

本屋は、基本的には〈うるさい〉場所である。それは何も、店のなかで騒いでいる人がいるということではなく、1冊の本が内包する声が店のそこかしこから聞こえてくるため、心を乱されてしまう力だってあるということだ。
しかし、そのような人の内面に語りかける声はあるにせよ、多くの本屋では静けさが保たれている。Titleでも話しながら店に入ってきた人たちが、入店した瞬間に黙りこんでしまう光景をよく見かける。並んでいる本を目にすると、自然と人は口をつぐんでしまうようだ。
本のもつそのような両義性を、かねてから面白く思っていたのだが、先日建築家の堀部安嗣さんに話をうかがう機会があり、そのとき読んだ本のなかに、我が意を得たりということばを見つけた。
「今の時代、図書館の最も重要な役割は街で浴びた情報から自らを避難させ、情報を洗い落とすところにあるといっていいかもしれないし、今後そのような役割が重視されてゆくような気がする」
(松原隆一郎 堀部安嗣『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』新潮社)
社会経済学者である松原隆一郎さんの、「1万冊の本と仏壇を収める書庫を設計してほしい」という求めに対し、堀部さんはコンクリートのなかに2本の円柱をくり抜くという離れ技で応じた。その工法は、静謐でありながら機能的な空間を実現させたのだが、この本ではそれを発展させた図書館のプランが提示されている。
何もしていなくても、スマートフォンから大量の情報が入ってきてしまう現在では、自らの体を別の論理で動いている場所に置かないと、意識しなくてもその情報と体が勝手に繋がってしまう。本屋に並べられた1冊の本自体、1つの情報ではあるのだが、それは同時に遠い過去や異国から届いた声でもあって、直接〈いま・ここ〉に根差すものではない。
遠いところから聞こえてくる声を聞くとき、人は自然と心を鎮め、そこに向けて体全体を傾ける姿勢になる。古典と言われる本が意識的に並べられている店では、表層を漂う情報は遮断され、これまで人間が積み重ねてきた時間に根ざした力が働くため、人は自然と「本来のその人」に帰っていく感覚に陥るのである。
この社会でたえず〈ことば〉に晒され疲れたなと思ったら、ひとり本屋に行くことをおすすめする。同じことばであってもまったく違う質の体験が、そこにあるからだ。
*次回の「本屋の時間」は9月1日の更新予定です(夏休みのため、一回休載します)。
今回のおすすめ本
『ランベルマイユコーヒー店』オクノ修・詩 nakaban・絵 ちいさいミシマ社
京都の珈琲店・六曜社のマスターにてシンガーソングライター、オクノ修の名曲に魅せられた画家は、いつかその美しい歌を絵に描きたいと望んでいた。夜が明け朝が来て、街にはコーヒーの香りが立ち込める。大切な時間を描きこんだ、それ自体が詩のような一冊。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年3月14日(金)~ 2025年3月31日(月)Title2階ギャラリー
漫画家・上村一夫が1974年に発表した短編集『あなたのための劇画的小品集』の復刊にあたり、当時の上村作品を振り返る原画展を開催します。昭和の絵師と呼ばれた上村一夫は、女性の美しさと情念の世界を描かせたら当代一と言われた漫画家でした。なかでも1972年に漫画アクションに連載された「同棲時代」は、当時の若者を中心に人気を集め、社会現象にもなりました。本展では、『あなたのための劇画的小品集』と同時代に描かれた挿絵や生原稿を約二十点展示。その他、近年海外で出版された海外版の書籍の展示・販売や、グッズの販売も行います。
◯2025年4月5日(土)~ 2025年4月22日(火)Title2階ギャラリー
大江満雄(1906-91)は、異なる思想を持つさまざまな人たちと共にありたいという「他者志向」をもち、かれらといかに理解し合えるか、生涯をかけて模索した詩人です。その対話の詩学は、いまも私たちに多くの示唆を与えてくれます。
Titleでは、書肆侃侃房『大江満雄セレクション』刊行に伴い、著作をはじめ、初公開となる遺品や自筆資料、写真などを紹介する大江満雄展を開催します。
貴重な遺品や私信に加え、大江が晩年「風の森」と名付けて、終の棲家とした家の写真パネルなども展示。本書収録の詩や散文もご紹介します。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。