人気フードスタイリスト・飯島奈美さんのエッセイ集『ご飯の島の美味しい話』より、試し読みをお届けします。意外と知られていない「フードスタイリスト」というお仕事の裏話をお楽しみください。最後には、レシピも掲載されています。
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「深夜食堂」の豚汁と温野菜の豆腐マヨネーズ
初めて連続テレビドラマに参加したのは、二〇〇九年の「深夜食堂」でした。
原作は私が以前から愛読していた大好きなマンガです。参加することになったきっかけは、映画「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン」でお世話になった松岡錠司監督に声をかけていただいたからです。想像していたドラマの現場というよりは、映画の現場と同じような感覚でした。
ドラマは全十話。松岡監督以外に三人の監督が演出しました。その中に、山下敦弘(のぶ ひろ)監督も参加していました。以前観た「天然コケッコー」がよかったので、ちょっと嬉しく、ミーハーな気分になりました。
撮影に入る前には、スタッフと打ち合わせを重ね、主人公のマスターを演じる小林薫さんに料理指導をさせていただきました。俳優さんは、たくさんの役を演じるからでしょうか、大切なポイントをすぐにつかむのです。マスターらしい姿勢や包丁さばきがいい形にキマるのです。渋いです。
そして、深夜ドラマは予算が少なく、工夫や節約を要求されます。食器などは、私が今まで溜めに溜めた、以前に定食屋や居酒屋の設定のときに使った皿や椀、丼を倉庫から出してきてセットに並べてもらいました。ごくたまにしか使わない食器も、こんな日がくるからなかなか処分できません。
撮影は、川崎にある会社の元研修所にセットが組まれ行なわれました。「汚し」も完璧。汚しとは(設定によって)まるで何年も、又は何十年もそこにあって、使い込んだかのようにセットに汚れを付けてなじませること。カウンター、キッチン、テレビ、クーラーの室外機、階段や地面など、約二週間で作ったものとは思えない、ほれぼれするなじみ方です。
まさに新宿ゴールデン街の一角にありそうな、マンガのイメージにぴったりの食堂ができていました。私たちも、作業場となるキッチンを作るために、施設の元事務所らしき一部屋を確保。冷蔵庫を置き、会議用のテーブル、事務机にビニールクロスをかけ、書類棚に食器や調理道具を並べ、完成させました。
食堂の定番メニューは豚汁定食だけで、あとはお客さんが食べたいものをマスターが作ってくれるという設定です。赤いタコウィンナー、猫まんま、ポテトサラダ、卵サンド、お茶漬けなどなど。そこに来るお客さんが、そのとき食べたいものや、好物を食べてホッとしたり、元気づけられたりする、すてきなエピソードばかりです。
ちょっとウラ話を。撮影のときは一日中、同じ料理ばかり食べるシーンが続いたりします。
例えば、バターライスの回。ここでいうバターライスとは、熱々のご飯にバターをのせて、溶けかけたところで醤油をたらして食べる料理です。軽く一膳食べるなら、とっても美味しいのですが、食べ続けるにはバターのこってりさが少し重くてつらいのです。そこで、醤油と酒を火にかけ、削り立ての鰹節を浸してからこし、おかか醤油を作り、セットに置いてある醤油と差し替えたりして、少しでも飽きずに食べられるよう、変化をつけたりしました。
撮影現場では、慌ただしく料理を仕上げながらも、じ~んと感動してしまったり。料理って栄養になったり、美味しいだけではないんですよね。味や香りで、人の記憶や思い出を蘇らせてくれるものなのだなぁと、しみじみ思いました。料理っていいな。
原作者の安倍夜郎さんも、現場に訪ねて来て、カツ丼を食べて喜んでくれました。
マンガでこのシーンを読んでいたときは、こんなことは想像していませんでした!
そして、いろいろな人に「ドラマよかったよ~」と、言ってもらえるのですが、その半面、苦情も多いのです。
深夜食堂というだけあって、このドラマは深夜の放送。「夜中にお腹がすいて困るよ~!」と、よく言われます。
今回は深夜食堂の定番の豚汁とともに、ヘルシーな野菜料理を紹介します。
深夜食堂の豚汁
豚汁はたくさん作って残っても、翌日がまた美味しいです。キムチやかきなど足して、うどんを煮ても合います。
材料(4~5人分)
豚薄切り肉 200g(3㎝幅)
A
- 大根 4㎝(いちょう切り)
- にんじん 1/2本(いちょう切り)
- しいたけ 2個(スライス)
- ごぼう 1/4本(ささがき)
- こんにゃく 1/3枚(ちぎって下茹で)
油揚げ 1枚(油抜きし細切り)
長ねぎ 2/3本(半分は5㎜、半分は小口切り)
里芋 2個(皮をむき一口大)
豆腐 1/2丁(水切りする)
ごま油 大さじ1
酒 大さじ2
出汁(かつおと昆布の合わせ。以下、出汁全て) 1200㏄
味噌 大さじ4~5(仙台味噌や信州味噌を合わせる)
みりん 小さじ1/2
醤油 小さじ1/2
作り方
- 熱した鍋にごま油をひき、豚肉を炒め、色が変わったら、Aを入れ炒め、酒を加え、フタをして弱火で4~5分蒸す。
- 出汁、油揚げ、味噌半量を加え、15分煮る。
- 長ねぎ(5㎜)、里芋、豆腐をちぎって加え、約15分煮る。仕上げに残りの味噌、みりん、醤油で味をととのえ、器に盛り、小口切りの長ねぎをのせる。
温野菜の豆腐マヨネーズ
野菜は白菜やヤングコーン、大根、カリフラワーなどなど何でも。少し固めに歯ごたえを残して茹でます。豆腐マヨネーズには、アンチョビやツナなどを入れて変化をつけても。
材料(4人分)
好みの野菜 約700g
- れんこん 1/2節
- さつまいも 1本
- ごぼう 1/3本
- にんじん 1本
- かぶ 2個
- ブロッコリー 1/2株
A
- 出汁 800㏄
- 粗塩 小さじ2
B
- 絹ごし豆腐 1/2丁(水切りする)
- マヨネーズ 大さじ2~3
- 粗塩 小さじ1/3
オリーブオイル 適量
黒こしょう 適量
作り方
- れんこんは皮をむき、大きければ半分にし、1㎝厚に切る。さつまいもは皮付きのまま1㎝厚に切る。ごぼう、にんじんも皮付きのまま食べやすい大きさに、かぶは葉を落とし6等分に切る。ブロッコリーは小房に分ける。
- 鍋にAを沸かし、固いものから順に入れる。ごぼうを入れ、5分煮たら、れんこん、にんじん、さつまいもを入れ、さらに3~4分。かぶを加え、さらに1~2分して、ブロッコリーを加え、火を止める。しばらく浸してなじませておく。
- ボウルにBを入れ、ゴムベラでなめらかにつぶして混ぜ、器に入れる。オリーブオイルをまわしかけ、黒こしょうを粗くひく。
- 皿に汁気を軽く切った野菜を盛る。3の豆腐マヨネーズを付けて食べる。
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ご飯の島の美味しい話
フードスタイリストとして、数々の映画、ドラマ、CMで活躍する飯島奈美さん。映画「かもめ食堂」でその仕事を知られるようになってから、現在まで、様々な現場でどのような思いで料理を作り続けてきたか。その時々の料理の裏話とともに、日々の出来事を綴った、ユーモアと温かさと誠実さに満ちた、初めてのエッセイ集。 揚げバナナ、タイ風鶏鍋、ミャンマーサラダ、深夜食堂の豚汁、トマトカルボナーラ、しらすとチーズのトースト、豚肉のポッサム、梅酢から上げ、白菜の漬物鍋、ネギとお揚げのとろみうどん、豆腐のあんかけご飯 ほか、今すぐ作りたくなるオリジナルレシピ、51品付き。