とげとげ、もふもふ、まんまる、くしひげ、くびなが……。昆虫の概念がひっくり返る、279種のおかしな甲虫を厳選したビジュアルブック『とんでもない甲虫』(丸山宗利・福井敬貴著)が7月11日に発売です。
本書でも登場する「砂漠にすむゴミムシダマシ」に長年あこがれていた昆虫学者の丸山宗利さんは、2019年1月、ついに砂漠の国ナミビアへと採集旅行に出かけました。
本書の刊行を記念して、丸山さんのナミビア採集旅行記を連載でお届けします。
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砂漠のゴミムシダマシを追え!
前半の同行者である筒井さんといっしょに過ごせる時間も、残り少なくなってきた。
じつはここゴバビスの次はどこに行くのか決めていなかったのだが、ゴバビスにいるうちに、乾燥地の虫探しが楽しくなり、いっそのこと砂漠に行ってみましょうかということになった。
1月30日朝、ゴバビスを出発し、第1の目的地であるセスリムへと向かった。
しかし、移動距離が長い。移動距離は540キロ、7時間ほどの旅である。
首都ウィントフークをぬけ、途中でテントを購入。一路南東へと車を走らせる。
途中で舗装道路が切れ、砂利まじりのダート(未舗装地帯)となる。そのあたりは私がおもに運転したが、ダートの道を時速80キロくらいで飛ばすのがとても楽しかった。
とにかくどこを見まわしても雄大で、基本的にまっすぐな道の先に岩山や地平線がはてしなく続く。
途中、ハタオリドリの巨大な巣を見つける。ほとんど木のない荒涼とした場所にポツンと巣があり、なんとも絵になる風景だ。
観察すると複数の小鳥が一緒にすんでいて、ちょっとしたアパートのようになっている。
その後、ガレ場(大きな岩や石がごろごろしている斜面)でのトイレ休憩の際、足元にゴミムシダマシを見つける。
白黒のかわいらしい、脚の長いゴミムシダマシで、ごろごろとした岩のあいだを器用に走りまわっていた。
夕方近くにセスリムのキャンプ場に到着した。
さっそく夕食を準備しようと思って、あらかじめ買っておいたガスコンロをとりだすが、おどろくほど粗悪なもので、最初から壊れていた。
しかたなく、キャンプ場の売店で薪を買って燃やす。しかし風がつよいので、なかなか思うようにいかず、中途半端に火がとおったパスタを食べた。
夜に周囲を歩きまわると、丸まるとしてかわいらしいマエガミパッツンゴミムシダマシがいた。
頭のつけねに毛があり、前髪のようになっているのだ。探すとたくさんいる。
翌朝、起きてみると、私の大切な吸虫管(小さな虫を吸い取って採集する道具)がない。
小野さんによると夜中にテントのまわりをジャッカルが歩きまわっていたので、それがもっていってしまったのではないかという。
少しまわりを探すと、こなごなになった吸虫管が落ちていた。とくに使う予定もなかったが、愛着のある道具だったので悲しい。
しかも、私のテントの横に置いていた携帯充電用のコードが、ネズミと思われるものに噛みちぎられていた。さらに悲しい。
なんとか気をとりなおす。きょうは砂漠に出かける日だ。キャンプ場から砂漠に向かって車を走らせる。
砂漠のなかを80キロ以上の道がつづいているのだ。どこを見ても砂、砂、砂、砂。息をのむような風景が広がっていた。
1時間ほどで目的地の砂丘に到着。そしてそこを登る。
すでに陽が高くなりはじめ、猛烈に暑いが、それでも足元には小さなゴミムシダマシがいる。
おどろいたのは空の青さである。最初は目がおかしくなったのかと思ったが、本当に青い。
空気のきれいさと乾燥のためだという。
前のほうに目をむけると、はるか先の砂のうえに黒い点がうごいているのが見えた。
「ヒラタキリアツメだ!」
ナミブ砂漠を代表するゴミムシダマシのひとつである。
そう直感した私は、ふわふわの砂に足をとられながら、そこに走りよった。
44歳にして、これほどがんばったことがあっただろうか、というくらいにがんばって走った。そして手に取った。
「やっぱりヒラタキリアツメだ!」
夢がかなった瞬間である。
子供のころから夢がいろいろあった。幼稚園のころには好きなお菓子がいっぱいほしい。小学生のころには大きなクワガタをつかまえたい。
30過ぎに描いた、ささやかに思えるけど、ちょっとむずかしい夢がかなったのである。
『とんでもない甲虫』の撮影をこのころから進めていて、ヒラタキリアツメは出国前に標本を撮影したばかりだった。
しかし、生きた実物の美しさといったらない。あまりの美しさに、興奮して写真を撮る前に逃がしてしまった。
それから砂漠を歩きまわり、いくつかのゴミムシダマシを観察した。
また、砂のなかを泳ぐように走る、紡錘形の顔をしたトカゲもいた。こんなところにいろんな生き物がいるのか。
本では知っていたが、実際に現場をおとずれると、まったくちがう感動があるものだ。
きょうは次の場所に移動しなければならない。
ソリティアという場所へと向かう。160キロ程度の道のりである。途中の荒地でゴミムシダマシを観察したりして、夕方に到着した。
ここでもテントを張ることにした。ちなみにナミビアにはキャンプ場がたくさんあり、テントだけで旅をする人も多い。
もちろん有料だが、いろいろな設備や売店があるのがふつうである。
周囲はアカシアの大木がある疎林(そりん)で、歩きまわると、木の幹に大きなカミキリムシを見つけた。
巨大な大顎(おおあご)で、非常にかっこいい。私がとりわけ大きなオスを見つけて、2人に自慢した。
また、夜に灯火採集をすると、ゴバビスとはまたちがうライオンコガネが飛んできた。これもかわいらしい。
翌朝も移動である。どこに行くのか決めていないが、明後日には筒井さんが帰国となるので、ここソリティアから首都に行く途中の場所にしようということになった。
さらに、きょうまでに行ったことのない環境にしようということになり、ブルズポートというなにもない場所に、ポツンとある宿のひとつを選んで、その場でネットサイトで予約した。
日没ちかくに到着すると、あたり一面が美しい夕焼けだった。
岩がごろごろしている疎林で、じつに荒涼としている。
気さくな宿の主人が部屋を案内してくれたが、ネットがつながらないので、われわれの予約は見ていないという。
部屋はこぎれいだったが、なぜか天井がネットでおおわれている。
主人によると、天井裏に動物や鳥がすんでいるので、部屋に糞が落ちてこないようにだという。
ここはここで、これまでとちがう虫がたくさんいて楽しい。
とくにうれしかったのは、暗くなってから宿の周辺にあらわれたトゲトゲギスのなかまである。
手のひらほどもあって巨大だが、動きはにぶい。いじめると体液を飛ばして威嚇(いかく)してくる。
翌朝、宿の主人のところで朝食をいただく。
その後、庭を散歩していると、小野さんがコブスジコガネを見つけた。みんなでさがすと、たくさんみつかった。
地味な虫だが、ごつごつしてかっこよく、虫好きにはたまらないコガネムシである。
主人によると少し前まで天井裏にフクロウが巣をつくっていたそうで、フクロウの吐きだしたペリット(消化しきれなかった骨など)を食べるために集まっていたようだ。
筒井さんが連日の興奮のあまり、知恵熱のようなもので体調がいまひとつとなり、今日はそのまま首都のウイントフークのほうへ向かうことにした。
そして初日とおなじ宿にチェックインし、じゃんけんに負けた私のおごりのビールで乾杯し、筒井さんとの最後の夜を虫さがしで終えたのだった。
★うみねこ博物堂・小野広樹さんによるナミビア旅行記をこちらで同時公開! あわせてご覧ください。
とんでもない甲虫
『ツノゼミ ありえない虫』『きらめく甲虫』につづく、丸山宗利氏の昆虫ビジュアルブック第3弾!
硬くてかっこいい姿が人気の「甲虫」の中でも、姿かたちや生態がへんてこな虫を厳選。
標本作製の名手・福井敬貴氏を共著者に迎え、掲載数は過去2作を大幅に上回る279種!
おどろきの甲虫の世界を、美しい写真で楽しめます。
この連載では『とんでもない甲虫』の最新情報をお届けします。
●パンクロッカーみたいだけど気は優しい――とげとげの甲虫
●ダンゴムシのように丸まるコガネムシ――マンマルコガネ
●その毛はなんのため?――もふもふの甲虫
●キラキラと輝く、熱帯雨林のブローチ――ブローチハムシ
●4つの眼で水中も空中も同時に警戒――ミズスマシ
●アリバチのそっくりさんが多すぎる! ――アリバチ擬態の甲虫 など