男性会社員の育休取得が推奨されるようになった昨今ですが、実際に取得する人はまだ少数。
そんな中、赤ちゃんを抱っこし、大きなトートバッグを持った育休中の刑事が事件を解決していくという、前代未聞のミステリーが誕生しました。
大好評で発売即重版がかかった似鳥鶏さん『育休刑事』。
27日発売の「小説幻冬」特集内から一部をご紹介します。
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「かっこいい男」のロールモデルを塗り替える
——似鳥さんはテレビドラマ化された『戦力外捜査官』シリーズなど、キャラクターに独特な設定を加えた、異色の警察小説を発表してきました。『育休刑事』も、その文脈から着想されたものだったんでしょうか?
似鳥 「刑事」の文脈がくっついてきたのは、だいぶ後だったんです。
最初のきっかけは妻が妊娠して、我が家に初めて子供を迎えるとなったことでした。
当時の編集さんも子供が生まれたばかりで、「育児ネタで何か書きましょう」と盛り上がったんですね。
最初は『育休探偵』で書くつもりだったんですが、「仕事は刑事にした方が面白いのではないか」というご提案をいただいて、今の設定に落ち着きました。
「育休? しかも男が!?」というマッチョな空気がありそうな警察組織は、育児や育休をネタにするうえではぴったりだったと思います。
——育休が取りにくい空気を、主人公の秋月春風はひしひしと感じています。彼は共働きの姉さん女房・沙樹さんと話し合い、逆風があることを知りながら、自分が一年間の育休を取ると決めた。生後三ヶ月になる蓮くんの育児をしながら家事もこなしつつ、事件に巻き込まれ捜査に駆けつけることを余儀なくされます。
似鳥 刑事を主人公にしたからこそ、シリアスで大きな事件も書けるようになりました。
『育休探偵』の頃はほのぼのした、「日常の謎」で行く予定だったんです。
装丁のイメージも、クリームピンクのほんわか系でした。
ただ、それって結構よくあるな、と。
育休を取ってちゃんと育児・家事する男性って、フェミニンなイメージになりがちなんですよね。
丸いメガネをかけた優しそうなマイホームパパが育児をするイメージは、もう既に世の中にはある。
むしろそのイメージが幅を利かせ過ぎていて、「クリームピンク化しないと男性は育児をしちゃいけないのか?」と感じる人も出てきているんじゃないか。
普通の男性が、しかもガチガチにマッチョな男社会にいる刑事が、自分のキャラを変えることなく育児をする。
自分が書くべきなのは、そういう主人公像なんじゃないかと思いました。
だから、彼の一人称は「俺」なんです。
——主人公が育児経験で得た学びも、事件解決に役立っていく。そうした展開を支える育児風景の描写も、徹底的にリアルですね。
似鳥 自分の息子について記録していった、育児メモが役に立ちました。
育児って、子供はかわいい、ほのぼの、だけじゃないんですよね。
子供と一緒にいて辛いと感じたこともあるし、男性が育児をすることに対する社会の視線も、複雑なものがありました。
育児の現実を書いていくことは、社会問題を書くことにも繋がっていく。
この現実は是非書きたい、と思いました。
マッチョで強い、なおかつ育児ができる
「なおかつ」の部分を丁寧にすくい取る
似鳥 男性が育児をすると何が起こるのか、書ける人間はなかなか文芸業界にはいないと思うんです。
みなさん関わりはしているはずなんですが、ガチで育児をやっている、赤ちゃんが夜中に泣くと奥さんよりも先に起きるというレベルで主体的に関わるという人は、上の世代にはほとんどいなかったんじゃないか。
だからこそ、男性の育児について今まで小説では書かれてこなかった。
そう考えた時に、あっ、俺は結構貴重な存在だぞ、と(笑)。
自分の経験をそのまま書けば小説としての商品価値になるし、これまでにない主人公像を示せると思ったんですね。
実は、イメージとして思い浮かべていたのは『子連れ狼』なんですよ。
『子連れ狼』って作中ではほとんど描かれていないけど、拝一刀は育児部分も絶対しっかりやっているはずなんです。
大五郎のおしめを替えたりなんかして(※似鳥註:ドラマ版第一話の時点で、大五郎はすでに自分でトイレができる年齢である。しかし、第一話以前には絶対にやっていたはずなのだ。他にやる人がいないのだから)。
——当時は紙オムツじゃないから、手洗いしたりして(笑)。なるほど、『子連れ狼』の現代的なアップデートなんですね。
似鳥 拝一刀はマッチョで強い、なおかつ育児ができる。
「なおかつ」の部分を丁寧にすくい取ることで、かっこいい主人公像、男のかっこよさのイメージを塗り替えることができたらなと思いました。
そういうロールモデルができあがることで、男性ももっと育児に参加しやすくなると思うんですよ。
それに、赤ちゃんの育児雑誌とか、男性は近寄りにくいじゃないですか。
本屋さんに行っても、なかなか手に取れないですよね。
でも、この本だったら「警察小説だから」って心の中で言い訳しつつ堂々と手に取ることができる(笑)。
女性が読んでも、男性が育児をする苦労を知れて相互理解に繋がると思うんです。
(インタビュー:吉田大助)
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”育児”と”本格ミステリ”が見事に融合した傑作をぜひお手にとってご覧ください。
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