ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が。憧れのひと、玲子への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。玲子――こっそりつけた愛称は天鵞絨(びろうど)――への恋心が暴走する衝撃の物語を、冒頭から抜粋してお届けします。ヤミツキ必至!大注目作家の話題作。
* * *
8
天鵞絨の「かれ」への思いが深まりつつある。
おかしなことに、わたしは「かれ」が実在するような気がしてきた。「かれ」になら、天鵞絨を奪われてもいいとすら思った。
天鵞絨にせがまれて、夜の公園に一緒にいったことがある。「かれ」はいなかった。いつもいるってわけじゃないから、と、わたしはいった。
天鵞絨があんまりがっかりするので、やっぱり縁がないのかなあ、としょげるので、わたしは、たとえば昨日、あるいは一昨日見かけた「かれ」の話をすることになる。
「かれ」は髪を切ったようで、首のあたりが寒そうだった。
街灯の下のいつものベンチに腰かけて、犬をあそばせながら読んでいた本は、ブコウスキーの『町でいちばんの美女』であると判明。
「かれ」は本の帯をはずしてまるめ、ごみ箱を見ずに手首のスナップを軽くきかせて、見事に投げ入れた。
わたしはベンチの後ろにあるごみ箱に、左手で帯を投げ入れる「かれ」の真似をしてみせた。右手は本を持ったままだ。
あくる日、わたしたちは本屋にくりだし、「かれ」の読んでいた本をさがした。天鵞絨が見つけ、本屋の棚からそうっと抜きだした。隙間(すきま)なくおさめられた本のなかから、傷をつけないよう、細心の注意をはらって。
群青(ぐんじょう)色の翻訳本を両手で持って、表紙を見ている。その横顔。わずかに前にたおした首の角度は、手を合わせ、祈るときの角度と同じだ。長く濃い睫毛が蝋燭(ろうそく)の火先のように揺れている。
わたしはこんなに美しい天鵞絨を見たことがなかった。
この美しさは、わたしの努力によるものにちがいない。
ほかに誰がいる
女友達への愛が暴走し狂気に変わる……衝撃のサスペンス
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