貸しレコード店のアルバイトからエイベックスを創業、そして上場……。芸能界のど真ん中で戦い続けてきた稀代の経営者、松浦勝人。著書『破壊者 ハカイモノ』は、彼の思考と哲学が凝縮された、読み応えのある一冊だ。ブームの裏側で、彼はどんなことを考えていたのか? そしてなぜ、ここまでの成功を収めることができたのか? ビジネスの真髄に迫った本書の一部をご紹介します。
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やるなら今しかない
今、学校に通っている。僕だけでなく、役員を中心にしたメンバーで、経済や経営について勉強している。
経営者なのに今さら経営学を勉強しているなんて、恥ずかしくて人に言えたことではないけど、勉強は面白い。学生時代にもやったはずなんだけど、当時はまったく興味を持っていなかった。授業よりも音楽を聴いているほうがはるかに面白かったから。
だから自分でレンタルレコード店を開き、エイベックスをつくった。わからないままに会社の経営もやらざるを得なくなった。
週末は毎回、役員たちと合宿。講師を招いて話を聞いたり、議論をしたりして学んでいる。僕はエイベックスをつくって以来30年間、企業理念とか企業ミッションというものを深く考えてこなかった。もちろん、会社や自分の中にその時々であったのだけど、それより目の前にやらなければならない仕事がたくさんあって、理念を言語化して、会社全体で共有するということがきちんとできないでいた。
でも、よく考えてみると、従業員数が約1500人にもなっているんだから、エイベックスって何をする会社なのかをはっきりさせなければならない。この事業はエイベックスらしいからやる、らしくないからやらないという根本の考え方を全員で共有しなければならない。
今でもエイベックスの企業理念というものは一応ある。“感動体験創造企業へ”という理念。悪くない。よく人から「エイベックスのあの曲を聴いて人生が変わりました」と言われる。そういう体験を提供するのがエイベックスのミッションだと思う。でも、この言葉だけでは、どこかぼんやりとしていてピンとこない。ピンとこないから、外の人にも社員にも自信を持って言えない。
一度エイベックスという会社の考え方や社会の中での役割をバラバラに分解して考えて、組み立てなおして、それを社員全員で共有できるものにしたい。だから、会社の幹部で、学校に行ったり、合宿をしている。みんなで汗をかいて苦労してつくった理念、ミッションだったら、自信を持って人に言える。そこが重要だと思っている。
ちゃんとした企業は、こんなこととっくにできていることなんで、今更やっているというのは恥ずかしいことなんだけど、これからこの業界の環境は今以上に厳しくなっていく。そうなったら、学校に通う余裕すらなくなってくるだろう。恥ずかしいけど、やるなら今しかない。
「やらない言い訳」はいくらでもつくれる
理想の経営者とは、見返りを求めず、質素に暮らし、会社と社員のことだけをひたすら考えるのだという。企業のやるべき事業とは「経済的原動力になるもの」「情熱を持てるもの」「世界一になれるもの」この3つの輪が重なるところにあるのだという。勉強するほどに、今の僕には到底できていないことばかりだとわかってくる。
でも、ふと思いだしたのは、「昔の俺はできてたじゃん」ということ。ダンスミュージックと出会って、24時間聴きまくることが全然苦痛じゃなかった。好きだからずっと聴いていたい、この音楽をみんなにも聴いてほしいという情熱を持っていた。自分はダンスミュージックに関しては、世界一詳しいと思っていた。それがビジネスになることもちゃんと発見した。
昔はできていたのに、なぜ今はできていないのか。社長になって、うるさく言う人がいなくなって、甘えて「まあ、いいや」で来てしまったのだと思う。だから今、僕は自分で自分を追いこんでいる。
学校と合宿のほかに、英会話のレッスンも始めた。ビジネスの場では、流暢に英語を話せる社員が同行するし、僕なんかが今更英会話力をつけることに意味はない。でも、話すことを人に任せっきりでいいのだろうかと思った。
TOEICの試験も受けに行った。ひどい点数になることはわかっていた。でも、今の自分がどれだけできないかを、自分に教えてやりたかった。受験票を持って会場の大学に行った。社用車で送り迎えしてもらってるから、どうしても目立ってしまう。
社長にもなって、51歳にもなって、TOEIC受験だなんて、恥ずかしくて仕方ない。でも、今のままでは社員に「英語を身につけておけ」なんて言えない。勉強しているという事実に意味がある。
“忙しい。今更役に立たない。もっと大事な仕事がある”。やらずに逃げるための言い訳なんか、いくらでもつくることができる。でも、今更であっても、やらないよりやったほうが全然いい。逃げずにやったほうがいい。明日は朝7時から6時間ぶっ続けで、英会話のレッスンをする。仕事が終わったら、寄り道せずにまっすぐ家に帰る。宿題が山ほどでているから。