ジェンダーの問題を考えるとき、こうしなければ、こうするべき…といった枠にはまると、また新たな窮屈が生まれそうですが、LiLyさんとZeebraさんの対談には、そうした堅苦しい思考から解放される自由さがあります。正しく生きるというより楽しく生きる、自分自身にも相手にもリスペクトを込めて。そう思えたら、もっとビビッドで楽しい日々にもなりそうです。
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LiLyさんのデビュー13年目、25冊目となった『SEX』は女性のための官能小説。モラルや人の目を気にせずに、本音を言い切る覚悟はヒップホップにも通じるところがあるといいます。リアルな表現について、「男らしさ」「女らしさ」について、メッセージに込める思いについてーー。
日本ヒップホップ界のパイオニア・Zeebraさんとスペシャル対談!
他人にどう思われるかより、自分の目に映るリアル
LiLy(以下L):『SEX』では、女性=社会的弱者・性的なフィールドにおける被害者というフィルターを一切外し、自分の意思で男性と対等にSEXを楽しむ女の子を、かなり大胆に表現しました。官能小説なので、とてもエロく(笑)。
もちろん、女性はセックス一つをとっても男性よりもリスクが高い性なので、正しい性教育とのセットがマストですが、女性にもSEXを楽しみたいという気持ちはある。家族に読まれたくないと内心では思いながらも、正々堂々と書きたいな、と。
ヒップホップの、モラルや人の目を跳ね飛ばしてでも自分の目に映る本当のこと言うところが大好きで。テレビ番組「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日)の影響もあって、ヒップホップの認知度はあがってきたと思うのですが、Zeebraさんが始めた頃はもっと謎めいたものだったんじゃないかなと思って。自分の意見を言う怖さ、マイノリティの不安などありましたか?
Zeebra(以下Z):本当にマイノリティ中のマイノリティだったね。ラップ始めた10代の頃はヒップホップって音楽じゃないよね、楽器演奏しないよね、歌歌わないよね。おしゃべりでしょって言われちゃうレベル。下手すると、飲みのコールとかの余興としか思われてなかったんじゃないかなと思う。一般的になったのが80年代チャカ・カーンの”I feel for you”だけど、メリー・メルがちょっとラップしているとか。完全に福神漬け扱いだったね(笑)。
L:ヒップホップの何が一番Zeebraさんの心に刺さったのですか?
Z:中1の時、これが一番新しいものだ! って思ったことかな。ブレイクダンスが入り口だったんだけど、ブレイクダンスは当時異常なものだったのね。踊りなのにアクロバット!? ︎ ファッションもジャージなの? っていう。でもニューヨークで一番流行ってるということは、世界で一番流行ってるということだと思った。
L:わ! 私も同じような体験があって。10歳の頃マドンナの写真集「SEX」が発売されて、当時住んでいたNYでは絶対に子供の手に届かないところに置かれるんです。書店Barnes&Nobleの棚の後ろの方に銀紙で包まれて大量に並べられているのを見て、くらいました。当時ニューヨークで一番イケてるものがマドンナの「SEX」だった。子供心にエッチなものに対する興奮、そして、その大人しか見ちゃいけないというガキへの挑発(笑)。27年後の今、性への姿勢もタイトルも、その衝撃をマドンナにオマージュして作品にしたわけで。それっくらいの衝撃だった! トレンドって、流れていくもののように扱われますけど、スピリットは必ず受け継がれていきますよね。
Z:80年代は日本でも「AKIRA」とか未来的なものが流行ったよね。YMOとかウォークマン。日本のテクノロジーが半端ない時代だった。そのテクノロジーをジャンクに扱ってるのを見て、新しい、やばいってなった。日本人が真面目にカチカチ使っていたのを、おもちゃのように使ったのがヒップホップだったな。ターンテーブルにそんなことしていいの? みたいな(笑)。
L:わー! ヤバい! 優等生的な象徴であるSONY製のものをおもちゃみたいに使うかっこよさですね。イケてることってモラル的には軽視されがちだけど、カルチャーの中では全てだと思います。一番イケてるものに触れたときに出るドーパミンってあると思うんです。マドンナの「SEX」は女としての性を武器のようにパワーとして使うバッド・フェミニストという思想がすごく新しくて。その頃の私の密かな野望は、大人の女になったらエッチな格好をすることだったんです(笑)
まだ10歳だから似合わないのに、お母さんの目を盗んで試着室で憧れのハイレグの水着を着てみたりして。自分の幼児体型が悔しすぎて、「いつか必ず着こなしてやる!」って思ってました(笑)
Z:あはは! あるよね(笑)。俺は車に女の子を乗せてドライブしたかった。我慢できなくて14歳でやっちゃったけど(笑)。ヒップホップを目指す人の中には「背伸び型」と「少年型」の2つある気がしていて、もしかしたら俺やLiLyは「背伸び型」かもしれないね。少年のままヒップホップやってる人と、背伸びしてたらここにたどり着いた人とがいる気がする。
L:わ、本当ですね。そして、背伸び型の立場から言うと、Zeebraさんが子供のときにお姉さんを車に乗せたいって思ったのって、男、オス的な背伸びなんですよ。セクシーなカッコがしたい、は女。メス的な背伸びで。そういう人はヒップホップがあってるような気がします。とってもわかりやすい、ある意味とても土臭い、オスとメスの世界でもあるから。
今の時代の「男らしさ」「女らしさ」って?
Z:今の時代「男の子だからこうしなさい」って言えない時代になってきているよね。たとえば男の子の孫ができたときに「男の子だから泣いたらダメでしょ!」とか言えないなと。
L:私自身も「男だから女だから」という“しがらみ”は窮屈だしノンセンスだと思うし、嫌いです。どんどんジェンダーフリーになるべきだと思っていますがその一方で、男の人が自分の性に誇りを持っているその姿勢には、見習うべきところがあると思っていて。一番広めたいのは、女らしさ男らしさをなくすのではなくて、自分の性別すらも、自分を律するためにうまく利用していけたらいいなって。『SEX』の中に滲ませたかった姿勢の一つなのですが、女性性に誇りを持つことを伝えたいです。女の子だから泣いてもいい、と自分の性に甘えるのではなく、女は美しくて強い生き物、気高い女でいよう、と自分を奮い立たせる。
Z:2000年頃のヒップホップって男たちはみんな強そうで、女たちはみんなセクシーだった。今はちょっと変わっておしゃれさんがいて。ジェンダーレスな時代にヒップホップがどうやってポジティブにやっていくかは考えるかな。
L:男はマッチョで女はセクシーという“絵”は個人的にもタイプだけど、ヒップホップの中には男尊女卑も根付いていたような気はします。それを今、逆にプラスに新しくいいものを作るために利用したい。「フリースタイルダンジョン」のコメントを見ると、LiLyは制作側からエロい服を着ろって言われているという見方をする人が結構いてびっくりするんです。私は誰かに言われて仕方なく胸元の大きく開いたドレスを着ているのではなくて、10歳のときからああいう服が着たくて、やっと大人の女になったから着られるようになったというだけのことなのに!!(笑)
マドンナは写真集『SEX』を出した時に、自分の味方だと思っていたフェミニストにあなたは女を武器にしている、女の立場を落としていると叩かれて悔しい思いをした、と。でもマドンナは、自分の中のセクシーささえも武器にしていくバッド・フェミニストだと話していて。逆に今は男性だって、セクシーさはそのまんま魅力という武器になる。昔以上に女性だって男性の性的魅力を消費する。そういう意味でも対等ですよね。
あとは子供の頃から、かっこいいお兄さんよりも、ちょっとエッチなお姉さんに胸キュンしていました。異性愛者なんですけどね。同性が持つエロスは、今でも私の憧れなんです。
Z:それはもしかすると、性の部分もあるけれど美の部分なんじゃないかな。俺らも結構なパーセンテージで美の部分に反応しているのかもしれないね。
L:ヒップホップ、レゲエも含むブラックミュージックって、そもそも音楽の中で一番エロいジャンルだと私は思っていて。ダンスでもそう。男と女がリズムに合わせて腰を振って。人間の本質的な衝動というか。土臭くって。POPよりDOPEが評価されるってところも、変態的じゃないですか、いい意味で。
Z:「あはは! そうかもしれないね」
ヒップホップの正義感
L:「ヒップホップで最強に好きなのが、リリックなんです。俺最高! あたし最高! この感性がわからないお前らダッサ! ってくらい強気なリリックはJPOPには絶対にない。私にとっては世界で一番元気が出る。血に合うんでしょうね。こういう好みは理屈ではなく、自分の血に合うかどうかがすべてな気がする」
Z:俺はヒップホップに出会った流れもすごく良くて、当時ブレイクダンスはマイケルの影響から。当時音楽業界は勢いがあって、USA for Africaの”We Are The World”がリリースされたりとか。アパルトヘイトもまだあったんだけど、それに手を差し伸べるミュージシャンがいるのを小学5、6年生で見て。その後、Artists United Against Apartheidの”Sun City”もあって、それはアパルトヘイト反対曲。ラッパーが沢山参加してたの。ポップカルチャーである連中が声を上げて世界を救っていく感じが超かっこいいし、これ以上いいことないじゃんって思って。良心をもってやってるアーティストたちが一番崇高に見えた。そのあとニューヨークの貧困の現状とかも出てきて、そこからゴールデンエラっていう80年代後半のヒップホップの連中が荒んだ状況を自分たちで変えていこうって曲にした。その建設的な感じは他の音楽、カルチャーにありますか? って。警察すら何もやってくれないエリアで自分たちで変えていこうとするカルチャーって見たことなかったんだよね。
L:正義感と圧倒的正しさですよね。さっきヒップホップの強気さに勇気をもらうと言ったけど、強気じゃないと押し通せないほどの切実なメッセージが裏にあるという。要は、革命ですよね。
Z:そう。これに勝るものはないって確信していた。いろんな音楽をチェックしていく中でメッセージ性のあるロック、ヒッピームーヴメント、日本だと四畳半フォークだとか、反戦を訴えたりとか、メッセージを音楽にするっていうカルチャーがあるのも勉強して。ビートルズ、ボブ・マーレー、実はすごいじゃんって。そういうもののハイブリッドこそがヒップホップだと思ってる。
コンクリートに咲くバラ
L:私は音でいうとKriss Krossの”Jump”をNYの小学校のダンスの授業で聴いて、なにこのめっちゃイケてる音楽! という衝撃が最初で。日本に帰国してつくばの進学校に通い始めたら、NYとのギャップが凄まじくて。自分がマイノリティだと孤独を感じたとき、ヒップホップの中で叫ばれるエキストリームな黒人のアウェイが心に響いたんです。中2で辛いって地獄じゃないですか。学校にも家にも行き場がない八方塞がりな状態。
その時Gangsta’s Paradiseの”Coolio”の時代で、ニューヨークの黒人の同年代の子どもたちって私の比にならないくらいの悩み、貧困と虐待を抱えていて。2pacは銃で撃たれて死んでいた。
その流れでヒップホップにのめり込みました。社会の中で孤独感を感じるときにヒップホップのリリックは死ぬほど沁みる。コンクリートから咲くバラの美しさ、どれだけ踏まれても自分の感性はバラなんだって、2pacのリリックを読んで中学生の私はすごく救われたんです。
それと全く同じ理由で中二以来のパンチを持ってヒップホップが身に染みたのは、実はお母さんになった時だったんです。社会に対する怒りってやつです。ここまでは感じたことがない! ってレベルの男女差別を感じました。社会が“母親を追い詰めるレベル”は異常なんです。体感して初めて驚愕しました。イジメと呼んでもいいくらい。女性の地位向上を使命に思って作家になったところがあるのですが、意識して筆を執りなおしました。
Z:例えば、ビヨンセの去年のコーチェラ、あれは何がすごいかっていうと、勿論女性としてあれだけやれるっていうのは凄いんだけども、女性の枠じゃない。もう黒人の歴史を全て背負って、ライブをやって。女性が女性だけを背負うのではなくて人種や国籍や人類、いろいろなものを背負ったりすることによって、またもう一個強くなる気はするな。
L:わ、ビヨンセ!! まさに、女性どころか人類で今一番イケてると思っていて、私。ビヨンセレベルまでいったら、初めてジェンダーが外れるのかもしれないですね。
Z:女性は子供が産めるっていうのはどうにも我々には一生歯が立たない部分なんだよね。俺はそこがローリンとかビヨンセが魅せてきた女性の強さであると思うし。母としての強さ、母像っていうのが変わっていくべきだとも思う。割烹着着て腕まくりをしている昔の母親像だけではなくて、ビヨンセみたいにアピールできて外に出て行く母親に。
L:はい。時代の進化を望みます、本当に。あとは、オノ・ヨーコさんの社会と男女についての解説が、私とても腑に落ちて。女性が社会に進出した時、どうしてもそれを面白く思わない男性が出てくる理由について語っているのですが、人間って自分が産まれてきたことで世界を少しだけでも変えたいってどこかで思っていると。アイデンティティってやつですよね。子供を産むと、凄くシンプルにそれを成し遂げられるんですよね。男性がなんとかこの世に変化をもたらしたいと思って作ったのが社会。社会で何かを成し遂げて、歴史に爪痕を残したいってやっぱり男性性は凄く求めるような気がします。
だからこそ、子どもも産んだうえに社会にまで進出されると男性は本能的に阻止したくなるのよってオノ・ヨーコさんが書いてらして。すごい明確に理解したと思ったんです。頭では男女平等だと思っていても、本能が嫌がる部分も存在するんだろうな、と。
だから差別をしていい理由にはもちろんならない。ただ、男女の性の違いは興味深いです。互いの違いを全て否定するのではなく、より良い共存の仕方は探っていけるはず!
Z:うんうん。そうだね。
L:オノヨーコさんの話で、私がもう一つ体感したことがあって。子供を産んでから、20代の頃にはもっと強かったはずの自己顕示欲がガクンと下がったのを感じたんです。もちろん、伝えたいことがあるから書く。物語が好きだから創作を続ける。本も売れてほしい。ただ、社会的な名声みたいなものに対する貪欲さはもはや皆無に近いというか。男性はやっぱりありますよね、野心が。
Z:そうだね。ただ俺自身も自分がとにかく有名になりたいという欲は他のラッパーたちと比べてみても最初から強くない方だと思う。メッセージ性を持ってやっていきたいって思っていたし、世界平和は考えていたかな。簡単には成し遂げられないけど、でも実現したらいいなって。マイケルの“Man in the mirror”、まずは鏡の中の自分からはじめろっていう話で。そうか、とりあえず前向きに生きることが大切で、一つ一つちっちゃいことからやるべきだなっていうのに何となく気づいていて。
19歳で付き合っていた彼女に子供ができてどうしようか迷った時に、どうなるかわかんないけどお父さんになるしかないでしょって思ったの。もしかしたら、女性が子供を産むことによって社会に変革をっていうのとちょっと近いかもしれない。結局、別居、離婚ってなった時に俺が引き取ったってこともアイデンティティになっているのかな。なんとなく母性に近い父性っていうのはある気がして。
L:わ。だからなのかもって今、すごく腑に落ちたことがあって。Zeebraさんの「未来への鍵」を、文字通り毎日毎日起きてから眠るまで聴きつづけた夏があって。17歳でした。私、勝手に初めてSEXした人と結婚しようと思っていたんです。その初体験の夏に聴き続けていたのがその曲で。シンプルな発情と大好きって気持ちと永遠みたいなピュアさを絶対に濁らせない為、経済的に自立しようって思いながら「未来への鍵」を聴いていました。そこは今も一切変わってなくて、Zeebraさんのそのメッセージは、女子高生の私に痛烈に刺さって、今の私を作っています。あの曲の中に宿っていたZeebraさんの“あたたかさ”の理由が、今わかった気がします。あ、やばい、泣きそう。
Z:「20年後の未来に問う」ってリリックがあるけど、去年がその20年後だったの。あの曲の3番は当時6、7歳だった自分の息子たちに向けて歌っていて。20年後には大人になるはずだから、まあ良いねって言ってて。その20年後の去年、息子が結婚したの。変わらないことがいっぱいあって、今でも歌う歌。考えれば考える程、人生ってシンプルだなって思うかなーーー(涙ぐむ)。
L:わ、去年! そうですよね、息子さんの結婚が決まって美和ちんが感動して泣いていた時のことを今でも覚えていて。そっか、二十年後というあのリリックの現在が、去年だったんだーーー(泣く)。
Z:そうなんですよ。(涙を拭う)
L:うわぁ、泣けてきちゃいます(涙を拭う)。……なんか、二十年前からの今。17歳の私が「未来への鍵」を聴いていた時、Zeebraさんは既にお父さんだったんですものね。自分の未来がこれから良いものになりますようにって、17歳だった私は願うように祈るように聴いていたんですけど、そこはZeebraさんの子供達への願いと見事に重なっていて。だから、あんなにも聴いていて心地よかったんだ。素晴らしい楽曲で10代のリスナーだった当時の私にもきちんと届けてくれたその大きな愛情、本当にありがとうございますって、心から思います。
あとは、大学に通学時の満員電車で痴漢に遭わない日はなかったんですけど、「ミスターダイナマイト」を聴きながら通学していたので、痴漢が怖いと思うどころか、私以外の女の子にも今後絶対にさわれないようにしてやろうってオラオラテンションになって、「いま触ってる奴、お前だよ、ふざけんなよ、恥を知れ、車両変えろ」ってマジで毎朝叫んでたんですよ。それもどうかと思うんだけど、一人一人を警察に突き出していたら毎朝遅刻しちゃうし、そんな現状に怒りと憤りを感じながらもまずは自分の身は自分で守るというか。
痴漢という犯罪者なんかに絶対に負けない気持ちをくれたのもヒップホップでした。痴漢がトラウマになるのは私じゃなくて、してきたお前の方だからな、ってマジで思ってましたね。
Z:なるほど。でも確かに入社試験とかそういうときに、「Street Dreams」聴きながら行きましたとか、「Neva Enuff」聴きながら行きましたとか、多いんだよ。おかげさまで、鼓舞されるっていうのはあるのかなあって。
L:分泌液出しますよ確実に。人格が変わっちゃいます。超がつくほど強気じゃなきゃサバイブできない状況って人生の中に絶対にあって。その根本には強い正義感もあって。ヒップホップに助けられています、いつも。
リアル×ロマン=ヒップホップ
Z:自分の中のフィクションとノンフィクションの境目の部分。そこがヒップホップの面白い所で。曲としてあげるものとしては、基本はフィクションなんだよね。Netflixのジェイ・Zの対談番組を見ていたら、司会が「ヒップホップって自伝みたいな歌だと思うんだけど」って言った瞬間、ジェイ・Zが「いや? 違うよ。自伝風。」って。「80年代ヒップホップが出来た時の色んな歌とかあったと思うんだけど、あれはどうなの?」って聞かれてジェイ・Zが「ごめん。全部ウソだよ」ってさくっと言っていて。
L:「盛ってるよ」って! たしかにジェイ・Zはめっちゃ盛ってる感じ込みで超わかりやすいHIPHOPドリームをつくり出しましたもんね。
Z:もちろんそこには色んな意味でリアリティがあって、有り得ないことは歌わないんだよね。だけども、全部が全部自分のことではないんだよって。
L:私が作品づくりで心がけてることがまさにそれで、徹底的にリアリティを追求するんだけどオシャレな要素がないとロマンがないと思っていて。そこも私はヒップホップそのものだと思っています。どこかがヒップ=イケていて=アガらないと私の中ではダメなんです。リアリティがあっても世界観がダサかったら私はテンションアガらない。ここにも正解はないから、そこが読んでくださる方の血に合うか否かですけどね。
Z:ヒップホップだけじゃないけど歌詞のリアリティで言えることは、固有名詞が出てくるところとかね。LINEとかを歌詞に入れる面白さ。それによって惹きつけられる良さとか。
L:まさにそうで、今作の第一話はTINDERの話で(笑)。私は作品が時代に消費されていいと思っているんです。消費されまくってなにか1滴だけでも次世代にスピリットが受け継がれたら最高だよなって。
Z:うんうん。流行も消費されながらでも確実に時代をつくっていくからね。
L:はい。私はこれからも、小説やエッセイで“女性の地位向上”という使命を持って私なりのヒップホップ魂を表現していきたい。そして、そこには10代から聴き続けたZeebraさんの音楽が与えてくれた影響が滲み続けるわけなのです。今回対談させていただけたことも、私にとってとても特別な意味を持ちます。ジブさん、本当に今日はありがとうございました。
Z:こちらこそ、そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとう!