とげとげ、もふもふ、まんまる、くしひげ、くびなが……。昆虫の概念がひっくり返る、279種のおかしな甲虫を厳選したビジュアルブック『とんでもない甲虫』(丸山宗利・福井敬貴著)が好評発売中!
本書でも登場する「砂漠にすむゴミムシダマシ」に長年あこがれていた昆虫学者の丸山宗利さんは、2019年1月、とうとう砂漠の国ナミビアへと採集旅行に出かけました。
本書の刊行を記念して連載でお届けしてきた、丸山さんのナミビア採集旅行記。ついに最終回です!
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旅のおわりはちょっと豪勢に
いよいよ旅もおわりに近づいてきた。
2月12日の朝8時、昨晩小野さんにしかられて、気まずい雰囲気のオーナーの息子に別れを告げ、ツメブの宿をあとにした。
途中、シロアリの塚の前で記念撮影。
今日の目的地はロシア人の友人に強くすすめられた宿で、空港からほど近いホヘワルテというサバンナのまんなかにある。
すばらしい宿とは聞いたが、ちょっと高い。1人1泊2万円近くかかり、これまでの2倍以上である。とりあえず1泊することにした。
16時くらいに到着。見るからにおしゃれなホテルである。まずはパンケーキと紅茶でお出むかえしてくれた。
それからチェックイン。内装もすばらしく、サバンナのまんなかにあるとは思えない。
しかも、玄関から一面のサバンナを見わたすことができる。
たしかに高級・高額ではあるが、この宿泊料には食事もふくまれている。それがまたすばらしかった。
メインはオリックスのステーキで、肉が大好きという白川さんは何枚もおかわりしていた。
その晩は、車から電気をとって、玄関からはなれた場所で灯火採集をすることにした。
宿の敷地は有刺鉄線と、電気のとおった高い柵にかこまれていて、セキュリティは万全である。ただそれでは虫さがしにならないので、カギを借りて外に出た。
サバンナにはいろいろなゴミムシダマシが歩いていて、雨の直後であれば最高だっただろうと思わせた。
それから敷地に戻り、宿の灯火を見まわる。LEDだが、ここも周囲になにも灯りがないので、とてもたくさんの虫が集まっていた。
うれしかったのは大きなヒゲブトオサムシで、たくさんの個体を見つけることができた。
そのほか、ライオンコガネや、いろいろな大きさのダイコクコガネもうれしいものだった。
翌朝、玄関の灯りにきれいなヤママユがとまっていた。
この日は町へ、みやげ物を買いにでかけることにした。
途中の検問では、あまりに車がよごれていたため、非常に怪しまれたのだが、白川さんが愛想よくあしらってくれ、めんどうな荷物検査などは避けることができた。
街中にはたくさんのみやげ物店があり、私はヤマアラシのトゲやライオンゴロシの種、ゾウの木彫りなどを購入した。
その日は、空港から少しはなれ、やや町に近い場所にあるホテルへ泊まることにした。
この旅行記では書ききれていないが、砂漠やサバンナでの虫さがしにもかかわらず、今回は本当にたくさんの虫を見つけてきた。
ここへきて、ホヘワルテのリゾート気分がすばらしかったこともあり、もう虫はいいので、最後にぜいたくをしようということになった。今度もおなじくらい高級なホテルである。
延々とサバンナのなかを進むと、いきなりホテルのゲートがあった。
そして着くなり、何人ものボーイがびっくりするくらい丁重に出むかえてくれた。ヒマな息子がナンパをくわだてるホテルとは大ちがいである。
そしてコテージに通される。シンプルで広々とした部屋である。
ひと息ついてベランダに出ると、そこにはおどろくような風景が広がっていた。
地図ではよくわからなかったが、雄大な峡谷(きょうこく)のなかにあるホテルだったのだ。
しつこいくらいにナミビアの絶景のはなしをしてきたが、それが間近に見られるとは、これはこれで大感激である。
一瞬虫さがししようかとも考えたが、そういう雰囲気の宿ではなかった。
レストランのテラスでビールやワインを飲みながら、今回の旅行がいかに楽しかったかを3人で語りあった。
そしてしばらくするとあちこちから歓声があがった。すばらしい夕日である。
また、食事も奮発して注文した。各自、魚や肉をたのんだのだが、最後にアイスクリームのフライが出てきた。おしゃれ。
これまでに100回近く虫さがしの海外旅行をしてきたが、だいたいは大衆的な食事で、きのうにつづき、こんなおしゃれな食事はめったにないことである。
その晩は、一応、ベランダで水銀灯をともしたが、ものすごい強風で、虫どころではなかった。
それでもヤママユや立派なカマキリなどが飛来した(結局は虫をさがしている)。
また、白川さんが社員販売で買ったというニンテンドースイッチを持ってきてくれていて、それでマリオカートをやるのも毎晩の楽しみだった。
最後のほうにはプロよりも私のほうがうまくなっていたというのは自慢である。
帰国は15日であるが、早朝の便のため、前日の14日にレンタカーを返す必要があった。長旅につきあってくれたランクルとお別れである。
その日は街中のホテルに泊まり、海鮮料理を食べて、翌日の早朝にナミビアをあとにした。
最後にこの旅行の、虫以外の雑感をまとめたい。
ナミビアはアフリカのなかではかなり治安のよい国として知られている。人々はみな親切で気さくである。
しかしそれでもアフリカである。街中は東南アジアのような気楽な感覚では歩けない。今回も、知らずに立ちよった場所で、かなり物騒な雰囲気のところもあった。
いっぽうで、スーパーマーケットの品ぞろえなどを見ると、先進国そのものという雰囲気もあった。
じっさいには黒人貧困層が人口の圧倒的多数を占めているが、白人が経済のたいせつな部分をにぎり、彼らのための先進的な文化が存在しているためである。
いずれにしても、私たちのように、幹線道路をとおりながら、大きな町をめぐるような旅をしているかぎり、治安を心配するようなことはないだろう。
また道路はかなり整備されており、悪路というものにはまったく出会わなかった。この点もアフリカとしては驚異的である。
そして、ホテルは全般に高いが、各地に無数のキャンプ場があり、そこを渡りあるく観光客も多いという。
今回は数泊しかできなかったが、次はキャンプの旅もおもしろいのではないかと思っている。
最後にも、しつこいくらいにくり返すが、なによりも風景の雄大さはナミビアいちばんの魅力ではないかと思う。
ふしぎなことに、雄大な景色はずっと見ていても飽きないものである。それが場所や時間ごとにちがった顔をみせてくれるのだからたまらない。
観光客の多くは景色が目あてだというが、それがよく理解できる旅であった。
白い砂漠、濃く青い空、手がとどきそうな満点の星空、そしてゴミムシダマシ……。
明日からでもまた行きたい。
〈完〉
★うみねこ博物堂・小野広樹さんによるナミビア旅行記をこちらで同時公開! あわせてご覧ください。
とんでもない甲虫
『ツノゼミ ありえない虫』『きらめく甲虫』につづく、丸山宗利氏の昆虫ビジュアルブック第3弾!
硬くてかっこいい姿が人気の「甲虫」の中でも、姿かたちや生態がへんてこな虫を厳選。
標本作製の名手・福井敬貴氏を共著者に迎え、掲載数は過去2作を大幅に上回る279種!
おどろきの甲虫の世界を、美しい写真で楽しめます。
この連載では『とんでもない甲虫』の最新情報をお届けします。
●パンクロッカーみたいだけど気は優しい――とげとげの甲虫
●ダンゴムシのように丸まるコガネムシ――マンマルコガネ
●その毛はなんのため?――もふもふの甲虫
●キラキラと輝く、熱帯雨林のブローチ――ブローチハムシ
●4つの眼で水中も空中も同時に警戒――ミズスマシ
●アリバチのそっくりさんが多すぎる! ――アリバチ擬態の甲虫 など