人気フードスタイリスト・飯島奈美さんのエッセイ集『ご飯の島の美味しい話』より、試し読みをお届けします。意外と知られていない「フードスタイリスト」というお仕事の裏話をお楽しみください。最後には、レシピも掲載されています。
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トマトカルボナーラとミントショコラ
「あの雑誌の一ページを開けていなかったら、今頃何をしていたかな」
仕事や人との出会いに恵まれるたびに、フードスタイリストを目指した頃が思い出されます。
「オレンジページ」で「フードコーディネーター」という職業があることを知りました。こんな美味しそうなページに関わりたい! と、フードコーディネーターを目指し、運よくアシスタントにつくことができたのは、二十一歳のときでした。主な仕事はテレビCMや広告、スーパーのチラシなどの撮影で、器を考え、料理を提案し、作って盛りつけカメラ前にセッティングすることで、まずは、そのお手伝いからでした。先生がコーディネートする食器に感激したり、見栄えのする料理の盛りつけ方を学んだりしました。毎日が初めて経験することばかりで楽しく、その半面知らないことだらけで、失敗しては叱られて落ち込んだりしながら、無我夢中の日々でした。
特にびっくりしたのは、撮影現場には、聞いたこともない専門職があることでした。
「湯気屋さん」と呼ばれる人は、私たちが作る料理に、お手製のボイラーを改良した器具で、ホカホカの湯気を足してくれます。
「シズル屋さん」は、ビールやウィスキーほか、飲み物に、水滴や泡、氷を足して、美味しさを表現します。
「仕掛け屋さん」もいます。例えば同じ場所に、決めたタイミングで卵を落とすために、世界に一つしかない装置やシステムを作り出します。私の仕事も同じく、専門職なのだと意識することができました。
大勢のスタッフやクライアントが期待し、見つめる中、偶然の美味しさを狙うのではなく、成功の確率を上げるために、食材、道具の性質、作用や現象、原理を考えていくようになったのです。
そして、先生が担当していた伊丹十三監督の映画撮影の現場をお手伝いし、経験することができました。エキストラがたくさん出演する中華料理店のシーンでは、テーブルの管理を兼ねて、ウェイトレスとして出演したこともありました。伊丹監督のイメージを具現化するために、全てのスタッフが誠心誠意、持てる力を尽くしていると感じる現場でした。
二十八歳で独立しました。自分の力を試したいと思い、独立を決めたものの、不安でいっぱいでした。仕事がなければ、以前から気になっていた屋台のコーヒー屋さんを始めようかと、本気で考えてもいました。なんとか仕事が徐々に入ってきて、ホッとしたのも束の間、スケジュールが入っている日に限って、そこばかり問い合わせが来て、落ち込んだこともありました。これではいけないと、あるときからこう思うようになりました。「その仕事を受けられないのには理由がある。断っても、きっといつか、ベストでできるタイミングで声をかけてもらえる。そのときはがんばろう!」と。そう思うようになり(むりやりですが)、それを実感するようなことがあったりして、前向きな気持ちになれました。
そして今思えば、受けることができてよかったと思えた仕事がパンのCMでした。小林聡美さんとのお仕事。それをきっかけに、「かもめ食堂」「めがね」に参加させていただくことができました。この二つの映画にたずさわることで、たくさんの出会いがあったのですが、このことは次の機会にお話しします。
今回ご紹介するのは「トマトカルボナーラ」と「ミントショコラ」です。このレシピは独立後間もない頃、小冊子の料理ページを担当していたときに考えました。そのときはミントショコラをバニラアイスクリームにかけて、イタリアのデザート「カフェ アフォガート」風にしました。今回は温かい飲み物にアレンジしてみました。トマトのカルボナーラは、当時は生クリームを入れて作っていました。トマトソースが大好きなので、こってりしたカルボナーラを飽きずに食べられるようにプチトマトを入れてさっぱり感を出しました。以前イタリアへ旅行に行って食べたカルボナーラが日本の卵かけご飯のようにすごくシンプルで美味しかったです。クリームなしでも美味しいです。
トマトカルボナーラ
ベーコンの代わりに赤唐辛子1~2本で作るとHOTなカルボナーラに。その場合は黒こしょうを控えめに。
材料(2人分)
スパゲティ 160g
プチトマト 8~10個
ベーコン 50g
にんにく 1/2片
オリーブオイル 大さじ1
A
- 卵 2個
- 卵黄 1個分
- 生クリーム 大さじ2(なくてもOK)
- パルメザンチーズ 大さじ3~4
- 粗びき黒こしょう 少々
粗塩 適量
粗びき黒こしょう 好みで
作り方
- プチトマトはへたを取り、縦半分に切る。ベーコンは1㎝幅に切る。にんにくはスライスする。Aを混ぜ合わせておく。
- フライパンにオリーブオイル、にんにくを入れ、弱火にかけ、香りが出て色づいたらベーコンを入れ、炒める。
- 1000㏄に対して、10gの粗塩を入れたたっぷりの湯で、スパゲティを茹で始める。
- 2のフライパンにプチトマトを入れ、中火で2~3分炒める。3の茹で汁大さじ2を加え、全体がなじんだら火を止める。
- 茹で上がったスパゲティの湯を切って、4に加え、全体を混ぜたらAを加え混ぜ、味をみて、薄ければ粗塩やチーズで味をととのえる。ソースがゆるければ弱火にかけてとろみをつける。器に盛り、好みで黒こしょうをかける。
ミントショコラ
フレッシュなミントの風味がさわやか。ミントがなければ仕上げにおろし生姜を加えても意外な美味しさ。
材料(2人分)
牛乳 300㏄
チョコレート 60g
ココアパウダー 大さじ1
グラニュー糖 大さじ1/2
ミント 軽くひとつかみ(飾り用に少し取っておく)
生クリーム 適量
作り方
- チョコレートは刻んでおく。
- 鍋に牛乳、ミント、グラニュー糖を入れ、中火で温める。沸騰寸前になったら火を弱めミントを取り出す。
- 2にチョコレート、ココアパウダーを入れ、泡立て器でしっかり混ぜ、煮溶かし、火を止める。
- カップに注ぎ、ホイップした生クリーム、ミントを飾る。
ご飯の島の美味しい話
フードスタイリストとして、数々の映画、ドラマ、CMで活躍する飯島奈美さん。映画「かもめ食堂」でその仕事を知られるようになってから、現在まで、様々な現場でどのような思いで料理を作り続けてきたか。その時々の料理の裏話とともに、日々の出来事を綴った、ユーモアと温かさと誠実さに満ちた、初めてのエッセイ集。 揚げバナナ、タイ風鶏鍋、ミャンマーサラダ、深夜食堂の豚汁、トマトカルボナーラ、しらすとチーズのトースト、豚肉のポッサム、梅酢から上げ、白菜の漬物鍋、ネギとお揚げのとろみうどん、豆腐のあんかけご飯 ほか、今すぐ作りたくなるオリジナルレシピ、51品付き。