野村克也さんの選手評は、いつも冷静で的確で、なにより野球と選手への愛がにじみ出ていました。心よりご冥福をお祈りします。
野村さんの著書『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)では、教え子である田中将大、「難攻不落」と評するダルビッシュ有から、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手まで、名将ノムさんが嫉妬する38人の「怪物」を徹底分析しています。
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160キロをアウトローにきちんと投げ込める
それでは、大谷のどこが「100年にひとり」なのか。
まずはそのサイズだ。身長193センチ、体重95キロ。われわれの時代に較べれば日本人野球選手の体格ははるかに大きくなったが、そのなかにあっても大谷は大柄で、メジャーリーグにおいても遜色ない。お父さんは社会人野球の、お母さんはバドミントンの選手だったそうだが、大きな身体に生んでくれた両親に感謝しなければならない。
その恵まれた身体を活かし、ピッチャーとして160キロのボールを投げる。これだけでも稀有な存在であるのに、制球力も悪くない。私が「原点」と呼ぶ、アウトコース低めにきちんと投げ込む能力を備えている。
各球場にスピードガンが設置され、球速がスコアボードに表示されるようになってからというもの、とくに若いピッチャーがスピードを意識するようになった。欲を出すようになった。しかし、無理に速いボールを投げようとすれば、力んでしまう。その結果、上半身の力が勝るかたちとなり、フォームのバランスを崩してしまう。いまはニューヨーク・ヤンキースのエースとなった田中将大がそうだった。
ルーキーイヤーに11勝をあげて新人王になった田中は2年目、「ストレートで空振りをとれるようになりたい」と、スピードに磨きをかけた。ところが、ストレートが速くなったことで力任せに三振をとりにいき、それを狙い打ちされるケースが目立った。そのうえ、フォームのバランスを崩し、肩を故障。キレとコントロールまで失ってしまい、9勝に終わった。しかし、翌シーズンはキャンプからバランスのいいフォームで投げることを第一に心がけ、15勝をマークしたのである。
田中がヤンキースに移籍したいまも「バランスを重視している」と語っているように、ピッチングは上半身と下半身のバランスが非常に大切だ。そのためには、コントロールに磨きをかけるのがいい。コントロールを意識して投げればおのずとバランスがよくなり、球速も増すものなのである。
大谷は日本にいたころからそのあたりのことをきちんと理解していたようで、「スピードは自分の持ち味」だとしつつも、「何キロ出したいと思ってやるのではなくて、細かいところを突き詰めていけば相乗効果で伸びていくと思っている」という趣旨の発言をしていた。「空振りをとるより、見逃しの三振をとったときがいちばん気持ちがいい」とも語っていた。あの若さで、しかも日本最速のボールを投げながら、こうした冷静な考え方ができるのはたいしたものである。
プロデビュー戦で見せたバッティングの修正能力
一方、バッターとしてのすごみはどこにあるのか。
長打力はもちろんだが、とりわけ修正能力の高さが目を引く。プロデビュー戦となった2013年、西武との開幕戦。「8番・ライト」で先発出場した大谷は、岸孝之と対した初打席でツーナッシングからインコースのストレートを見逃し、三振に倒れた。しかし、5回の第2打席では、同じインコースのストレートをライト線に弾き返し、二塁打にした。1打席目では手が出なかったインコースのボールをきっちりさばいたのである。高校を卒業したばかりの開幕戦、しかも相手チームのエースを相手に、そんな芸当ができるとは舌を巻くしかない。
1年目は、スイングにいったときに軸足が「く」の字に折れ、左肩が下がることが気になった。しかし、翌年は体幹を強化した成果だろう、軸足にしっかり重心を乗せ、スムーズで鋭い回転運動ができるようになった。軸足が曲がらないので左肩が下がることもなく、内側からバットが出て、外角球でも強く叩けるようになっていた。
唯一の弱点だったアウトローも、シーズンを重ねるごとに克服していき、2016年には3割以上の打率をマーク。9分割したストライクゾーンのうち、アウトコース高めを除くすべてのゾーンで3割を超える打率を残し(真ん中からインコース寄りのゾーンはすべて4割以上)、打ち損じは期待できないようになった。この数字は大谷の修正能力の高さを雄弁に物語っている。
そしてなにより、大谷が登場すると、「何かが起こるのではないか」というムードにスタジアムが包まれる。つまり、理屈では説明できない、「何か」を大谷は持っているのである。スーパースターとはそういうものだ。
そして、その期待に応えられるのが、大谷が「怪物」たる所以(ゆえん)だといえる。象徴的だったのが、2016年のシーズン後に行われた、侍ジャパンの強化試合だった。オランダとの第3戦で、大谷は4点をリードされて迎えた5回に追撃ののろしをあげるホームランを放つと、第4戦は6点を追う7回に代打で登場、東京ドームの天井に吸い込まれる特大の「二塁打」。この一打で火がついた日本は、一挙に6点を奪い、同点に追いついたのだった。
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【本書でとりあげる怪物たち】
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プロ野球怪物伝
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