逃げてきたんだ。
海を目の前に思っていた。数センチ、体を前に傾けるだけでこの肉体をなかったことにできる、そんな防波堤の端から、金色に照らされた渦を見て思っていた。何から逃げてきたのか、その根源はわからない。ただ直感していた。
防波堤の上では干からびた獣の死体が白骨化している。全体の半分くらい残った皮と牙や爪らしきものも見えるが何の動物かはもうわからない。こうなっては個体から個性は剥奪されている。いいやつも悪いやつも権力も階級もない。死後の世界までプロフィールというやつを持ち込めないであろうことに安心する。そうであればお墓に入ることなどはなから無意味だから、わたしは拒否したいと何故か夕暮れの中で決意していた。
足でつつくとわずかだが生き物特有の鼻を突く腐臭がして、何の感情も高揚することなくわたしは無意味にその獣の骨を海に蹴落とした。金色の渦は大きな口を開け飲み込んで、ものの数分で見えなくなった。
北海道、日高のMKランチには2年前にも来ている。馬小屋で青葉市子と共に生音でライブをし、ホースマンシップという馬とのコミュニケーションを体験した。その時のことは寺尾紗穂さん監修の『音楽のまわり』という本で書いているが、馬の上に乗って過ごした時間は本当に忘れられない経験となった。アースオーブンという消防車を改造した車の後部に設置された釜で焼いたピザの味もよく覚えている。
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