人気フードスタイリスト・飯島奈美さんのエッセイ集『ご飯の島の美味しい話』より、試し読みをお届けします。意外と知られていない「フードスタイリスト」というお仕事の裏話をお楽しみください。最後には、レシピも掲載されています。
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出汁は深い
和食の基本は、やっぱり出汁だと思います。最近は、顆粒やパックの出汁もいいものがたくさんあるので、必ずしも毎日自分でとらなくてもいいのかもしれないけれど、ちょっと気合いを入れて「今日は和食を作るぞ」っていうときには、ちゃんととってほしいな、と思います。出汁を一からとると、まず香りが部屋に充満する。お客さんが部屋に入ったときに、やわらかくて美味しそうないい香りがして、食欲をそそるんだそうです。湯気がふわっと上がって、ただのお湯が出汁に変わっていく、そういうのを見て、匂いで感じるだけで、和食の美味しさ、喜びが味わえると思います。
私はプライベートでもお仕事でも、必ず出汁はとります。基本のとり方は、まず昆布を水に入れて三十分以上おいてから弱めの火でじわじわ温めます。時間があるときは沸騰したら弱火にして三十分ほど煮出します。そして必ず味見をします。昆布を取り出して、85~90℃前後で鰹節を入れ、二~三分でこします。
きちんと出汁をとっていると、それだけで美味しいからシンプルに料理を仕上げられます。そして、一口に出汁と言っても、煮干し、鰹節、昆布に始まって、精進料理用の干ししいたけ、大豆、小豆、そして生の野菜からとる出汁まで、いろいろあるんです。
そんな出汁の深い世界を改めて勉強したいと思い、築地に出かけました。場外で目についたのは老舗の乾物屋さん「寿屋商店」。場内で魚屋を始めて六代目、この場外のお店は六十年あまり経っているそうです。店頭には、煮干し、焼干しだけでも、鰯に始まって、小鯛、アゴ、のどぐろなど、たくさんの種類が山盛りです。ここのご主人には、煮干し、鰹節、昆布の「家族の組み合わせ」が大事だということを教えてもらいました。例えば、四回以上カビ付けした本枯れの鰹節がお父さんだとすると、お母さんは昆布、もうちょっとプラスしたいときは煮干しを少し。九州の方だと、ここぞというときにはアゴの煮干しがメインでお父さん、昆布がお母さんで、プラスアルファの部分では本枯れでなくて荒節という、カビ付けしないで作る、優しい鰹節。出汁というのは強弱の組み合わせで、何を引き立たせるかっていう優先順位みたいな、相乗効果が大事。どれも強すぎるとケンカしちゃうんだそうです。
また、片口鰯のオーソドックスな煮干しでも、値段にとても差がありました。ご主人が「良し」としているものでも、五百グラム千百円、千四百円、千七百三十円と三段階。一番安いの(とはいってもいいお値段)でも美味しかったけれど、苦みだとか塩分がちょっと感じられるような、でも煮干しってそういうものかな、という味でした。ところが、ご主人が「九十点以上」と太鼓判を押す高い煮干しは、旨味が強くて、嫌な塩分や苦みをまったく感じません。しかもこれは水に三時間浸けるだけで戻るそうです。ぶよぶよに伸び切る前に取り出して、生姜と梅や、生姜と醤油で甘辛く煮たりできる。鰹節は出汁をとったあとにふりかけみたいにして使うことはあるけれど、煮干しをそういうふうに再利用したことはあまりありませんでした。今度、自分なりのレシピで試してみたいと思います。いい煮干しは、苦みがないから頭や腸(はらわた)を取らずに使えるので、結局安い煮干しより美味しいだけじゃなくお得なんだよ、ともご主人は言っていました。
煮干しは、野菜などと一緒に煮てしまえば取り出す必要がないので、そこも便利。例えば、切り干し大根とにんじんと小さいいりこを一緒に水から煮て、あとは醤油と砂糖で味付けするだけ。そして、いりこも一緒に食べてしまえばいいんです。ひじきといりこを一緒に煮てもいいですね。
また、出汁をとるにも煮干しが一番扱いやすいと思います。せっかくだからちょっといい煮干しを昆布と一緒に一晩、水に入れてから火にかけます。沸騰直前に昆布を取り出して、煮干しは入れたままにしておくなら、ぐらぐらさせず、ちょっと火を弱めてコトコトと。その煮出す時間は味をみて決めます。結局出汁をとるときはその都度味をみないと、ちゃんととれてるかとれてないか分からないんです。昆布も種類によって、あ、このあいだ買った昆布は結構出たけど、今回は出るのが遅いな、というのがあったりします。そうしたらもう少し浸し時間を長くしたり量を増やしたりしないといけない。煮干しと昆布でとるときも、沸かす前に飲んでみて、もしかしてこのままこして使えることもあるかもしれないし、一回沸騰させてこした方がいいかな、という場合もあります。とにかく、煮干しや昆布、鰹節の種類や状態によって違うので、味見が大事です。そして、いいものを使えば絶対美味しくできるから、いいもの、自分好みのものを探すことも大事だと思います。
乾物屋さんに続いて向かったのは、鰹節の「秋山商店」。ここでは店頭で削り立てを買うことができます。木箱にふわっふわの削り節がたっぷり入っていて、外国人の観光客が興味深げに味見させてもらったりしています。
血合い抜きと血合いの入った削り節が並んで置かれているのですが、色からしてかなり違います。私も味比べをさせてもらいました。血合いがあると、雑味というか酸味が感じられるけど、力強い味がします。お味噌汁など普段使いにはこれで十分美味しい。スーパーで一般的に手に入る花削りなどは血合い入りです。血合い抜きは少し高いのですが、優しい繊細な旨味を感じます。お吸い物とかお正月のお雑煮とか、上品に野菜を炊きたいときなど、特別なものを作りたいときはこちらがおすすめです。築地では五百グラム単位で鰹節を買うことができるので、大量に作る撮影のときなど重宝しています。余った分は空気を抜いて冷凍すれば、削り立てに近い状態で使えます。常温で保存すると、特に血合いのあるのは酸化して酸っぱくなってしまうし、色も削り立てのピンクから黄色というか茶色っぽくなってしまいますから、ぜひ冷凍保存してください。
鰹出汁をそのまま飲むというのも、最近流行っているみたいですね。「飲む出汁」のティーバッグなどもよく見かけます。鰹節・出汁の老舗、日本橋のにんべんの「だし場」では、一杯百円ずつで鰹出汁と鰹昆布出汁を飲むことができるんです。飲み比べると、鰹出汁に昆布をちょっと入れただけで、全然違うのが分かります。相乗効果ですね、旨味がわーっと増える感じです。また、塩や醤油を自由に入れられるのですが、これもちょっと塩を足すだけでぐっと分かりやすく美味しくなる。塩分もとれるし、夏場にお茶代わりに飲んでもいいなと思いました。
本格的な精進料理では、魚介類は一切使わず、昆布のほかに干ししいたけ、干瓢(かん ぴよう)や豆類から出汁をとります。お米を炒(い)って、出汁を煮出したあとに追い鰹みたいに香り付けで入れたりすることも。干し野菜はかなり旨味があっていい出汁が出るんです。特に切り干し大根の戻し汁は甘味料にも使えるくらい甘いし、干ししいたけは時間をかけて戻すと、汁はもちろんしいたけ自体もものすごく美味しくなります。干し野菜は旨味が凝縮されているんですね。精進出汁で野菜を炊くと、魚介の出汁で炊くよりも素材の旨味、甘みをひき出してくれると思います。また、ごまやくるみと味噌をすって精進出汁でのばしてうどんのたれにすると、とても美味しいんです。
以前、けんちん汁の出汁比べをしたことがありました。鰹昆布出汁と昆布だけの出汁でけんちん汁を作ったのです。同時に食べると、鰹昆布出汁の方が旨味が強いから一瞬、こちらの方が美味しいと感じます。でも食べすすめると昆布だけの出汁の方が、だんだんに野菜自体の味が感じられるようになって、大根の甘みやにんじんの味がはっきり見えるようになるんです。鰹昆布出汁だと全体が美味しくなってるけど、昆布だけの方が野菜の旨味が一つ一つ感じられるように思います。乾物屋さんのご主人が言うように、なんでもかんでも旨味を強くすればいいってものじゃないんだな、ということが分かりました。美味しさをひき出すのは「相性」なんですね。
出汁は乾物からとる、というのが常識だと思っていましたが、実は生の野菜からとることもあるのを最近テレビで見て知りました。それは、じゃがいもで出汁をとる長野の「おにかけうどん」。じゃがいもを三、四個、たわしで土を落としてから、水をひたひたにして皮付きのまま丸ごと茹でる。ポテトサラダでも作るのかな、っていう感覚で。火が通るまで三十分くらい茹でたら、じゃがいもを取り出して(それはそれで別に使います)、その茹で汁に醤油とみりんを入れてうどんのつゆにして食べるんです。確かにじゃがいもの茹で汁って土っぽいというか、独特の風味、香りがありますけど、茹で汁が出汁になるって、私にはかなりのインパクトでした。調べてみたら、その茹で汁を出汁として味噌汁を作る人もいるそうです。油揚げと玉ねぎを入れて、卵でとじたりして。美味しそうですね。また、アスパラガスも出汁になるんです。あるとき京都の料理屋さんでご主人に「これなんの出汁だと思う?」って飲ませてもらったのが、鰹でもないし昆布でもない、飲んだことがないけどすごく旨味があって美味しかった。それは、ホワイトアスパラガスの皮の固いところを削って煮出した汁でアスパラ本体を茹でて、その茹で汁に塩をちょっと入れたものでした。その汁(アスパラの皮を煮出した旨味の汁)でアスパラを茹でると、アスパラの旨味が逃げず、逆にアスパラに旨味が戻るみたいでとても美味しいのです。それを知って以来、リゾットに入れるときなど、斜めに切って生のまま入れて、アスパラの出汁をとるようにしています。
出汁といっても、本当に種類はいろいろ。昆布と鰹と決めつけないで、いい煮干しを水に浸しておくだけとか、いりこにしてみようとか、干し野菜の戻し汁を出汁にするとか、気軽にいろいろ試してもらいたいです。そうそう、小さな瓶に醤油と鰹節、昆布の小さいのを一枚入れておくと、即席出汁醤油ができます。キンピラを作るときなどにちょっと入れてみると、簡単に旨味が加わります。わざわざ鰹出汁をとって加えなくても、それでいいんです。冷蔵庫に入れておけば結構保ちます。そういうことから、出汁を身近に感じて、自分でとることを億劫がらずにやってみるのもいいと思います。
合わせ出汁のとり方
材料(作りやすい分量)
鰹節 15~20g(濃いめは25g)
昆布 約5g
水 1000㏄
作り方
- に水と昆布を入れて30分おく。
- 弱めの中火にかけて、沸騰寸前(70~80℃)で昆布を取り出し、85~90℃になったら、火を弱め、鰹節を加える。アクを取り、火を止めて、1~2分経ったらこす。
煮干し出汁のとり方
材料(作りやすい分量)
昆布 5g
煮干し 20尾
水 1000㏄
作り方
鍋に水と昆布と煮干しを入れて3時間おく。
豆腐のあんかけご飯
材料(2~3人分)
絹ごし豆腐 1丁
合わせ出汁 500㏄(昆布と鰹節)
粗塩 小さじ1
片くり粉 大さじ1
水 大さじ2
卵 2個
茹でた小松菜 適量
おろし生姜 適量
ご飯 茶碗2~3杯
作り方
- 鍋に出汁、粗塩、短冊にした豆腐を加える。沸騰したら、水溶き片くり粉でとろみをつける。小松菜、溶き卵を加え混ぜる。
- お茶碗にご飯をよそい、1をかけて、おろし生姜を添える。お茶漬け感覚で。わさびや粉山椒などをのせても。
煮干しの梅煮
材料(作りやすい分量)
出汁をとったあとの煮干し 20尾
煮干し 2尾
A
- 水 150㏄
- 薄口醤油 大さじ1
- 砂糖 小さじ1
- 梅干し 1個
作り方
鍋に出汁をとったあとの煮干しと煮干し、Aを入れて、弱火で煮汁が少なくなって味がなじむまで煮る。
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ご飯の島の美味しい話
フードスタイリストとして、数々の映画、ドラマ、CMで活躍する飯島奈美さん。映画「かもめ食堂」でその仕事を知られるようになってから、現在まで、様々な現場でどのような思いで料理を作り続けてきたか。その時々の料理の裏話とともに、日々の出来事を綴った、ユーモアと温かさと誠実さに満ちた、初めてのエッセイ集。 揚げバナナ、タイ風鶏鍋、ミャンマーサラダ、深夜食堂の豚汁、トマトカルボナーラ、しらすとチーズのトースト、豚肉のポッサム、梅酢から上げ、白菜の漬物鍋、ネギとお揚げのとろみうどん、豆腐のあんかけご飯 ほか、今すぐ作りたくなるオリジナルレシピ、51品付き。