とげとげ、もふもふ、まんまる、くしひげ、くびなが……。昆虫の概念がひっくり返る、279種のおかしな甲虫を厳選したビジュアルブック『とんでもない甲虫』(丸山宗利・福井敬貴著)が7月11日に発売です。
本書でも登場する「砂漠にすむゴミムシダマシ」に長年あこがれていた昆虫学者の丸山宗利さんは、2019年1月、ついに砂漠の国ナミビアへと採集旅行に出かけました。
本書の刊行を記念して、丸山さんのナミビア採集旅行記を連載でお届けします。
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ゴバビスのサバンナへ
ナミビアの首都ウイントフークから200キロメートルほど東へ進むと、ゴバビスという小さな町がある。
ロシアの友人にきいたところ、そこにエンマハンミョウがいるという。
実は今回の旅では、ゴミムシダマシと同時に、いくつか見たい虫があった。そのひとつがエンマハンミョウである。
ハンミョウといえば通常は1、2センチメートルの小さな甲虫だが、エンマハンミョウはそのなかにあって巨大で、5センチメートルを超える。
しかも巨大な大顎(おおあご)をもち、猛烈にかっこいい。夢に出てくるほどあこがれる虫のひとつである。
1月26日の朝、ゴバビスへ向かう。ほとんどまっすぐな道で、一般道であるが、制限速度は時速110キロ。3人で代わる代わる運転した。
ところどころ、大木がサービスエリアのような休憩所として指定されている。
ある場所で休憩がてら石を起こすと、いろいろなゴミムシダマシが見つかって、それからは休憩所ごとに止まって、石を起こすことになった。
また、途中のトイレ休憩で、アカシアのあいだになにかが飛んでいるのを発見。つかまえてみるとフトタマムシのなかまだった。
拙著『きらめく甲虫』にもページを割いているが、砂漠を代表するタマムシで、これもうれしかった。
そうこうしているうちにゴバビスのロッジに到着した。
ロッジの敷地は広大で、敷地に入ると、キリン(もちろん野生)の群れが出むかえてくれた。
ロッジは広大な半砂漠地帯(サバンナ)のまんなかにあって、周囲には本当になにもない。
猛獣もいるそうで、宿の主人には気をつけるよう念を押された。
筒井さんがドローンをもってきてくれていたので、空から撮影してもらう。
まわりを見渡しても雄大としか言いようがない。
結局、ナミビアには、日本にはまったくない雄大な景色が、どこにでも広がっていることを、あとから知るのであった。
エンマハンミョウは夜に砂のうえを走りまわっているらしいと聞き、夜は3人で歩きまわることにした。
さっそく、カタモンオサモドキゴミムシが出現。猛烈にかっこいい。
また、猛毒のサソリがあたりを闊歩(かっぽ)している。
残念ながら初日の夜はエンマハンミョウが見つからなかった。
翌朝から採集を開始したが、昼になるころには猛烈に暑くなってきた。外を30分も歩くとつらい。
汗はすぐに乾燥してしまうので、汗が出ているような気がしないまま、猛烈にのどがかわく。
しかし、こういう条件で飲むビールは最高である。ただでさえビールがおいしいのに、なんとも言えない至福の味が、五臓六腑にしみわたるのである。
それからというもの、昼間の暑い時間にはビールで乾杯という毎日となった。
しかし、酷暑の昼間にも虫はいる。
ふわふわと飛んでいる虫がいると思ったら、フトタマムシやシマシマオビゲンセイだった。
どちらも、何度見てもすばらしい美しさである。
昼すぎに町に買い出しに行き、夜の食料やビールを調達する。ここの宿は自炊なので、それも楽しみのひとつである。
スーパーに行くと、とにかく肉や生ソーセージが充実している。
ためしに生ソーセージを買って、宿で焼いてみたら、これは猛烈なおいしさで、全員が言葉をうしなった。もちろん、ビールには最高である。
昼間は休みがちだが、夜はエンマハンミョウさがしがある。3人で間隔をあけて地面を見ながらサバンナを歩く。
うれしかったのはハリムネオサモドキゴミムシである。
5センチメートルほどと巨大で、つかむのを躊躇(ちゅうちょ)するほどである。さわるとオサムシのような猛烈な酸性の液体を出す。
この酸がオサムシ以上に強烈で、毎日のように液体を手にあびていた筒井さんは、皮が溶け、ひどいやけど状になってしまっていた。
夜のサバンナ歩きは楽しいのだが、とにかく乾燥していて、虫がすくない。
これは雨が降っていないせいだろうと疑っていたが、すこし雨がふると、たしかに虫の数がふえた。
とくにゴミムシダマシのなかまの多さには感動した。
コトコトゴミムシダマシは、アフリカではトックトッキーとよばれ、音を出すことで有名である。
オスが地面に腹部を打ちつけて、なかまでやりとりをするのである。
そのゴミムシダマシを日本からもってきたプラスチックの皿に入れておくと、たしかに音をだした。とてもかわいらしい。
夜はロッジのベランダに水銀灯をつりさげて、光に集まる虫の観察もおこなった。
私と筒井さんは疲れはてて寝ていたが、小野さんはマメに起きては確認し、みごとにライオンコガネを見つけていた。
胸部が上等なえりまきのような毛におおわれるコガネムシである。これも見たかった虫のひとつで、狂喜しながら撮影した。
そのほか、木の枝のようなカマキリや巨大なヤママユガもあらわれた。
ここではとくに大きなトラブルはなかったが、ある晩、サバンナを歩いていたら、宿の人が放し飼いにしているウマと鉢あわせになった。
ウマは気が荒くてこわい。しかも怒ってこちらにくる。
あせった私は大いそぎで逃げたのだが、途中でスマートフォンを落としてしまった。
スマートフォンの地図をたよりに移動していたので、なくしてしまったら痛い。
おなじ風景の広がっているサバンナで、なんとか木の形などをたよりに来た道をたどると、地面に落ちているスマートフォンを無事に見つけた。
また、敷地内でウシなども放牧しているため、それらの家畜が勝手に遠くにいかないよう、あちこちに電気の柵がある。
あるとき、こんなところまで電気は通していないだろうと思い、その柵をまたいだのだが、みごとに感電してしまった。
残念ながら、ここではエンマハンミョウは見つからなかった。成虫の時期としてはすこし遅かったようだ。
しかし小野さんが、地面にある幼虫の巣穴を見つけ、みごとに大きな幼虫を掘りだした。
ハンミョウとしてはほんとうに大きい。まちがいなくエンマハンミョウだ。
これからの場所でエンマハンミョウに期待したい。
ここに登場したゴミムシダマシやオサモドキゴミムシ、シマシマオビゲンセイ、ライオンコガネは、『とんでもない甲虫』にも登場します。
★うみねこ博物堂・小野広樹さんによるナミビア旅行記をこちらで同時公開! あわせてご覧ください。
とんでもない甲虫
『ツノゼミ ありえない虫』『きらめく甲虫』につづく、丸山宗利氏の昆虫ビジュアルブック第3弾!
硬くてかっこいい姿が人気の「甲虫」の中でも、姿かたちや生態がへんてこな虫を厳選。
標本作製の名手・福井敬貴氏を共著者に迎え、掲載数は過去2作を大幅に上回る279種!
おどろきの甲虫の世界を、美しい写真で楽しめます。
この連載では『とんでもない甲虫』の最新情報をお届けします。
●パンクロッカーみたいだけど気は優しい――とげとげの甲虫
●ダンゴムシのように丸まるコガネムシ――マンマルコガネ
●その毛はなんのため?――もふもふの甲虫
●キラキラと輝く、熱帯雨林のブローチ――ブローチハムシ
●4つの眼で水中も空中も同時に警戒――ミズスマシ
●アリバチのそっくりさんが多すぎる! ――アリバチ擬態の甲虫 など