いつでも落とし物を届けられる。
何かあったらすぐ駆け込める。
365日24時間営業しているのが当たり前の交番・駐在所。実は日本ならではの優れた機関だということをご存知でしたでしょうか?
元警察官でありキャリア官僚であったミステリ作家の古野まほろさんが、ドラマや映画でよく耳にする警察用語を易しく解説する幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』。「警察モノ」ファンのみならず、警察官志望者、警察エンタメの作者にもおススメの本書より、身近な交番・駐在所と、その役割に関する部分をピックアップしました。(幻冬舎plus・柳生一真)
※なお、記事とするに当たり、太字化、改行、省略などの大幅な編集を行いましたので、著者の原稿とは異なる部分があり、その編集による文責は幻冬舎にあります。
治安のコンビニ
これまでしれっと「出張所」扱いしてきましたが、交番あるいは交番制度というのは、日本が世界に誇ってよいものだと私は考えています。
またそう考える人も多く、実際に「交番制度を輸出する」というプロジェクトも、もう遥か昔から行われています。
24時間365日、絶対に閉庁することなく、市民の「警察へのアクセス権」を保障している「治安のコンビニ」は──もう退官したので言えますが──ほんとうに素晴らしいものだと思います。
私はフランスで学んでいたことがありますが、恥ずかしながら大晦日に強盗に遭った経験がありまして(まあ、遊び歩いているのがよくないですね)、すぐに最寄りの警察署に行って被害申告をしようとしたのですが、「担当者が休みだから3日後に来て~」なんてサラリと言われて、「ああ、市民にとって警察へのアクセス権はいかに重要であることか……」と痛感したものです。
閑話休題。
さて、書籍『警察用語の基礎知識』の第2~3章では、交番とは警察署の下部組織であること、交番は主として警部補によって指揮されていること(ハコチョウ、ブロックチョウ)、そして交番はあらゆる警察事象の初期ステージを担当することについて触れています。
ここではもう少し、その活動・組織の具体的側面を見てみましょう。
「あらゆる警察事象の初期ステージを担当する」というのは、業界用語でいえば初動活動(ショドウ)の全てを担当するということです。
「全て」ですから、そこにはジャンルの縛りというか、ジャンルによるある種の保護がありません。
すなわち「これは交番の仕事じゃない」という言い訳は成立しません。少なくともショドウの範囲においては成立しません。
これが例えば警察署の刑事であれば、「そんなのは生安の仕事だろ」「そんなのは警備にやらせておけばいい」という消極的権限争いも可能ですが、交番の警察官には無理です。
それが生安・刑事・交通・警備のどのジャンルに属するものであろうと、ショドウの範囲においては、交番の警察官に対処する義務が発生します。
言い換えれば、例えば警察署の刑事は「事件の種類」によって仕事を切り分けられているのですが、交番の警察官は、「担当するエリア」によって、そして「それが初動活動かそうでないか」によって、仕事を切り分けられているのです。
一般的にはジェネラリスト
交番の警察官が取り扱う仕事とは、先に述べた初動活動、ショドウの範囲に限られますので、具体的には、私服の刑事などが現場臨場するまでの現場保存、交通規制、緊急の救命救護、緊急の鎮圧、ホットな現場での現行犯逮捕や時に緊急逮捕、被害届の作成、あるいはシンプルな事件・軽微な事件における捜査書類の作成(時に、私服よろしく全てを一件処理することもあります)、はたまたシンプルな事件等でなくとも、カンタンな実況見分とかカンタンな参考人調書とかの作成をすることになります。
要は、4現業のギルド員の専門知識がなくとも処理できる範囲のことを処理しておくのが、交番の警察官の仕事になります。
ゆえに、広く浅く処理できること、現場での緊急対応ができることが重要になります。
このことを裏から言うと、「スペシャリストとはみなされない」ので、最も現場に近いところで活動しているのに、4現業のようにギルドとも専門分野ともみなされません。
むしろ、「交番は警察の学校」という表現をされることがあります。警察学校ではお勉強をし、実務は交番で修得する──といったニュアンスです。
ゆえに、野心ある若手警察官は、そうした現場臨場で出会った刑事等との御縁を大事にし、あるいは有形無形のアピールをし、何度も目を引いて名前を覚えてもらうかたちで仕事をし、ギルドに引き抜いてもらうことを試みます。
といって、交番の警察官の仕事に専門性が全く必要ないかというと、そんなことはありません。
先に技能指導官のところで説明しましたが、例えば「職務質問」というのは高度な技能を要する活動です。
高度の専門性と熟練が求められます。
どんな刑事でも、交番部門の職質のスペシャリストほどに、職務質問をすることはできません。
というか平均的な交番警察官なら、平均的な刑事より職務質問がずっと上手でしょう。
ゆえに交番部門でも、その道を極めれば、4現業のギルド員以上のスペシャリストとしての評価が得られます。
駐在所・パトカーと合わせて「地域部門」
なお、「交番」と「駐在所」の違いですが、交番は複数の警察官が──法令上は3人以上、実態論としては2人以上──交替制で運用する出張所、駐在所は1人の警察官が日勤制で──まあ住み込みですが──運用する出張所です。
交番は主として都市部に置かれ、駐在所は主として都市部以外の地域に置かれます。
役所が「都市部以外の地域」なんてわざわざ言っているのは、「田舎」と言うと叩かれるからです。
大都市圏とか県庁所在地とかに住んでいると、「交番が主流派で、駐在所はどこか遠い所にある」……なんてイメージを抱きがちですが(私は拝命前そう思っていました)、県によっては、極論「県下に交番は1つで、あとは全部駐在所」なんてこともあり得ます。
その駐在所は、いってみれば1人警察署なので、それなりに経験のある/優秀な/マジメな警察官が配置されることになります。
住み込みですから、居住部分があり、またその警察官が結婚していれば、奥さんの協力も欠かせません。
奥さんは、別項でみた「交番相談員」を、ナチュラルにこなしているようなものです。
ゆえにいわゆる「奥さん手当て」なるものも出ます……そのものすごい御労苦に比して、十分かどうかはアレですが……まあ私の上官が予算を獲得するまではそもそもタダ働きを強いていたので、役所も少しは反省したということでしょうか(頑張った上官は立派だと思います)。
最後に、データ的なもの等を概観すると、我が国には約6300の交番と、約6300の駐在所があります──要はほぼ同数ですね。
私が拝命した頃は、役所が施設数のデータを1桁まで開示することなどあり得なかったのですが、情報公開についての意識が強まった今では1桁まで開示されていますので、御興味があれば調べてみてください。
この交番・駐在所と、やはり制服部門であるパトカーで勤務をする警察官を総称して、「地域警察官」といい、部門としては「地域部門」といいます(いずれも業界用語でチイキ)。
地域警察官は、全警察官のだいたい40%を占める最大勢力です。
雨の日も風の日も雪の日も酷暑の日も、4㎏以上の装備品、3㎏程度の防護衣をつけて活動している地域警察官に、ぜひエールを送っていただけたらと思います。
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我が国の全ての世帯・事業所には、必ず担当の警察官がいるそうです。交番、駐在所についてもっと知りたい方は、幻冬舎新書『警察用語の基礎知識』をご覧ください。