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「アイネクライネナハトムジーク」絶賛上映中

2019.10.11 公開 ポスト

#8 「何だよ、出会いって」…“出会いがない”の呪縛がとける恋愛ストーリー伊坂幸太郎

「出会いがあればいいね」織田由美が言って、僕は、「え」と聞き返した。「出会い?」

「披露宴の二次会、二次会。あれ、佐藤君って今、彼女いたんだっけ?」と僕を指差す。

「いねーよ、いねーよ。こいつは前の彼女と別れてから、いまだにソロ活動中なんだよ」織田一真はまるで、僕の保護者かマネージャーになったかのような言い方をするが、まあ、その通りではあったので、言い返す言葉に困った。

「なかなか、出会いがなくて」僕が言うと、織田一真はとても怒った。

「俺、出会いがないって理由が一番嫌いなんだよ。何だよ、出会いって。知らねーよ、そんなの」

「だって、ないんだから仕方がないだろ。毎日、会社に行って、帰ってくるだけだ」

「じゃあ、訊(き)くけどな。出会いって何だ」

「出会いとは、出会いだ」

「ようするに、外見が良くて、性格もおまえの好みで、年齢もそこそこ、しかもなぜか彼氏がいない女が、自分の目の前に現われてこねえかな、ってそういうことだろ?」

(写真:iStock.com/AlexLinch)

違う、と言いかけて、僕は言葉に詰まる。まあ、言われてみればそうかも、と思わないでもなかった。

「そんな都合のいいことなんて、あるわけねーんだよ。しかも、その女が、おまえのことを気に入って、できれば、趣味も似ていればいいな、なんてな、ありえねえよ。どんな確率だよ。ドラえもんが僕の机から出てこないかな、ってのと一緒だろうが」

「あのさ、どうして、そうゆう夢のないことを言うわけ? いいじゃん。あるかもしれないじゃん。そういう出会いが」織田由美は優しい。

「あのな」織田一真は教え諭(さと)すようだった。「出会い系、って堂々と名乗ってる、出会い系サイトですら、めったに出会えねーんだぞ」

「それはまた、別の話だろうに」僕はかろうじて、そう批判した。

「じゃあ、おまえの言う理想の出会い方を言ってみろよ、佐藤」

「見下し目線だなあ」と僕は苦々しく顔を歪(ゆが)めるほかないが、とりあえず、「まあ、どうせなら、劇的なのがいいね」と言った。若干、照れもした。

「出た」織田一真がさっそく言う。「出たよ、劇的な出会い。出ました、劇的な瞬間」

「悪いかよ」

「それはあれだろ、たとえば、街を歩いている時にすれ違った女が、ハンカチを落として、たまたま通りかかったおまえが、それを拾って、でもって、『これ、落としましたよ』『どうもありがとう。お礼にお茶でも』みたいなやつだろ。なあ。そういう、ベタベタなやつだろ」

「まあ、それでもいいよ」僕は吐き捨てる。

「いいじゃない、それで」織田由美も言う。

「ねえよ、そんなの。まあ、あったとしてもな、最初は、これは運命だ、なんて盛り上がるかもしれねえけど、その女がどれだけ素晴らしい女かどうかなんて、分かんねえじゃねえか。逆もそうだよ。その女にとって、おまえがどれだけ相性がいいか、なんてその時には分からねえわけだからな。そんなの後にならねえと分かんねえだろ? 劇的な出会いにばっかり目が行ってると、もっと大事なことがうやむやになるんだよ」

「出会い撲滅運動でもすればいいじゃない」織田由美が煩(わずらわ)しそうに言う。「っていうか、結局、何が言いたいわけ?」

「うるせーな」織田一真は顔を一瞬しかめたが、その後で、「俺は思うんだけどな」と続けた。「出会い方とかそういうのはどうでもいいんだよ」

どんな出会いがいいか、っておまえが質問してきたんじゃないか、と僕は苦情を言うが、無視された。

「いいか、後になって、『あの時、あそこにいたのが彼女で本当に良かった』って幸運に感謝できるようなのが、一番幸せなんだよ」織田一真は言った。

「何それ、どういうこと?」僕は缶ビールを飲み干した後で、身を乗り出す。

「うまく言えねえけど、たとえば、さっきの話だと、ハンカチ落として、拾ったら、出会っちまうわけだろ。で、その、ハンカチ落としたのが別の女でも、付き合ってるだろ」

「そうかなあ」

「そりゃそうだって。劇的な出会いにうっとりしてるんだからな。ってことはだ、その時の相手が誰なのか、ってのは、運不運なんだよ、結局。ハンカチが落ちることよりも、後になって、『あの時、あれがあの子で、俺は本当に助かった』って思えるのが一番凄(すご)いことなんだよ。だろ?」

僕は、織田一真の言葉を聞いて、少し黙った。織田由美もそうだった。感銘を受けたわけでも、納得したわけでもなく、単にコメントするのが面倒になったのだ。

「あのさ、言ってること支離滅裂だよ」織田由美が、旦那に向かって眉(まゆ)をひそめた。「何が言いたいのかさっぱり分からない」

「確かに分からない」と僕もそれは思った。

「うるせえな」織田一真は下唇を出す。「もっと簡単に言えばよ、自分がどの子を好きになるかなんて、分かんねえだろ。だから、『自分が好きになったのが、この女の子で良かった。俺、ナイス判断だったな』って後で思えるような出会いが最高だ、ってことだ」

「簡単に言えてないよ」織田由美が苦笑する。「結局さ、出会いはあるわけ、ないわけ? あったほうがいいわけ?」

関連書籍

伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』

妻に出て行かれたサラリーマン、声しか知らない相手に恋する美容師、元いじめっ子と再会してしまったOL……。人生は、いつも楽しいことばかりじゃない。でも、運転免許センターで、リビングで、駐輪場で、奇跡は起こる。情けなくも愛おしい登場人物たちが仕掛ける、不器用な駆け引きの数々。明日がきっと楽しくなる、魔法のような連作短編集。

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伊坂幸太郎

1971年千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』で、第五回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第二十五回吉川英治文学新人賞、『死神の精度』で第五十七回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。08年『ゴールデンスランバー』で第五回本屋大賞と第二十一回山本周五郎賞、20年『逆ソクラテス』で第三十三回柴田錬三郎賞を受賞。他の著書に『アイネクライネナハトムジーク』『フーガはユーガ』『シーソーモンスター』『クジラアタマの王様』『ペッパーズ・ゴースト』などがある。

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