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ほかに誰がいる

2019.07.26 公開 ポスト

#10 離ればなれ…破滅へ向かう少女の恋朝倉かすみ

ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が。憧れのひと、玲子への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。玲子――こっそりつけた愛称は天鵞絨(びろうど)――への恋心が暴走する衝撃の物語を、冒頭から抜粋してお届けします。ヤミツキ必至!大注目作家の話題作。
 

*   *   *

10

天鵞絨(びろうど)が留学するといいだした。

卒業したら、アメリカの語学学校にいくという。そんなことは聞いていない。

よく考え、両親とも話し合った結果らしいが、わたしにはひとことの相談もなかった。

友だちのなかでは、えりに最初にいうんだよ、と、天鵞絨はいったが、そういう問題ではない。

すでにステイ先も決めているという。遠い親戚(しんせき)がロスアンゼルスにいるという。天鵞絨はさもいい慣れているように「ロス」とか「LA」とかいった。「LA」に親戚がいたなんて掛け値なしに初耳だ。卒業まであと三ヶ月しかない。わたしにどうしろというのだ。

黙りこくったわたしの肩に、天鵞絨が手をおいた。

「ごめんね、えり。勝手に決めちゃって」

「……いいよ。べつに。れいこの人生だものね」

「一緒の大学にいこうと思ってたんだけど、やっぱり、むこうにいってみたかったんだ。納得したいっていうか。この目で見たい、暮らしたいっていうか」

えりなら、わかってくれると思う、と、天鵞絨が囁(ささや)くようにいってきたので、わたしはわからなければならなかった。わかるために、すべきことを考えたが、すぐには思いつかなかった。

「ね。パソコン」

天鵞絨がなにかいっている。

「えりもパソコン買いなよ。もしも離ればなれになっても、あたしはネットでえりをさがすから。絶対、あたしたちは友だちだから」

「離ればなれ?」

(写真:iStock.com/Tatiana)

「万一の話だよ。あたし、手紙書くし、電話もするよ。えりがパソコン買ったら、メールも送るよ」

離ればなれ、ということばがわたしのなかに残った。

むかしどこかであったという戦争の映像をテレビで観たことがある。油にまみれた真っ黒い海鳥が、やはり真っ黒な海原に浮かんでいた。あの海鳥はどうなったのだろう。飛べるようになったのだろうか。

そのあと、天鵞絨と話した内容はよく憶えていない。わたしはたぶん調子よく、あそびにいくね、とか、親に買ってもらう合格祝いはパソコンにするよ、とか、いったような気がする。

うわの空だった。海鳥が、真っ黒なからだをみぎわに横たえ、波に揺すられている。

 

 

朝倉かすみ『ほかに誰がいる』

ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が……。憧れの“あのひと”への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。淡い恋心が暴走する衝撃の恋愛サスペンス。

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ほかに誰がいる

女友達への愛が暴走し狂気に変わる……衝撃のサスペンス

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朝倉かすみ

北海道生まれ。北海道武蔵女子短期大学卒業。二〇〇三年「コマドリさんのこと」で第三七回北海道新聞文学賞、〇四年「肝、焼ける」で第七二回小説現代新人賞を受賞。著書に、『田村はまだか』(第三〇回吉川英治文学新人賞、光文社)、『満潮』(光文社)、『てらさふ』(文藝春秋)、『植物たち』(徳間書店)、『平場の月』(第三二回山本周五郎賞、光文社)などがある。

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