とげとげ、もふもふ、まんまる、くしひげ、くびなが……。昆虫の概念がひっくり返る、279種のおかしな甲虫を厳選したビジュアルブック『とんでもない甲虫』(丸山宗利・福井敬貴著)が7月11日より発売中です。
本書でも登場する「砂漠にすむゴミムシダマシ」に長年あこがれていた昆虫学者の丸山宗利さんは、2019年1月、ついに砂漠の国ナミビアへと採集旅行に出かけました。
本書の刊行を記念して、丸山さんのナミビア採集旅行記を連載でお届けします。
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次の砂漠へ
2月3日は旅の前半の同行者・筒井さんが帰国する日であり、後半の同行者・白川さんが到着する日である。
筒井さんの出発は朝8時半の便なので、朝5時に宿を出て、空港へと向かう。
6時すぎに到着し、筒井さんは無事にチェックイン。
それから時間をつぶし、昼すぎに白川さんと空港で落ちあう。
筒井さんと白川さんはヨハネスブルグでのトランジットの時間が重なり、お茶したそうだ。
昨晩と同じ宿へ。到着すると、美しい2重の虹が出ていた。
砂漠に虹だなんて、なんとも素敵である。虹を眺めながらさっそくビールを飲む。
翌日からは海岸の砂漠地帯へ向かうことにした。北側の高速道路を経由し、約400キロの道のりである。
この付近は海岸に近づくほど乾燥するので、進むにつれ荒涼とした景色となる。
延々と地平線が広がり、まっすぐな道路が貫いている。木はほとんど生えていない。
夕方近くにウォルビスベイへ到着。軽く砂漠を下見して、スーパーマーケットで買い出しをして、自炊の宿にチェックインした。
宿には大きなゴールデンレトリーバーが3匹いて、門をあけるとそろって脱出してしまい、門番の人が大急ぎで追いかけていた。
なんだか悪いことをしてしまった。
ウォルビスベイに向かう途中から、小野さんの調子が悪くなっていた。連日の興奮で体力を使い果たしてしまったようだ。
熱があり、到着するとベッドに倒れこんでしまった。小野さんがいちばん来たかった場所のひとつだったのに、気の毒である。
翌朝から砂漠へ向かう。残念ながら小野さんはベッドから立ちあがれず、白川さんと2人で出かけることになった。
このあたりは保護区が入り組んでおり、注意ぶかく場所をえらんだ。
どこも砂漠なのであるが、場所ごとに微妙に表情がちがい、虫がいそうな場所と、そうでない場所とがある。
とりあえずあまり考えずに車を走らせ、途中途中で車を止め、虫をさがす。
目的はこのあたりにいるというキリアツメである。
しばらく走ると、砂の上に黒い点が走るのが見つかった。キリアツメである。
助手席から白川さんが下りて、さっそく写真を撮影していた。
私も車を降りてあたりを見まわす。ちょうど正午をすぎたあたり。
猛烈に風が強いが、あたりに点々とキリアツメがいるではないか。
そして、ものすごい速さで走っている。
前から見つけたかった虫を見つけるほどうれしいことはない。新種発見とはまたちがう感動がある。
標本は最近購入できたばかりで、それまで山口進さんの写真でしか見たことのない虫だった。嬉しい。
手に取ってみると、ものすごく脚が長くかっこいい。よく見ると、体表面にこまかい彫刻がある。
この種は、朝霧が出ると逆立ちのような体勢になり、霧を体で受けとめ、口に流れてきた水を飲むという習性がある。
おそらくこの体表面構造により、水がつきやすくなっているのだろう。
これも旅行前に標本を撮影したのだが、よく気づかなかった。生きているものを野外で見るのは違う。感動しつつ、まじまじと眺めた。
砂漠のなかには車が通ったあとがあり、おなじ場所を通るように慎重に進む。砂漠のまんなかで車が砂に埋まってしまったら大変である。
しかしそれでも、何度か深い砂に足をとられ、タイヤが空まわりすることがあった。背中に冷や汗をかいた。
砂漠に点々と、白い岩がタイル状に敷きつめられたような場所がある。
どうやら昔の水たまりの跡で、その底にたまった泥が長い年月で石化したもののようだ。見事な景色である。
また、砂漠の砂も一様でなく、風化した岩の成分のちがいによるものだろうか、斜面に美しい水彩画のようなもようがあり、心を奪われた。
翌朝はキリアツメが水を飲むところを見ようと、早朝の暗いうちから宿を出発した。
砂漠は良い感じに霧におおわれている。
そして、きのうキリアツメがいた場所で待機する。しかし、いつまでたっても現れない。
もともと観察がむずかしいとは知っていたが、一匹も現れないとは思いもよらなかった。
ようやく小野さんが復調しつつあり、午後からいっしょに出かける。
小野さんはキリアツメを見るのが夢だというのは知っていた。
だから、前日にたくさんいた場所に出かければ、きっと元気になってくれるだろうと簡単に考えた。
しかし物事はうまくいかない。きのうと同時刻、いくら砂漠を見まわっても、キリアツメのキの字もないのである。
どうやら、キリアツメをはじめ、砂漠の生きものが活動する条件というのは、微妙な気象条件に左右されるようだ。
考えてみればあたりまえだ。本当に厳しい時間に活動すれば、命にかかわるからだ。
気をとりなおして、砂漠を見てまわる。
砂漠で確実に虫を見つけるには、植物をさがし、その付近を見まわることである。
砂漠の奥の奥へ進んだ場所に、植物が点在する箇所があり、そこで虫をさがしてみる。
ここは知り合いの研究者が以前に来た場所で、断片的に聞いた情報から、奇跡的にたどり着くことができた。
着いてすぐ、その仲間が落としたと思われる採集用ピンセットを拾った。
砂漠の植物はどれも面白いかたちをしていて、それらを観察するだけで面白い。
とくに面白かったのがまん丸い果実で、事前に勉強していた小野さんによるとナラメロンというウリ科の植物で、この付近の原住民の人々のあいだでは貴重な食料のひとつだそうだ。
砂漠にもアリがいて、ここでも2種ほどを見かけた。
とくに目立つのは変わったもようのオオアリ属の一種で、熱い砂の上を歩いて餌を探していた。不思議なアリもいるものである。
アリはどこにでもいて、生活力の強さにはおどろかされる。
夕方になるとふわふわと飛ぶ昆虫がいた。オビゲンセイというツチハンミョウ科の甲虫である。
ナラメロンの葉を食べるようだ。つかまえると毒のある黄色い液体を出した。
ここでは、別のゴミムシダマシを期待したのだが、残念ながら見つけることはできなかった。
それから暗くなるまで待つ。夜行性のゴミムシダマシを探すためだ。
暗くなるやいなや、砂漠の表面に昼間とはちがった虫が現れはじめた。
いちばんたくさんいるのはエンバンゴミムシダマシである。
50円玉くらいの大きさで、円盤のような形がとにかくかわいらしい。それが点々と砂の上にいるのだ。
この種は砂漠に溝をほり、そこについた霧をなめる習性があるという。その様子も一度見てみたいものだ。
また、かわいらしいミズカキヤモリも砂漠の上を歩いている。
その名のとおり、水かきのような手足をしたヤモリである。
そうやっていろいろな生きものを観察し、夜遅くに宿へと戻った。
ところで海岸沿いの町であるウォルビスベイは海産物がおいしいそうで、小野さんが寝込んでいるときに一度、宿のすぐそばにあるレストランへ、白川さんとおいしいものを食べに出かけた。
さすがに新鮮で、たしかにおいしいものだった。
レストランの近くにはモモイロペリカンがたくさんいた。
レストランから捨てられる魚介類を食べているようだ。大きくて大迫力だった。
小野さんがキリアツメを見られなかったのは残念だったし、その他、いるはずのものが不発に終わった。
この場所に来るのはもうすこし早い季節がよかったようだ。
砂漠の虫を簡単に考えすぎていた。虫さがしというのは本当に奥が深い。
またナミビアに来る理由ができたものだと考え、次の場所へと移動することにした。
★うみねこ博物堂・小野広樹さんによるナミビア旅行記をこちらで同時公開! あわせてご覧ください。
とんでもない甲虫
『ツノゼミ ありえない虫』『きらめく甲虫』につづく、丸山宗利氏の昆虫ビジュアルブック第3弾!
硬くてかっこいい姿が人気の「甲虫」の中でも、姿かたちや生態がへんてこな虫を厳選。
標本作製の名手・福井敬貴氏を共著者に迎え、掲載数は過去2作を大幅に上回る279種!
おどろきの甲虫の世界を、美しい写真で楽しめます。
この連載では『とんでもない甲虫』の最新情報をお届けします。
●パンクロッカーみたいだけど気は優しい――とげとげの甲虫
●ダンゴムシのように丸まるコガネムシ――マンマルコガネ
●その毛はなんのため?――もふもふの甲虫
●キラキラと輝く、熱帯雨林のブローチ――ブローチハムシ
●4つの眼で水中も空中も同時に警戒――ミズスマシ
●アリバチのそっくりさんが多すぎる! ――アリバチ擬態の甲虫 など