貸しレコード店のアルバイトからエイベックスを創業、そして上場……。芸能界のど真ん中で戦い続けてきた稀代の経営者、松浦勝人。著書『破壊者 ハカイモノ』は、彼の思考と哲学が凝縮された、読み応えのある一冊だ。ブームの裏側で、彼はどんなことを考えていたのか? そしてなぜ、ここまでの成功を収めることができたのか? ビジネスの真髄に迫った本書の一部をご紹介します。
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名プロデューサー引退の真相
小室哲哉さんが引退を表明した。ひとつの時代が終わった。
年末から、「限界なんだ」という言葉を小室さんから聞いていた。その意味が僕にはよくわかった。小室さんに曲をお願いすると、いつも素晴らしい楽曲を仕上げてくれる。でも、小室さんは満足していなかった。
新曲も「小室サウンド」と呼ばれてしまう。以前の自分以上のものが生みだせなくなっていると感じる。あまりにも自分に厳しすぎた。本物の天才なんだと思う。そういう気持ちになっているところに、あの報道があって、小室さんは引退を決めた。
僕は小室さんが昔から引き際を大切に考えてきたことを知っている。仕事のペースを落とし、時々曲を発表し「そういう人もいたな」と思いだされる。そんな音楽家ではありたくないという美意識を知っている。
そして、小室さんは今回、ご自身で結論を出した。それは、誰も何も言うことができない領域のこと。僕たちとしては、もっとすっきりとした形で引退させてあげたいという想いはあったけど、最後は小室さんの意思を尊重すべきだと思った。
エイベックスが町田にあった頃、僕は小室さんのユニット、TM NETWORKの曲をユーロビートにアレンジしたアルバムを作ろうと考えた。雲の上の存在だった小室さんと、なんとか接点を作り、OKをもらった。
最初の仮タイトルは『TMN DISCO STYLE』。でも、TMNの名前は商標登録されているので、許可なくそんな名前のCDは発売できない。そこで僕らは、商標権を持つ企業に行って、能天気を装い交渉した。「だって、小室さんがいいって言ったんだもん」。その一点で押し切った。
粘りに粘って、TMN SONGにすればOKとなって、最終的に『TETSUYA KOMURO PRESENTS TMN SONG MEETS DISCOSTYLE』になった。権利を侵害しないギリギリ。この成功から、小室さんは僕らに数々の曲を提供してくれるようになった。
そんな強引なことができたのも、僕らが小さな会社にすぎなかったから。先方も、僕らなんかどうせすぐ消えると思っていたから、許可を出してしまった。
社員の意識を変えるには
何をしてくるかわからない、勝負所を見つけると一点突破してくる。かつてのエイベックスはそうだった。今のエイベックスは、かつての僕らに戦いを挑まれたら、負けてしまうかもしれない。
今の社員の中には、会社が大きくなってから入社してきている人もいる。そういう人がベンチャー感覚を持っていないのは仕方がないこと。でも人の意識を変えていくことはできる。
最近、ある人から「スーツを着ろ」と叱られた。僕はいつもカジュアルな格好でいる。スーツを着たくないから、企業に就職せず起業する道を選んだようなところもある。何を着るかは重要なことではないと思っている。でもその人は「それじゃダメだ」と叱ってくれる。
米国の企業はカジュアルな格好で仕事をするようになっているのに、まだ日本はスーツなんだとは思った。でも、その人があまりに真剣に叱ってくれるので、僕のことを考えてくれているんだと思って、素直に社外の人に会う時はスーツを着るようにした。
そうしたら、カジュアルな格好をして仕事をしている人を見て「この人、大丈夫かな?」と思うようになってしまった。つい最近まで自分がそうだったのに。「銀行や大企業の人は、僕をそういう風に見ていたんだな」と初めてわかった。
今でも、僕は服で人の価値が左右されることはないと思っている。でも服ひとつで、人の意識は簡単に変わってしまうのも事実。
会社の中をかき回してみようと思っている。今、avex EYEというコワーキングスペースを設置している。僕らが認めたスタートアップにパスを渡し、自由に使ってもらうスペース。そこで社員と共同作業をし、化学反応が起きることを狙っている。こんな風にオフィスすべてをコワーキングスペースにできないかと考えている。理想は、半分エイベックスの社員、半分はスタートアップやフリーランス。
社員は、日頃から彼らの隣で仕事をすることになる。そこで、彼らの「無茶ができる強さ」「圧倒的なスピード感」から刺激を受けてほしい。
そうすると、エイベックスは10年後、何の会社になっているかわからない。今まで、「この会社はどうなっちゃうんだろう」と不安だったけど、今は「この会社どうなっていくんだろう」とワクワクもしている。