昨春刊行の小説『ありえないほどうるさいオルゴール店』が「新たな代表作!」と話題を呼んだ、瀧羽麻子さん。
待望の新作長編『虹にすわる』は、地方都市で顧客の要望に応じたオーダーメイドの椅子作りをおこなう、職人コンビの物語です。
今回、『虹にすわる』の刊行を記念して、著者の瀧羽麻子さんにインタビューしました。
(インタビュー・文:吉田大助)
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目に見える、手で触れられるモノを作っている方々に対する憧れが、自分の中に強くあります。
――三〇歳で東京から田舎へ戻り、祖父のサポートをするかたちで修理屋として働く徳井のもとへ、五月のある日、大学時代の一つ下の後輩・魚住が自分を訪ねてやって来ます。幼馴染の菜摘が看板娘を務める食堂で話を聞くと、都内の有名家具工房を辞めてきたと言う。「ここにしばらく置いてもらえないでしょうか?」そればかりか、大学時代に交わした約束を持ち出し、ここで二人の「椅子の工房」を開こうと言い出して……。物語の構想はどこから生まれてきたのでしょうか?
瀧羽 Creemaというハンドメイド作品のショッピングサイトの運営会社から、ものづくりがテーマの連載小説をとご依頼いただいたんです。私はもともと、モノを作っている人の熱というかエネルギーに興味があって、これまでにも職人さんが登場する小説を何作か書いてきました。自分のつくっているものは文字でできているし、フィクションなので、なんだかふわっとしてるなっていつも思うんですよ。目に見える、手で触れられるモノを作っている方々に対する憧れが、自分の中に強くあります。
――『ありえないほどうるさいオルゴール店』はオルゴール職人、『いろは匂へど』は草木染め職人のお話でしたよね。
瀧羽 これまでは比較的小さいモノが多かったので、今回は大きめのモノを作る人を書きたいなと考えて、家具はどうだろう、と。中でも椅子は、デザインがバラエティに富んでいるじゃないですか。例えば簞笥(たんす)だったら、四角くて引き出しがあって……と、みんながイメージするものはだいたい同じだと思います。でも椅子だと、人それぞれ思い浮かべる形が少しずつ違う気がして。椅子の形がいろいろあるように、椅子職人にもいろいろな人がいるかもしれないという予感もありました。
――そして、男性二人組の椅子職人という設定を選ばれた。
瀧羽 男性二人組の設定は、幻冬舎の担当編集者さんと相談して決めました。男性主人公の視点で書くのはとても好きなんですが、メインの登場人物が男性二人って、今まで私が書いたことのない組み合わせだったんです。男同士の友情みたいなものを今回は正面切って書いてみたかった。ゲラチェックの時、編集者さんが二人の友情にキュンとしたポイントにハートマークをつけてくださったのが、非常に励みになりました(笑)。
――まるっきりタイプが違う二人ですよね。
瀧羽 そのほうが面白いかなと思って、二人の対比を意識してキャラクターを作っていったんです。徳井は現実を見るタイプで、魚住は夢を追うタイプ。椅子職人になることに関しても、徳井は流されるままに進んでいってしまうけど、魚住は自分の意思で道を決めている。徳井は手先が器用で技術力は高いけどデザインは苦手、魚住はデザインのセンスがあるけど細かい作業は苦手。そんなタイプの違う二人が組むからこそ、できることがあるんじゃないかな、と。
――顧客の要望だけでなくそれぞれの人生もしっかり聞いて、その人にぴったりの椅子をオーダーメイドするのですが、彼らの作る椅子がものすごく魅力的です。「夫婦椅子」や「ファーストチェア」とネーミングされた椅子を製作していたりもしますが、あれって椅子業界では定番なのでしょうか?
瀧羽 そのへんのディテールは私の創作です。あったら面白そう、と勝手に妄想して書いてしまったので、専門家から怒られないことを祈ります(笑)。
工房で出会った職人たちが主人公たちの設定を導いた
――瀧羽さんは以前から、物語の舞台選びには気を遣うとおっしゃっています。今回、本文中に固有名詞は出てきませんが、土地のモデルに徳島を選んだのは何故なのでしょうか。
瀧羽 きっかけは、徳島に有名な椅子の工房があったからです。謝辞にも挙げさせて頂いた、椅子徳さん(有限会社椅子徳製作所)と宮崎さん(株式会社宮崎椅子製作所)ですね。取材のために現地まで伺ったんですが、のんびりした地方都市で、山川海と自然に恵まれている感じがいいなぁと思いました。
――徳島の工房取材で、印象に残っていることは?
瀧羽 職人さんというと、一人でこつこつ、寡黙に作っていくイメージがあったんです。でも椅子工房の場合、一定以上の規模のところでは、工程ごとに分業がなされている。そのチームワーク感が新鮮でした。あと、技術的な部分はもちろん、職人さんたちから伺った「椅子は芸術作品ではなく実用品」「椅子は肌に直接触れる家具」といった考え方も、主人公たちのセリフに活かしています。それから、実は取材前は、主人公の男性二人組を兄弟にしてもいいかなと思っていたんですよ。でも、工房で先輩と後輩にあたる若手の職人さんたちにお話を聞いたら、二人の仲が良さそうなのが印象的で。先輩後輩の関係性って独特で面白いなと思って、今の設定になりました。兄弟が家業の椅子工房を継ぐというような話よりも、血の繋がらない他人同士が集まって新たに椅子工房を立ち上げるという流れの方が、今回自分が書きたい世界にもぴったり合っていたと思います。
――ただ、こう言ってはなんですが、徳島という土地に対して、あまりイメージのない人が多いかもしれません。
瀧羽 そこもいいな、と思ったんです。これがもし京都だったりすると、土地のイメージが確立されているし、いかにもものづくりのお話が始まりそうですよね(笑)? もちろんそれはそれでいいんですけど、今回はちょっと違って、若い人がどこでも好きな場所で、自由に好きなものを作って、それで生きていきたいというお話なので。連載先のCreemaも、それに近い趣旨で運営されているようです。スタッフの方のお話では、Creemaへの出品って、趣味の手作りというより、プロやセミプロに近いような方の作品が多いそうなんです。お客さんが多い大都市じゃなくても、ネットを上手に利用すれば、どこにいてもものを作れるし売ることもできる。ネットを実店舗の代わりにしながら、本気でものづくりやビジネスをしているんです。クリエーターの身の立て方や生き方の多様性が、現代的だと感じました。そこで、日本のどの地方都市でもおかしくないような、どこか普遍性を感じさせる土地を舞台にしたいな、と。徳島出身の方は、登場人物たちが料理にすだちを回しかけるシーンを読んで、すぐ気付くとは思いますが(笑)。
根が暗いのは徳井だけど、闇が深いのは魚住かも
――徳井は魚住の情熱に巻き込まれるかたちで椅子職人の道を歩み出しますが、二人でものづくりに励むうちに、だんだん本気になっていく。しかし、夢と現実のせめぎ合いが、徳井の心情として色濃く描かれていたように感じます。
瀧羽 常識が邪魔をするというか、中途半端に真面目で、まっすぐに夢を追えない。私はどちらかといえば徳井と性格が近いので、彼の気持ちはよく分かります。私も小説家としてデビューした当初は、好きなことを仕事にしていいのか、やっていけるのか、というためらいや罪悪感が大きかった。依頼が来なくなるかもしれないという不安は、今も常にあります。根が暗いので(苦笑)。そういう状況から、いかに脱するか。「好きだからやるんだ」って胸を張って言えるようになるのか。その過程をちゃんと書きたいと思いました。
――対する魚住は、「やってけるかどうかは、やってみないとわかんないよ」と。
瀧羽 やってみるって、大事ですよね。徳井は、もしも魚住が会いにこなかったら、椅子職人の世界には足を踏み入れなかったと思うんです。でも、彼には椅子作りの才能がある。内なる創作意欲がある。魚住は、それを喚起してくれる存在でもあるんですよね。もしかしたら、本人よりも第三者である魚住のほうが、徳井が胸の奥に押し込めた本当の気持ちを分かっているのかもしれない。「ほんとはやりたいくせに!」って、最初から思っていたのかも。
――いい関係性ですよね。素直に応援したくなります。
瀧羽 ただ魚住も、単に明るくて無邪気なだけではないんですよね。彼はすでに才能の壁にぶつかっている。自分は椅子がこんなに好きなのに、たいして努力してない徳井のほうが、生まれつき手先が器用で、美しい椅子を作れてしまうという……。当然魚住だって、自分が一生懸命デザインした椅子を、自分の手で完璧に作りたいはずですよね。なのに、技術が足りないせいでできない。それは、彼にとって非常にストレスではないかと。そう考えると、より深刻な困難、闇のようなものを抱えているのは、実は魚住かもしれません。徳井の悩みって、うまく精神的な折り合いをつければ解消できる部類のものですけど、魚住の悩みはひょっとしたら一生解決されないかもしれない。「才能ってなんだろう?」というのも、この作品を通して考えたことのひとつです。
――物語は中盤で、新しい登場人物が現れます。彼らの存在が、徳井と魚住の関係を揺さぶりますね。
瀧羽 二人の成功の邪魔をする、いわば敵役のつもりで出したんですけど、不思議と憎めないキャラクターになりました。彼らもまた、ジャンルは違いますが、ものづくりに取り組む作り手だからかもしれません。ものづくりに対する姿勢は人それぞれ違う、という現実を示してくれる存在でもある。才能の格差、ものづくりに関する二人の温度差、性格の差。どこかで一度自分たちときっちり向き合わないと、たぶん徳井と魚住は前に進めないんです。
――徳井と魚住は最後にどんな未来を選ぶのか。人は他人を通して己を知る、影響を与え合うものなんだということを、物語を通して教えていただいた感触がありました。
瀧羽 ありがとうございます。椅子作りでは、座り手が心地よいと感じるかどうかが重要ですが、小説に置き換えるなら、読み手にそう感じていただける物語を書けたら嬉しいです。ただ、他人を喜ばせる前に、まず自分自身が書いていて心地よいかというところも大事な気がします。小説を読んでいて、「これ、著者は楽しんで書いただろうな」と感じるときってありますよね。そうなると、読んでいる私までわくわくしてくる。『虹にすわる』を読んで、少しでもそんな気持ちになっていただけたらなによりです。
(「小説幻冬」2019年8月号より)
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