「出会いがあればいいね」織田由美が言って、僕は、「え」と聞き返した。「出会い?」
「披露宴の二次会、二次会。あれ、佐藤君って今、彼女いたんだっけ?」と僕を指差す。
「いねーよ、いねーよ。こいつは前の彼女と別れてから、いまだにソロ活動中なんだよ」織田一真はまるで、僕の保護者かマネージャーになったかのような言い方をするが、まあ、その通りではあったので、言い返す言葉に困った。
「なかなか、出会いがなくて」僕が言うと、織田一真はとても怒った。
「俺、出会いがないって理由が一番嫌いなんだよ。何だよ、出会いって。知らねーよ、そんなの」
「だって、ないんだから仕方がないだろ。毎日、会社に行って、帰ってくるだけだ」
「じゃあ、訊(き)くけどな。出会いって何だ」
「出会いとは、出会いだ」
「ようするに、外見が良くて、性格もおまえの好みで、年齢もそこそこ、しかもなぜか彼氏がいない女が、自分の目の前に現われてこねえかな、ってそういうことだろ?」
違う、と言いかけて、僕は言葉に詰まる。まあ、言われてみればそうかも、と思わないでもなかった。
「そんな都合のいいことなんて、あるわけねーんだよ。しかも、その女が、おまえのことを気に入って、できれば、趣味も似ていればいいな、なんてな、ありえねえよ。どんな確率だよ。ドラえもんが僕の机から出てこないかな、ってのと一緒だろうが」
「あのさ、どうして、そうゆう夢のないことを言うわけ? いいじゃん。あるかもしれないじゃん。そういう出会いが」織田由美は優しい。
「あのな」織田一真は教え諭(さと)すようだった。「出会い系、って堂々と名乗ってる、出会い系サイトですら、めったに出会えねーんだぞ」
「それはまた、別の話だろうに」僕はかろうじて、そう批判した。
「じゃあ、おまえの言う理想の出会い方を言ってみろよ、佐藤」
「見下し目線だなあ」と僕は苦々しく顔を歪(ゆが)めるほかないが、とりあえず、「まあ、どうせなら、劇的なのがいいね」と言った。若干、照れもした。
「出た」織田一真がさっそく言う。「出たよ、劇的な出会い。出ました、劇的な瞬間」
「悪いかよ」
「それはあれだろ、たとえば、街を歩いている時にすれ違った女が、ハンカチを落として、たまたま通りかかったおまえが、それを拾って、でもって、『これ、落としましたよ』『どうもありがとう。お礼にお茶でも』みたいなやつだろ。なあ。そういう、ベタベタなやつだろ」
「まあ、それでもいいよ」僕は吐き捨てる。
「いいじゃない、それで」織田由美も言う。
「ねえよ、そんなの。まあ、あったとしてもな、最初は、これは運命だ、なんて盛り上がるかもしれねえけど、その女がどれだけ素晴らしい女かどうかなんて、分かんねえじゃねえか。逆もそうだよ。その女にとって、おまえがどれだけ相性がいいか、なんてその時には分からねえわけだからな。そんなの後にならねえと分かんねえだろ? 劇的な出会いにばっかり目が行ってると、もっと大事なことがうやむやになるんだよ」
「出会い撲滅運動でもすればいいじゃない」織田由美が煩(わずらわ)しそうに言う。「っていうか、結局、何が言いたいわけ?」
「うるせーな」織田一真は顔を一瞬しかめたが、その後で、「俺は思うんだけどな」と続けた。「出会い方とかそういうのはどうでもいいんだよ」
どんな出会いがいいか、っておまえが質問してきたんじゃないか、と僕は苦情を言うが、無視された。
「いいか、後になって、『あの時、あそこにいたのが彼女で本当に良かった』って幸運に感謝できるようなのが、一番幸せなんだよ」織田一真は言った。
「何それ、どういうこと?」僕は缶ビールを飲み干した後で、身を乗り出す。
「うまく言えねえけど、たとえば、さっきの話だと、ハンカチ落として、拾ったら、出会っちまうわけだろ。で、その、ハンカチ落としたのが別の女でも、付き合ってるだろ」
「そうかなあ」
「そりゃそうだって。劇的な出会いにうっとりしてるんだからな。ってことはだ、その時の相手が誰なのか、ってのは、運不運なんだよ、結局。ハンカチが落ちることよりも、後になって、『あの時、あれがあの子で、俺は本当に助かった』って思えるのが一番凄(すご)いことなんだよ。だろ?」
僕は、織田一真の言葉を聞いて、少し黙った。織田由美もそうだった。感銘を受けたわけでも、納得したわけでもなく、単にコメントするのが面倒になったのだ。
「あのさ、言ってること支離滅裂だよ」織田由美が、旦那に向かって眉(まゆ)をひそめた。「何が言いたいのかさっぱり分からない」
「確かに分からない」と僕もそれは思った。
「うるせえな」織田一真は下唇を出す。「もっと簡単に言えばよ、自分がどの子を好きになるかなんて、分かんねえだろ。だから、『自分が好きになったのが、この女の子で良かった。俺、ナイス判断だったな』って後で思えるような出会いが最高だ、ってことだ」
「簡単に言えてないよ」織田由美が苦笑する。「結局さ、出会いはあるわけ、ないわけ? あったほうがいいわけ?」
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