とげとげ、もふもふ、まんまる、くしひげ、くびなが……。昆虫の概念がひっくり返る、279種のおかしな甲虫を厳選したビジュアルブック『とんでもない甲虫』(丸山宗利・福井敬貴著)が7月11日に発売です。
本書でも登場する「砂漠にすむゴミムシダマシ」に長年あこがれていた昆虫学者の丸山宗利さんは、2019年1月、ついに砂漠の国ナミビアへと採集旅行に出かけました。
本書の刊行を記念して、丸山さんのナミビア採集旅行記を連載でお届けします。
* * *
はじめに
ナミビアは、アフリカの南部にある砂漠の国である。そして砂漠にすむゴミムシダマシの宝庫でもある。
図鑑で見て、昔から砂漠でゴミムシダマシを見つけたいと思っていた。
今回出版される『とんでもない甲虫』にも、あこがれの意味もこめて、世界各地の砂漠のゴミムシダマシを掲載した。
2019年1月末、どうにか時間をつくり、この夢を実現しようと旅に出た。
生きた砂漠のゴミムシダマシをこの目で見たい
うみねこ博物堂という雑貨店が相模原市にある。雑貨店といってもただの雑貨店ではない。
鉱石や昆虫標本を中心に、自然史関係のモノを専門に販売している希有(けう)な雑貨店なのである。
その経営者である小野さんとはもう15年以上の虫なかまで、いっしょにハネカクシという甲虫の研究をしたこともある。
小野さんとは好きな虫の傾向がやや似ていて、会うたびに虫のはなしで盛りあがる。
あるとき話題にあがったのが「生きた砂漠のゴミムシダマシをこの目で見たい」である。
なんだかよくわからない人が多いかもしれないので補足すると、ゴミムシダマシ科という甲虫の一群がある。
地球上のさまざまな環境に生息しているのだが、砂漠には乾燥地に適応したなかまがいて、ゴツゴツとしたかたちが実にかっこいい。
そしてその宝庫として、アフリカ南部のナミビアがよく知られている。
そして最後には、「いつかナミビアに行こう」というはなしになったわけである。
しかしふつう、こういう約束はあくまでその場を盛りあげる話題のひとつであって、うそではなくても、たいてい不実行に終わる。
「いつかまたみんなで会おうね」みたいなものである。
しかし二人とも、このはなしをきっかけに砂漠を走るゴミムシダマシの妄想がふくらみ、時間がたつにつれ、とうとう人生の大切な目標へと変化した。
2018年の春、近いうちに実行に移そうという気持ちが燃えあがったのだった。
その計画中に私の父の病気が見つかり、一時は計画が頓挫(とんざ)しそうになったこともあったのだが、2018年の秋に具体的な計画を練ることになった。
手分けして図鑑や論文を読んで調べたり、研究者からいろいろ聞いたりして、得た情報を総合すると、どうやらナミビアでは11月ごろに雨季がはじまり、虫が出はじめる。
そして、1月から2月ごろが虫の出現のピークということがわかった。
ただし、虫によってピークが異なるので、慎重に決める必要がある。
温暖化によってナミビア南部では3年以上雨がふっていないとか、どの場所に雨が多いとか、いろいろな情報を考慮してじっくりと計画を練った。
2人では予算的にキツイ
計画を練りに練り、2019年の1月下旬から2月中旬の3週間の日程を組むことにした。
ただ、ここでひとつ問題が生じた。ナミビアは物価が高く、車を借りたり、ホテルに泊まったりすると、2人では予算的にキツイのである。
そして経験上、車には3人乗るのがよい。そこで、もう1人誘おうというはなしになった。
もちろん、ふつうの社会人は3週間も休めない。時間がある学生を呼んでも、割り勘というわけにはいかないから意味がない。
時間の融通が利き、お金に困っていない人にしようということになった。
1人目の候補者は私の身近なところにいた。地元福岡のテレビ局ではたらくディレクターの筒井さんである。
筒井さんはたまに私の研究室に遊びにきたり、私が筒井さんの番組に出たりもしている。
筒井さんは世界のあちこちに昆虫観察にでかけていて、旅慣れている。しかも、最近新婚旅行でボツワナに行き、帰ったときにアフリカ南部の面白さをはなしてくれたばかりだ。
さそってみると二つ返事でのってくれた。ただ、さすがに3週間は休めないので、後半か前半の10日程度ならつきあえるという。
ではもう1人ということになったが、これも案外すぐに見つかった。
少し前に突然、有名ゲーム会社ではたらく白川さんという人が私の研究室を訪ねてきて、1人でマダガスカルに行くから、現地のことをくわしく教えてくれというのである。
白川さんはいかにも都会的な女の人で、「この人が1人でマダガスカル?」と、最初は怪訝(けげん)に思ったのだが、聞くところによると、虫をさがすために単身でニューギニアに何度も通ったり、とにかく世界のあちこちへ虫をさがしに出かける人だった。
1人で行く理由は単純に、同行者が見つからないからとのことだった。
このできごとを思い出し、白川さんにナミビアのはなしをしたら、「金が理由かよ」と言いつつ、嬉しそうについてくることになったのである。
その後、4人で話しあい、もちろん小野さんと私は全行程、筒井さんが前半で離脱、白川さんが後半に合流するということで、計画を組むことにした。
いざナミビアへ
さて、あわただしい年末年始をへて、そうこうしているうちに、旅行がはじまる。
福岡から、香港、ヨハネスブルグを経由し、ナミビアのウイントフークへ着いたのは1月25日の昼すぎだった。
今回は事前に役割を分担した。私が情報収集をして計画を練り、ホテルを予約する係。小野さんはその補助。そして筒井さんはレンタカー予約係である。
空港から降りたつと、レンタカー会社のおじさんが「Mr. Tsusui」という紙を持って立っていた。
そのおじさんに荷物をあずけ、各自両替と携帯のSIMカードの購入に走る。それからレンタカー会社へいき、手続きや支払いをおこなった。
ここ砂漠の国では、場所によっては車もあまり通らず、事故がおきたりしたら、けがをするだけではなく、救助が間にあわないこともあるという。
だから、事故などがおきないよう、できるだけ頑丈で大きな車をえらんだ。
3週間で30万円近い支払いとなったが、そんなに高くは感じないほどりっぱな車だ。
そして常に冷たいビールが飲めるよう、車には冷蔵庫を積んでもらった。
ところが、この冷蔵庫がじゃまで、でかい車なのになかなか荷物が入りきらず、ちょっとした工夫を必要とした。
初日ということで、もちろん事前に予約し、町から車で30分ほどの宿Iロッジに宿泊することにした。
その途中で買い物をし、食料を冷蔵庫や車のひきだしに積みこむ。
ロッジはサバンナの疎林(そりん)のなかにあり、すでにナミビアらしい風景がひろがっていた。
じゃんけんをして、負けた筒井さんのおごりで生ビールを飲む。
さすが元ドイツ領だけあって、ビールが最高においしい。あとでわかったが、ソーセージも最高においしい国だった。
夜にホテルの敷地を徘徊。さすが良い季節。いろいろな虫がいる。
いちばん嬉しかったのはフチドリオサモドキゴミムシである。オサムシやクワガタはそれぞれにかっこいいが、両者の良さをあわせもった独特のかっこよさがある。
街灯には白くてきれいなヤママユガがいて、地面には砂漠の国らしいゴミムシダマシやゾウムシなどもたくさんいる。
カメラを片手にワーギャーと叫びつつ、到着早々、興奮のひとときを味わったのだった。
★うみねこ博物堂・小野広樹さんによるナミビア旅行記をこちらで同時公開! あわせてご覧ください。
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おどろきの甲虫の世界を、美しい写真で楽しめます。
この連載では『とんでもない甲虫』の最新情報をお届けします。
●パンクロッカーみたいだけど気は優しい――とげとげの甲虫
●ダンゴムシのように丸まるコガネムシ――マンマルコガネ
●その毛はなんのため?――もふもふの甲虫
●キラキラと輝く、熱帯雨林のブローチ――ブローチハムシ
●4つの眼で水中も空中も同時に警戒――ミズスマシ
●アリバチのそっくりさんが多すぎる! ――アリバチ擬態の甲虫 など