人生最後に何を食べますか?
大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院が取り組む「リクエスト食」を取材した書籍『人生最後のご馳走』(19日発売)が話題です。単行本が刊行されたのは2015年のこと。今年に入ってNHKラジオ「すっぴん」で高橋源一郎さんが紹介するなどで反響を呼び、緊急文庫化された本書から試し読み第2回です。
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先輩は選択しなかったが、末期のがん患者には抗がん治療や延命治療を止めるという選択もある。その場合に、人生の限りを受け入れて、残された時間をできるだけ穏やかに過ごすための場所のひとつがホスピスだ。
最近になって耳にすることが増えたホスピスだが、当事者や家族でなければ知っているようでよくわからないという方も少なくないだろう。
日本のホスピス・緩和ケアの第一人者であり、現在、淀川キリスト教病院グループの理事長を務める精神科医・柏木哲夫先生の著書『いのちに寄り添う。』には全米ホスピス協会の定義としてこう書かれている。
「ホスピスとは、末期患者とその家族を家や入院体制のなかで、医学的に管理するとともに看護を主体とした継続的なプログラムをもって支えていこうとするものである。さまざまな職種の専門家で組まれたチームが、ホスピスの目的のために行動する。そのおもな役割は、末期ゆえに生じる症状(患者や家族の肉体的、精神的、社会的、宗教的、経済的な痛み)を軽減し、支え励ますことである」
著者である柏木先生は、1973年に日本初のホスピスプログラムをスタートさせ、1984年に日本では2番目(西日本では初)となる病棟型ホスピスを開設。初代ホスピス医として、以来40年にわたり、死と直面する患者さん2500人以上と向き合ってきたという。この本で取材をさせてもらった淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院は、その柏木先生の開いた病棟型ホスピスを前身として2012年11月にオープンした独立型ホスピスだ。
集合住宅のようにも見える明るい雰囲気の5階建ての建物に、成人病棟15床、小児病棟12床。病室はすべて個室で、院内はどこもゆったりと配置され、和紙でつくられた間接照明が生む柔らかな光が隅々まで満ちている。1階にはキリスト教系らしく、ステンドグラスが表情のある陰影を落とすチャペルもある。成人病棟の平均在院日数は約3週間。末期のがんで余命が2~3カ月以内と限られている方が主な入院の対象となる。
2年ほど前、このホスピスに「リクエスト食」という取り組みがあることを新聞記事で知った。「リクエスト食」とは、病院によって決められた献立ではなく、患者さん一人ひとりが好きなメニューをまさにリクエストする、このホスピスのオリジナルの取り組みだ。
新聞記事には、患者さんから頼まれた料理とそれにまつわる人生のエピソード、そしてリクエストした刺身を口にする患者さんの写真が掲載されていた。
ホスピスという場で個別に料理を提供するという独自性にももちろん引きつけられたが、「末期のがん患者は食事の摂取が難しい」というイメージを持っていた私には、なにより「食べる」ことができているのにとても驚いた(しかも生ものまでも)。
記事を読みながら、ふと先輩がコンソメスープを味わっていた姿を思い出した。体は「食べられない」けれど、気持ちで「食べる」場合もある。栄養の摂取は健康に生きていくための体づくりが目的とばかり思っていたが、そうではない「食」もあるのだろうか。余命宣告を受けた人は、いったいどんな思いで「食べる」のだろう。
そんな疑問を抱えて、淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院に通い始めることになった。