが感じられる言葉もあって忘れがたい。
まず、金持ちになろう、富を築こうと思う者は、
〈人間常住(じょうじゅう)の思(おも)ひ(い)に住して、仮(かり)にも無常を観ずる事なかれ。これ、第一の用心なり〉
という。要するに世の中は未来永久につづく、このまま変わったりはしない、と覚悟せよというのである。この国に革命なんぞ起きはしない。自民党の政権は永久につづく。
人間の営(いとな)みは有意義で、世界は進歩し、人間は向上する、と考えよ、というのだ。
そして、仮にも「この世は無常」「人の命ははかない」などと考えてはならん、これがまず第一の心がまえだ、というわけである。
この大金持ちの男のセリフ、なかなか説得力があるではないか。たしかに金を貯めようと思うのなら、金の世の中を馬鹿にしてはならない。現実を受け入れ、現実に生きる覚悟を定める必要がある。くやしいけれど、そう思わない限り金は集まってこないだろう。
「モノだの、金だの、しょせん人間にとって重要なもんじゃないさ」
などと言っているようでは、貧者から抜けだすことはできぬ。そして、「貧しくては生きるかひなし」と言うのだ。
その後につづく言葉は、私にとってはさらにきつい。この野郎、と思わせられる文句である。
〈次に、銭(ぜに)を奴(やっこ)の如くして使ひ(い)用(もち)ゐ(い)る物と知らば、永く貧苦を免(まぬか)るべからず〉
〈ヤッコ〉とは、下僕のこと。使用人をこき使うように乱暴に、また軽々しく金を使ってはならぬ、ということだろう。そういう不心得者は、
「永く貧苦をまぬがれることができない」
と断言してはばからない。なんとも腹の立つ金持ちおやじの言である。
作者の吉田兼好(けんこう)は、この発言について、からかい気味の批評を加えているが、むしろそちらの言葉のほうがイヤ味にきこえる。
金は名誉や権力と同じく、それを好む者のところへ集まってくる、というのが真実だろう。なんとも味気ない限りであるが仕方がない。
人生の目的
人生に目的はあるのか。あるとしたらそれは何か――。お金も家族も健康も、支えにもなるが苦悩にもなる。人生はそもそもままならぬもの。ならば私たちは何のために生きるのか。
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