ほかに誰がいる? わたしの心をこんなにも強くしめつける存在が。憧れのひと、玲子への想いを貫くあまり、人生を少しずつ狂わせていく16歳のえり。玲子――こっそりつけた愛称は天鵞絨(びろうど)――への恋心が暴走する衝撃の物語を、冒頭から抜粋してお届けします。ヤミツキ必至!大注目作家の話題作。
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11
初めから、考えてみる。
天鵞絨(びろうど)は、友だちのなかではわたしに最初に教えるのだといっていた。これはいい。これはわたしが天鵞絨にとって特別だという証拠だ。ここに至るまでの道のりを思い起こし、わたしは少々感慨にふけった。
天鵞絨がわたし以外のひとと話すのを見たり、あるいは考えたりしただけで、からだが内臓ごと捩(ねじ)れそうになったものだった。
捩れて絞り上げられた臓物が熱かった。きっと自然発火する。火は瞬く間に炎になり、脳天までのぼりつめ、髪の毛を焦がすにちがいなかった。
わたしの吐く息はなまぐさく、放置された魚のわたのようなにおいに思えてならず、ときに慌てて口をおさえたりした。
しかし、わたしは「わたしたち」を信じるべきなのだった。わたしと天鵞絨が、真に「わたしたち」になる日を信じ、その日がくるまで、自分にできることをひっそりとつづけるしかないのだ。
息をついた。わたしの顔に笑みがひろがる。
数々の試練を乗り越え、わたしと天鵞絨は、ようやくひとつになってきている。
パレットのなかでは、ふたつの色が適量の純水の力を借りて溶け合っている。品のいい灰色に仕上がりつつある。
大丈夫、と、わたしは、わたしたちにいう。天鵞絨の留学はたった一年ではないか。一年や二年なんて、永遠のなかでは指を鳴らすほどの短さだ。
うん、と、深くうなずいたものの、気になることがあった。
天鵞絨は両親と話し合ったといっていた。なぜ、両親なのだろう。母親だけで充分ではないか。天鵞絨は母親のふるさとで暮らしたくてアメリカにいくのだ。
わたしは天鵞絨の母親には一目おいていた。天鵞絨の父親は、かれの妻と関係を持っただけだ。妻に挿入し、いくばくかの運動をしたにすぎない。でも、母親と天鵞絨は確実に繋がっている。天鵞絨は、あの感じのいい母親の胎内で何十週かをすごし、この世に生まれてきたのだ。
繋がり、という点ではかなわないと思っている。「わたしたち」にとって、もっとも尊重すべきひとだと思っている。だって、かのじょがいなければ、天鵞絨はこの世にいない。それだと、わたしたちは出会えなかった。
ほかに誰がいる
女友達への愛が暴走し狂気に変わる……衝撃のサスペンス
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