厳しい現実社会を生き抜く私たちには、悩みが尽きません。そんな私たちにオススメなのが、ズバリ「読書」なのです!
9月19日刊行、三宅香帆さんの『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』は、人生のお悩みに合わせて「よく効く本」を処方してくれます。本書から、こんなときにはこの名著、というお話を少し、ご紹介いたします。
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風呂に入りたくないときに読む本:さくらももこ『たいのおかしら』(集英社文庫)
効く一言:腹が出ようが出まいが、ヒロシにとってはそんな事はどうでもいいのである。彼にとって一番の問題は、近所のおいしい魚屋が定休日のときはどこで買うのがベストであるか、という事ぐらいのものなのだ。
生涯、一度も、お風呂に入ることに「めんどくさっ」と思ったことのない人、なんていないんじゃなかろーか。
私がひとり暮らしを始めたとき、一番驚いたのが、「入浴」の自由さとめんどくささだった。
実家にいた頃といえば、入浴とはそもそも入りなさーいと言われて入るもんであって、そこには強制力しかない。当たり前だ、お湯が冷めてしまうし。だからこそ入浴という習慣が自由に己の手の中におさまるだなんて思いもよらなかった。自分ひとりのためだけにお湯をためる恍惚よ! ちなみにわたくし湯船につからないと生きていけない族。
しかし入浴の恍惚は同時にめんどくさいという感情を連れてくる。ごはんを食べ、スマホを見たり読書をしたり、果てはTSUTAYAで借りてきた映画なんか観始めた日には、完全におふろis邪魔者だ。昨日の味方は明日の敵。
ごめんなお風呂、私はきみよりももっと抱き合いたい人間を見つけてしまったのだよ。まぁ返却期限が明日の図書館で借りた本のことですが。
で! そんな難儀な「お風呂に入るのがめんどくさい」タイムに読むべき本!
というお題を編集者さんから投げつけられました。
そ、そんな、これを読めばお風呂に入りたくなるよ~だなんてこんまり流人生がときめく片付けの魔法ばりのお風呂自己啓発書がこの世にあるとでも思ってんのか。あまえないでほしい。
しかし私はこの原稿を書かなくちゃいけないんです、なぜならこの悩みを考えたのは編集者さんだから……私には編集者さんの頼みは断れないときめきの魔法がかかっているわけですよ。
しかし、私は思いついた。
こうなったら「徹底的におふろにはいりたくなくなる本」を選んでしまおうじゃないか!
だって人間いつまでもおふろに入らずに生きてけるわけがないんですよ、ならばいつまでもおふろに入らずに本を読み、観念したところでお風呂に入る、くらいがちょうどなのでは? だって無理に入ってもねぇ、ほら。
というわけで全国のお風呂入るのめんどくさい民族の一味たち今こそ立ち上がれ、私たちはこれを読むべきなんだ。
さくらももこの『たいのおかしら』。
なんでこんなに面白いのかわからんけど、さくらももこのエッセイは面白い。ってもはや日本国民全員がご存知であろう事実であるので、そこには深くツッコミはしない。
しかしさくらももこのエッセイのなにがすごいのかといえば、この人のエッセイを、たとえばひとつの章を読み始める。最初の出だしの部分だけ、と。すると気がついたときに私は「はっ」と顔をあげる。数分経っている。気がつけばページは章の最後になっている。
さくらももこくらい、他人の目をするする進ませる文章を書ける作家って、ない。
美容院で洗髪してもらうのと、全身のコリをマッサージしてもらう時間というのが私にとって一番好きな時間である。洗髪もマッサージも甲乙つけ難い程良い。これらの時間にかなう程の有意義な時間はめったにない。
今の私の望みといえば、いつ何時でも洗髪してくれてマッサージをしてくれる優しいおばさんが私の部屋に常駐してくれる事である。
その人は私がオナラをしようと鼻クソをほじろうと、決して笑ったりバカにしたりせず忠実にそして誠実に洗髪とマッサージを行ってくれる様な人でなくてはならない。そんな人がいてくれる生活が、今のところ私の夢だ。少女の頃のように寝ボケた恋の夢をみている場合ではない。年をとったものだと実感している。
この文章をはじめて読んだ幼少期の頃、美容院の洗髪にもマッサージにも行ったことがなかったのに、強烈に洗髪とマッサージに憧れた。読みながら本を握りしめて「おおお……」と震え、どんな楽園かと妄想しながら美容院の洗髪とマッサージという魅惑の場所を想ったことを覚えている。
しかし今となっては美容院の洗髪もマッサージも経験し、どちらもたしかに地上の楽園ではあるし大好きなのだが、それでも幼い頃読んだときの妄想力が喚起されることはない。
が、それでもこの文章の面白さは変わらない。
するするっと読めて、笑ってしまう。
そして感心するのが「いつ何時でも洗髪してくれてマッサージをしてくれる優しいおばさん」が、ものすごくさくらももこの漫画に出てきそうなキャラであるところ。おそらく口数は多くなく、しかしそれでいてたまにニヒルな微笑みを浮かべるところがチャームポイントのおばさんなのだ。多分パンチパーマか後ろでお団子まとめ髪。
『たいのおかしら』を読むと分かる。エッセイでも漫画でも、さくらももこという人はぶれずにその優しく醒めた愉快な世界観を届け続けるんだな、と。
その目次を見てみれば、歯医者に行くこと、ドーナツが消えたこと、姉が心配ばかりかけること、習字のおけいこにはじめて行ったこと……どれもきわめて日常的な話題ばかり。
『ちびまる子ちゃん』があれだけ売れても、さくらももこは、ずっとオナラとグッピーの話をする。そしてあくまでその延長線上に見えるさくらももこ的世界平和。
さくらももこはフラットに、日常から人生を見つめる。だって日常を送っていない人なんていないから、誰が読んでもさくらももこは面白いのだ。
それはちょうど、おふろに入るのがめんどいと思ったことがない人なんていないみたいに、さくらももこが面白くない人なんていない。
腹が出ようが出まいが、ヒロシにとってはそんな事はどうでもいいのである。彼にとって一番の問題は、近所のおいしい魚屋が定休日のときはどこで買うのがベストであるか、という事ぐらいなものなのだ。
これは父ヒロシに向けた言葉だけど、さくらももこ自身に向けても当てはまる。世間が気にすることでも、どうだっていいことはどうだっていい、もっと大切なことは日常にある。
そう言ってくれる人はこの世に意外と少なくて(だって大人になればなるほど世間が気にすること――お金とか仕事とか結婚とか子供とか――を自分も気にするようになる)、だからこそさくらももこの文章を読むと、共感を込めた笑いがこみあげてくる。
こうして私たちはさくらももこの文章を読んで、げらげら笑い、「あーもっと読んでたい」とおふろに入れなくなるんですね。こまった!
処方:風呂に入りたくないときのさくらももこのエッセイは異常に面白いのはなぜなのか。ちなみに「部屋を片付けなきゃいけないとき」「試験勉強をしなきゃいけないとき」も以下同文。
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著者の三宅香帆さんは、幻冬舎plusで「ラブコメ!萬葉集」も連載しております!こちらも要チェックです。
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