ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が。憧れのひと、玲子への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。恋が暴走し狂気に変わる衝撃の物語を、冒頭から抜粋してお届けします。ヤミツキ必至!大注目作家の話題作――
* * *
1
あのひととわたしは同い年だ。体操着の色が同じだった。体操着は学年ごとに色がちがう。一年生は垢(あか)抜けない燕脂(えんじ)色だ。胸元に、各自の名前が白糸で縫い取られている。その名前が読み取れない。あのひとの名前をわたしはまだ知らなかった。
それでも、わたしとあのひとは廊下ですれちがうたびに会釈するようになっていた。
最初はぎこちなかった。互いに気がついていながら、相手に知らせるかどうか迷う瞬間がかならず、あった。
あのひとは軽く握ったこぶしで鼻の頭をちょっとこすり、小さく手を振ってくる。目を少し細めている。あのひとの目のかたちはわかりづらい。長く濃い睫毛(まつげ)が深い影をそこに落とすからだ。
わたしもあのひとと同じ動作をするようになった。あのひとのふるまいはさりげないものだったが、なんともいえぬ親しみがこもっていて、同じ動きをすることで近しくなれた気がした。
「知り合い?」
廊下でのわたしとあのひととのやりとりに気づいた同級生が訊(たず)ねてきた。
「ていうか、まあ、ちょっとね」
わたしと同級生は美術室に移動するところだった。黄緑色のスケッチブックを脇(わき)にはさんでいる。
「いいやつだよね」
「知ってるの?」
「同じ中学だった」
スケッチブックを持つ手が汗ばんでくる。持ち替えて、汗をかいているほうのてのひらをスカートでぬぐった。
「ガシュウってさ」
「がしゅう?」
「ガシュウでしょ?」
同級生がゆっくりとこちらを見る。
笑っている気がした。わたしが視線をそらすと同時に同級生はあのひとの名前を放り投げるようにいった。
「ガシュウレイコ」
ほかに誰がいる
女友達への愛が暴走し狂気に変わる……衝撃のサスペンス
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