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発達障害と呼ばないで

2019.09.22 公開 ポスト

「発達障害」が先進国で多く、途上国で少ないのはなぜ?岡田尊司

ADHD、学習障害、アスペルガー症候群、自閉症……。近年、「発達障害」と診断される人が急増しています。一体、どうしてなのでしょうか? 精神科医・岡田尊司先生の『発達障害と呼ばないで』は、その意外な秘密に迫った一冊。発達障害は「生まれつきの脳機能の障害」という、これまでの常識がガラッと変わることでしょう。そんな本書から、一部を抜粋してお届けします。

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ヒスパニックは発達障害が少ない

社会的なレベルで比較した場合、もう一つ重要なことは、ヒスパニックや途上国で、自閉症スペクトラムの有病率が低いということである。調査のたびに、ヒスパニックでの有病率も上昇し続けており、ヒスパニック以外の白人に追いつきつつあるものの、依然、三~四割低い水準にある。

(写真:iStock.com/Ridofranz)

第一章で述べたように、この差は、受診率や診断率の違いからだけでは説明が困難で、実質的に有病率が低い可能性が示唆されている。また、同じヒスパニック系の子どもでも、移民一世の子どもの有病率が〇・三%に過ぎないのに対して、親がアメリカ生まれの場合、二%を超え、ヒスパニック以外の白人より高い値を示していることも、アメリカ的なライフスタイルと結びついた環境要因の関与を強く疑わせる。

一方、ADHDについては、途上国では二〇〇〇年初め頃まで、比較的低い有病率が報告されていた。たとえば、二〇〇一年に報告されたエチオピアでの有病率は一・五%であった。

台湾で行われた全国レベルの調査によると、ADHDと診断された人の割合は、一九九六年の時点では、〇・〇六%に過ぎなかったが、二〇〇五年には、一・六四%まで増えている。その約半数が薬物療法を受けていた。大幅な増加は、診断概念の普及により診断率が上がったことが主な原因と考えられる。

しかし、日本の五~六%、イギリスの八%、アメリカの一〇%、その約半数が薬物療法を受けているという数字と比べると、かなり低い水準にとどまっている。

エチオピアや台湾は、経済的にも発展途上であり、先進国に比べると、きょうだいの数も多く、それだけ一人の子どもにかけられるお金も手間も乏しいはずだが、そうした不利な条件をはねのけて、ADHDを防ぐ要素が社会に保たれているということであろう。それらの社会において、子どもの発達を守っている要素とは一体何だろうか。

子育ての本質は何千万年も変わらない

養育環境によってADHDのリスクは大きく異なる。貧困層や生活保護世帯において、ADHDの有病率が高いとすれば、それは、そうした社会的境遇が、子どもの養育環境を劣悪なものにしやすいためと考えられる。

(写真:iStock.com/torwai)

一方、途上国やヒスパニックにおいて、都市部より農村部において、ADHDの有病率が低いとすれば、途上国や農村の社会が、ADHDを防ぐ働きを備えている、つまり、子どもの養育環境を守る力を保持しているということになろう。

貧困や恵まれない境遇がADHDにとって不利に働くにもかかわらず、貧しい人々が多い途上国やヒスパニックでADHDの有病率が低いということは、養育環境という点に関して言えば、経済的な豊かさよりも、途上国やヒスパニックの社会に備わった何かが、養育環境を守る力をもつということである。途上国やヒスパニックの社会がもち、近代的な社会が失ってしまったものとは何だろうか。

ADHDの養育要因が愛着障害と共通し、重なり合う部分が大きいとするならば、その答えはまさに、安定した愛着が育まれる養育環境、社会環境にあるということになろう。そして、安定した愛着を育むのは、安定した愛着に他ならない。

すなわち、親と子の絆、夫婦の絆、社会の絆が命を保っていることが、子どもの育ちを守っていると考えられる。言い換えれば、そうした社会で健全な機能を維持していた愛着システムが、近代的と呼ばれる社会では、崩壊してしまいやすいということだ。

愛着を守る仕組みは、目覚ましいものというよりも、素朴な営みと言っていいだろう。母親がいつも乳飲み子のそばにいて、絶えず抱いて一緒に過ごすことができ、家族や夫婦や共同体の絆もしっかりとして、子育てをバックアップしているということだろう。

それに対して、先進国の母親はどうだろう。早くから子どもを預けて働かねばならず、また家にいるときも、おぶって家事をするよりも、テレビやビデオに子守をさせるということになりがちだ。夫婦や家族、共同体との絆も流動的である。愛着は、どうしても希薄で不安定なものになってしまいやすい。そうした養育環境の変化が、子どもの愛着形成に影響していないと言うことの方が難しいだろう。

子育てとか、愛着といったものは、決して新しいことではない。哺乳類の誕生からだけ数えても、何千万年も受け継がれてきたものだ。それは実に素朴で、原始的とも言える営みなのである。人類の知能が少しばかり発達し、便利な道具を発明して快適に暮らせるようになったからといって、子育てや愛着の絆といったものの本質は何ら変わっていないし、変わってはいけないのである。

それが文明の進歩によって変わってもいいと考えたところから、人々は豊かになっても幸福にはなれないという悲劇が始まったのではないだろうか。

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発達障害と呼ばないで

ADHD、学習障害、アスペルガー症候群、自閉症……。近年、「発達障害」と診断される人が急増しています。一体、どうしてなのでしょうか? 精神科医・岡田尊司先生の『発達障害と呼ばないで』は、その意外な秘密に迫った一冊。発達障害は「生まれつきの脳機能の障害」という、これまでの常識がガラッと変わることでしょう。そんな本書から、一部を抜粋してお届けします。

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岡田尊司

1960年、香川県生まれ。精神科医、医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医 学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務、山形大学客員教授。パーソナリティ障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の危機に向かい合う。 

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